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◇16◇ 婚約者の時間
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◇ ◇ ◇
「マレーナ!
今日は芍薬の花だ!」
「……ありがとうございます。
大変美しい花ですわね」
「そうだろう?
マレーナも今日も綺麗だ。会えて嬉しい」
なんか会うたびに周辺の気温が上がってる気がするなぁこの人……、と思いながら私は、ギアン様の手からピンクの大輪の、華やかな花束を受け取った。
幾重にも重なる透明感のある花びらは、濃淡のグラデーションがついている。まるでお姫様のドレスみたいなお花だ。
「我が国では、美しい女性を讃えるときにこの花にたとえる。立っているだけでも人を惹きつける華のある美しさのマレーナに、ふさわしいと思って選んだのだ」
「そうですか。
ではこちらも飾らせていただきますわね。
シンシア、こちらを」
私はすぐに、後ろに控えていたシンシアさんに大きな花束を渡した。入る花瓶あるかな。
それにしても、今日もギアン様の視線が痛い。
何だか会った瞬間からずっとにこにこしている。毎回そうなのだ。
そしてにこにこしたまま私の一挙手一投足から目を離さない。
────毎回、マレーナ様から渡されたドレスを着て、ほぼ無表情の礼儀最低限のあいさつと塩対応しかしてないですけど、私。
「それと、これも土産だ!
レイエスの菓子を持ってきた!」
(……お菓子ですと!?)
なんて心ときめく単語だろう。従者の方が差し出した、心が踊りそうな華やかな飾り紙で彩られた箱を、私は宝石箱のように受け取った。
「ありがとうございます。
ではせっかくですので、今いただきましょう。シンシア。紅茶だけでなく緑茶も用意を」
◇ ◇ ◇
あの夜会の翌日以降も、ギアン様は何かと宝石やらドレスやらをプレゼントとして持ってきていた(マレーナ様も返せとは言わず、受け取っていた)。
これはさすがにまずいと思って、一度私はギアン様にこう言ったのだ。
『僭越ながら、わたくしにお贈りいただく衣服や宝石への支出が多すぎれば、国庫を圧迫して民からの不満が出るのではないですか?
お立場をお考えになれば、適切な額に抑えていただくべきですわ』
『私の個人的資産から出しているので、問題はないぞ?』
『では、わたくしの評判にもかかわるということをお考えくださいませんこと? わたくしがねだっているように思われかねませんわ』
『……確かに、周囲にはあまり良いように思われないかもしれないな。
私はマレーナの印象を悪くしたくはない。うむ、わかった!』
ギアン様はとっても素直に私の言うことを聞いた。
そしてそれ以来、高価なプレゼント攻撃はやめて、かわりに素敵なお花やお菓子を持ってきてくれるようになった。
それについてマレーナ様はあとで私に文句を言ってきたんだけど、
『だったら次からすべてマレーナ様がご自身で出て、ご自身で贈り物をくれとねだってください』
という一言で黙った。
でも…………たぶん、マレーナ様は、いまは積極的に婚約解消をする気がなさそうだ。
口では『家も継げない殿方』とか言ってるけど、本当はギアン様が大変条件の良い相手だということをわかってるんじゃないのか。
だから、その、狙っている男性とうまくいくまで、ぎりぎりまで婚約を手放すのが惜しいんじゃないのかな……。
(……平民の女性は30過ぎても普通に結婚するけど、貴族令嬢は21歳までに結婚できないと行き遅れ扱いらしい)
マレーナ様はまだ17歳でも、きっと私が思っていたよりもずっと気持ちに余裕がないのだろう。
失敗できない。だから、キープしている相手を手放せない。『好意が気持ち悪い』とすら言う相手なのに。
(……こんなマレーナ様と結婚するのは、ギアン様にとって幸せなんだろうか)
大公子妃としての仕事(どんな仕事があるのか想像もつかないけど)がつとまって、ベネディクト貴族の血を引いたギアン様の子どもを産めれば、愛なんてなくてもそれでいいんだろうか。
この間のギアン様の
『この結婚についてマレーナの気持ちをきかせてほしい』
という問いかけへの返事、手紙でもなんでも送ってくださいねとマレーナ様には念をおしたのだけど、書いた気配もなかった。
……ギアン様は“私”からの返事をせっつかない。どういう思いで待っているのか。
◇ ◇ ◇
――――悩みをお腹の底にぎゅっと隠しながら、私はギアン様をティールームに案内し、席とお茶を勧める。
奥様かマクスウェル様が在宅の時はついていてくださるのだけど、今日は1人でもてなしだ。
「お菓子の支度は間もなくですわ。
まずは紅茶を召し上がってくださいませ」
「ありがとう。
マレーナは本当にたたずまいが美しいな」
(……たたずまい?)
ギアン様とのおしゃべりの最初は、いつも、私を誉めるところから。
だけど、ギアン様は、どうやらあまり恋愛の語彙力がない。
一生懸命ひねりだそうとしているようなのだけど
「素敵だ」
「綺麗だ」
「美しい」
「さすがマレーナだ!」
……あたりで語彙力が尽きてくる。
貴族の男性って、歯の浮くような口説き文句をがんがん言ってくるイメージだったけど…………良く考えると年齢的にも立場的にも、ギアン様は女の子とお付き合いしたことはなさそうだ。
それこそ、初恋がマレーナ様ということも、ありうる。
だから、一生懸命なのだ。
もちろん努力もしているんだろうなというのは感じて、他愛のないおしゃべりのなかでも、女の子が好きそうな話題を極力ピックアップしているのがうかがえる。
「友人から聞いたが、最近は異国のドレスブランドも入ってきているそうだ。一度見に行ってみないか?」
「あの美術館に巨匠の新作が入ったと聞いた。見に行かないか? マレーナの好きな絵も知りたい」
「今日持ってきた菓子は好きか?
レイエスは季節ごとに、その季節を感じられるような菓子を作る。もし好きなものがあれば、いつでも手土産にもってくるぞ」
そうそう。今日の手土産のお菓子も素晴らしい。
きめこまかな白い豆のペーストに甘酸っぱい柑橘やベリーの風味をつけ、花や動物のかたちに整えたもの。
一口サイズの上品かわいい見た目に反して、ねっとり甘い背徳的な美味しさ。それでいて油っこくないので、いくつでもいけちゃう。
(……うっかり気を抜いたら餌付けされそう……)
だって美味しいんだもの。
「マレーナ!
今日は芍薬の花だ!」
「……ありがとうございます。
大変美しい花ですわね」
「そうだろう?
マレーナも今日も綺麗だ。会えて嬉しい」
なんか会うたびに周辺の気温が上がってる気がするなぁこの人……、と思いながら私は、ギアン様の手からピンクの大輪の、華やかな花束を受け取った。
幾重にも重なる透明感のある花びらは、濃淡のグラデーションがついている。まるでお姫様のドレスみたいなお花だ。
「我が国では、美しい女性を讃えるときにこの花にたとえる。立っているだけでも人を惹きつける華のある美しさのマレーナに、ふさわしいと思って選んだのだ」
「そうですか。
ではこちらも飾らせていただきますわね。
シンシア、こちらを」
私はすぐに、後ろに控えていたシンシアさんに大きな花束を渡した。入る花瓶あるかな。
それにしても、今日もギアン様の視線が痛い。
何だか会った瞬間からずっとにこにこしている。毎回そうなのだ。
そしてにこにこしたまま私の一挙手一投足から目を離さない。
────毎回、マレーナ様から渡されたドレスを着て、ほぼ無表情の礼儀最低限のあいさつと塩対応しかしてないですけど、私。
「それと、これも土産だ!
レイエスの菓子を持ってきた!」
(……お菓子ですと!?)
なんて心ときめく単語だろう。従者の方が差し出した、心が踊りそうな華やかな飾り紙で彩られた箱を、私は宝石箱のように受け取った。
「ありがとうございます。
ではせっかくですので、今いただきましょう。シンシア。紅茶だけでなく緑茶も用意を」
◇ ◇ ◇
あの夜会の翌日以降も、ギアン様は何かと宝石やらドレスやらをプレゼントとして持ってきていた(マレーナ様も返せとは言わず、受け取っていた)。
これはさすがにまずいと思って、一度私はギアン様にこう言ったのだ。
『僭越ながら、わたくしにお贈りいただく衣服や宝石への支出が多すぎれば、国庫を圧迫して民からの不満が出るのではないですか?
お立場をお考えになれば、適切な額に抑えていただくべきですわ』
『私の個人的資産から出しているので、問題はないぞ?』
『では、わたくしの評判にもかかわるということをお考えくださいませんこと? わたくしがねだっているように思われかねませんわ』
『……確かに、周囲にはあまり良いように思われないかもしれないな。
私はマレーナの印象を悪くしたくはない。うむ、わかった!』
ギアン様はとっても素直に私の言うことを聞いた。
そしてそれ以来、高価なプレゼント攻撃はやめて、かわりに素敵なお花やお菓子を持ってきてくれるようになった。
それについてマレーナ様はあとで私に文句を言ってきたんだけど、
『だったら次からすべてマレーナ様がご自身で出て、ご自身で贈り物をくれとねだってください』
という一言で黙った。
でも…………たぶん、マレーナ様は、いまは積極的に婚約解消をする気がなさそうだ。
口では『家も継げない殿方』とか言ってるけど、本当はギアン様が大変条件の良い相手だということをわかってるんじゃないのか。
だから、その、狙っている男性とうまくいくまで、ぎりぎりまで婚約を手放すのが惜しいんじゃないのかな……。
(……平民の女性は30過ぎても普通に結婚するけど、貴族令嬢は21歳までに結婚できないと行き遅れ扱いらしい)
マレーナ様はまだ17歳でも、きっと私が思っていたよりもずっと気持ちに余裕がないのだろう。
失敗できない。だから、キープしている相手を手放せない。『好意が気持ち悪い』とすら言う相手なのに。
(……こんなマレーナ様と結婚するのは、ギアン様にとって幸せなんだろうか)
大公子妃としての仕事(どんな仕事があるのか想像もつかないけど)がつとまって、ベネディクト貴族の血を引いたギアン様の子どもを産めれば、愛なんてなくてもそれでいいんだろうか。
この間のギアン様の
『この結婚についてマレーナの気持ちをきかせてほしい』
という問いかけへの返事、手紙でもなんでも送ってくださいねとマレーナ様には念をおしたのだけど、書いた気配もなかった。
……ギアン様は“私”からの返事をせっつかない。どういう思いで待っているのか。
◇ ◇ ◇
――――悩みをお腹の底にぎゅっと隠しながら、私はギアン様をティールームに案内し、席とお茶を勧める。
奥様かマクスウェル様が在宅の時はついていてくださるのだけど、今日は1人でもてなしだ。
「お菓子の支度は間もなくですわ。
まずは紅茶を召し上がってくださいませ」
「ありがとう。
マレーナは本当にたたずまいが美しいな」
(……たたずまい?)
ギアン様とのおしゃべりの最初は、いつも、私を誉めるところから。
だけど、ギアン様は、どうやらあまり恋愛の語彙力がない。
一生懸命ひねりだそうとしているようなのだけど
「素敵だ」
「綺麗だ」
「美しい」
「さすがマレーナだ!」
……あたりで語彙力が尽きてくる。
貴族の男性って、歯の浮くような口説き文句をがんがん言ってくるイメージだったけど…………良く考えると年齢的にも立場的にも、ギアン様は女の子とお付き合いしたことはなさそうだ。
それこそ、初恋がマレーナ様ということも、ありうる。
だから、一生懸命なのだ。
もちろん努力もしているんだろうなというのは感じて、他愛のないおしゃべりのなかでも、女の子が好きそうな話題を極力ピックアップしているのがうかがえる。
「友人から聞いたが、最近は異国のドレスブランドも入ってきているそうだ。一度見に行ってみないか?」
「あの美術館に巨匠の新作が入ったと聞いた。見に行かないか? マレーナの好きな絵も知りたい」
「今日持ってきた菓子は好きか?
レイエスは季節ごとに、その季節を感じられるような菓子を作る。もし好きなものがあれば、いつでも手土産にもってくるぞ」
そうそう。今日の手土産のお菓子も素晴らしい。
きめこまかな白い豆のペーストに甘酸っぱい柑橘やベリーの風味をつけ、花や動物のかたちに整えたもの。
一口サイズの上品かわいい見た目に反して、ねっとり甘い背徳的な美味しさ。それでいて油っこくないので、いくつでもいけちゃう。
(……うっかり気を抜いたら餌付けされそう……)
だって美味しいんだもの。
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