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52、王女はそれでも楽しくお茶をする

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「心配をさせるようなことをお伝えして申し訳ありません。
 おそらくは混乱も一時のことでしょう。
 ベネディクト王国としては、殿下が我が国で平穏に暮らしていかれるよう引き続き尽力する所存です」


 王太子殿下のその言葉に、私はホッとした。


「ええ、あの……ありがとうございます」

「ホメロス将軍はこれまで戦闘における活躍のみならず、今回のように外交交渉の場で力を振るうことでも我が国を守ってきた人物です。
 ですから、私個人としても、末永く幸せな結婚生活でありますよう願いたいのです」

「……そう言っていただけて、とても嬉しく思いますわ」


 良かった。私はベネディクト王国にいていいらしい。

『もしもトリニアスがアルヴィナ王女の帰還を求めてきたら、両国の揉め事を避けるため大人しく帰ってほしい』
と、求められたらどうしようと思った。
 父や母がクロノス王太子殿下の立場なら、きっとそうしただろう。国を守るためと言って。

 この違いは国力への自信と……国として約束を守るという、プライドの差なのだろうか。


「この国の多くの方々に親切にしていただいて……実りある結婚生活を送らせていただいております。
 与えられるばかりなのが恐縮ですので、いずれは何らかの形でお返しできればと思うのですけれども……。
 ぜひ末永くこの国で、夫のそばで暮らさせていただきたく存じます」

「ありがとうございます。またもし何かあれば、お知恵をお貸しいただけると幸いです」


 そう言うクロノス王太子殿下に、ピクッ、とカサンドラ様が反応した。

 んんん?


「……カサンドラ。今日はそういう場ではありませんよ」


 殿下の方がめざとく気づいて制すると、「いや、でも、せっかく……ですので」とカサンドラ様が歯切れの悪いことを言う。
 後付けの敬語が丸わかりなのがちょっと面白い。


「カサンドラ様、何かおありなのですか?」

「そうなんです!
 いま治水工事を進めている地域があるのですが、工事が終わった後には防災体制について強化したくて……。
 もしよければアルヴィナ殿下にもご意見をお伺いできれば、と」

「カサンドラ」

「いえ、問題ございませんわ、王太子殿下。
 恥ずかしながら、ベネディクト王国に比べれば、災害が遥かに多く起きてしまっているのがトリニアスですから……私の経験も役に立つかもしれません」

「では失礼してお話しさせていただきますね────」


 カサンドラ様はある大きな河川の水害対策についてお話を始めた。
 流域を治める領主たちの仲が非常に悪く、大雨や嵐などで水害が起きても、初動の対策が遅れて、そのせいで被害を拡大させてきたのだという。


「工事後は水害も大幅に減る見込みなのですが……それでも災害は突然くるものですし、しっかり防災体制を整えたいんです。
 素案を作り、流域領主たちに見せたんですけど、領主同士が協力を嫌がって」


 そう言ってカサンドラ様が大まかに語った防災体制は、『その手があったの!?』とお手本にしたいと思うようなものだった。
 もし私がトリニアスの政務を担っていた頃なら、是非真似させていただきたかった……。


「クロノスが……王太子が、皆に従うように勅令を下してくれると言うんですけど、それでもいざというときに領主同士が協力できないと機能しないんじゃないかと気になってしまって。
 トリニアス王国ではこういうとき、どのようになさっていたのですか?」

「そ、そうですね……トリニアスでも領主同士の協力は難しくて。
 ですので、災害時もとにかく少しでも早く王家が介入するようにしておりました。
 あとは……領主同士が仲が悪くても現場レベルで協力し合えるよう、災害の第一報を最初に発する担当の者同士の顔合わせをさせるなどしました。
 人同士のつながりをつくり、いざというときは腕木通信セマフォアのやりとりで連絡し合うように、王家から指導したりなど。ああでも、嵐だと腕木通信セマフォアは……」


 クロノス王太子殿下は私の言葉を聞いてしばらく何事か考え、それから形の良い唇を開く。


「たとえば、各地の災害の第一報を発する立場の者を、王家から直接派遣するというのは」

「え、王家が派遣した人を常時置くっていうこと? 領主が反発しない?」

「電信を引き、その者がいち早く王都に災害状況を伝えられるようインフラを整えます。
 支援を少しでも早く得られるなど、メリットがあると領主たちが納得すれば良い。
 王家から派遣すれば、担当の者同士先に十分顔合わせさせておくことができ、災害発生時もスムーズでしょう」


 王太子殿下とカサンドラ様のやりとりを聞きながら、私は感心した。
 私が話した経験から要点をさっと拾い、その場で案をひとつまとめてしまう。やはり頭の良い方だわ。


「それでは、こういうやり方も使えるのではないでしょうか────」


 すっかり嬉しくなって、さらに私はかつての自分の経験について語りだした。


 ────予定の時間を過ぎた頃。

 王太子殿下付きの従者の方がティールームに入ってきて、そっと殿下に耳打ちをする。
 軽くうなずいたクロノス王太子殿下は、私の顔を見る。


「長くお時間をいただいてしまいました。貴重なお話をたくさんお聞かせくださり、ありがとうございます」

「いえ! お役に立てたかわからないのですが、こちらこそ楽しいお時間をすごさせていただきました。
 本当にありがとうございます。
 結婚披露パーティーでも、どうぞよろしくお願いいたします」


 王太子殿下に礼をして、私はティールームを退室した。


(楽しかった…………)


 何故だろう。つらかったはずの政務の話なのに、ひどく楽しかった。

 トリニアスでやってきた仕事なんて、思い返してもキツいばかりでつらいことばかりだったのに。
 それでも、確かに全身全霊で懸命に取り組んできた仕事ばかり。

 話すことができるのが、そしてがんばってきたことを認めてもらえるのが、こんなに嬉しくて楽しいなんて。

 ……トリニアスにいた頃も誰かがこんな風に認めてくれていたなら、もっとつらくなかったのかしら。


(こういう会話でも同性のお友達ができてくれたら良いのだけど……。
 そういえば、女の子同士がお茶で話すことってどんなことなのかしら?)


 そんなことを考えていたら、「殿下」と声をかけられた。


「あら? イーリアス様??」


 まだ仕事中の時間のはずのイーリアス様が、廊下で私を待っていた。


「少し抜けて参りました。邸までお送りいたします」

「え、ええ? よろしいのですか?」


 会えるのは嬉しいけれど、イーリアス様、いったいどうしたのかしら??
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