15 / 70
◇15◇ 仕事は見つからず、ギアン様はやってくる。
しおりを挟む
◇ ◇ ◇
『仕事が見つかるまでは、うちにいなさい』
という奥様のお言葉に甘えて、私は引き続き客人待遇でファゴット侯爵家に滞在していた。
使用人の皆さんに、仕事探しのコツを教えてもらった私は、マクスウェル様の指示を受けたシンシアさんに付き添ってもらって日々、街中で仕事を探し、面接に励んだ。
そして……この日もうまくいかず、落胆しながら邸に戻るところだった。
「メイドの応募で『顔が良すぎるからちょっと』とかいうわけのわからない理由で断られたの、これで3回目なんですけど……」
「まぁ面接はだいたい女主人ですものね。
リリス様の美貌に夫がクラっときてしまわないか、不安になるのはわかりますっ!」
「夫が信頼できないのか、前科があるのか。後者だったとしたら、助かったと思えばいいんでしょうか。それにしても、仕事探しがこんなに大変とは……」
今回は顔を理由にされたけど、本音は違うかもしれない。
『リリス・ウィンザー』という名前を言ったとたん相手が悪評を知っていて駄目だったこともあるし、役者という前職を伝えたら偏見で見られたこともあった。
ある程度の苦労は想定していたけど、ここまでの苦労とは……。
「まぁ。仕事ですし。何でもいいわけじゃないですから。気長にがんばりましょ?」
「うう。そうですよね……」
「完璧な女優のリリス様がしょぼんとしているところも新鮮なギャップで素敵です。私、新たな扉を開きそうです!」
シンシアさん優しい、と思ったら通常営業だった。
「そういえば、シンシアさんはどうやって侍女のお仕事を見つけたんですか??」
「あ、私は参考にならないですよ?? マクスウェル様に拾っていただいた立場なので……」
「?」
「あー、その……実は私、こう見えて、伯爵令嬢というやつでして」
「はい?」
「いろいろあって13歳から21歳までずーっと、学園にも通わず大伯母の介護をしていました。
その間に、私より顔の良い妹たちはしれっと嫁いでいきましたけど、姉妹のなかでもおまえは不器量だからと、社交界には出してもらえませんでしたね。
それで、21歳になって大伯母を看取ったあと、醜い嫁き遅れが家にいるのは外聞が悪いと言われて、突然、そこそこ年齢のいった紳士のところに嫁がされそうになったところで、隣の領地だったマクスウェル様が間に入って助けてくださいまして。ははは」
「ははは、て。
いや、シンシアさんも、その……大変でしたね」
「親の呪縛がキツくて、おかしいと思えなかったというか、侍女の仕事を始めてからも……楽しみを見いだすことに罪悪感があったっていうか。
そんなときですよ!!
マクスウェル様がリリス様のお芝居に連れていってくださったんです!!!」
いきなり、バッと手を取られ、ぎゅっと握られる。
シンシアさんの手のひらが、熱い。
「衝撃でした……。
楽しくて、ふわふわして、切なくて、胸が苦しくて、感動して、私生きてるって実感して……視界にかかっていた灰色の薄膜がペラリと剥がれて、世界がひときわ鮮やかになったように思いました」
熱に浮かされたように語り、「リリス様は間違いなく、私を救ってくださった方です!!」と締めた。
「(……それは、救ったのは、私ではないのでは……)」
「何かおっしゃいました?」
「いえ、大丈夫です」
それにしてもこのままじゃ、ファゴット家にもシンシアさんにも迷惑をかけるなー、と、ため息をつくのだった。
◇ ◇ ◇
――――ふだんマレーナ様は、貴族が通う王立学園というところに通っている。
私たちが職探しから帰る頃にはまだ帰宅していないことが多く、馬車の御者いわく、
「なんか毎日のように、王宮に寄り道するように指示されるんだよねぇ……舞踏会かお茶会があるならともかく、学校帰りに頻繁に行くようなところじゃないだろうに」
とのこと。
なのに、今日はファゴット邸に戻るなり待ち構えていたようにマレーナ様が出てきて「遅すぎますわ」と怒られた。
「いつもどおりの時間ですけど……」
「授業中に手紙が届きましたの。
ギアン様が今日もいらっしゃるそうですわ」
「また!?」
「今日のドレスも用意していますし、メイドたちも待機させていますわ。さぁ、着替えなさい」
「ええ…………」
「本当ですか!? さぁ今日も素敵に仕上げて差し上げます!」
こうなると真っ先にシンシアさんが乗っかってしまうのだ。
夜会の翌日のギアン様の訪問を受けて、胃と良心がキリキリ痛んだ私は、さすがに替え玉は二度とやらないつもりだった。
……なのだけど、マレーナ様が、
「もう少し、ギアン様との結婚を前向きに考えても良いですわ。ただ、それはわたくしの気分にまかせてほしいのです」
と言い出した。
で、気分が乗らないときにはかわりに私を“マレーナ・ファゴット”として出せ、と。
「都合よく言ってるだけで全部リリスにやらせるつもりに決まってる」
とマクスウェル様が反対したんだけど、ギアン様との結婚を少しでも前向きに考えてくれるならとファゴット侯爵がその条件を飲んでしまった。
……というわけで、マレーナ様は私に引き続き替え玉を務めさせている。ギャラはファゴット侯爵のお財布からの支払いで。
「はい、じゃあ、準備いたします」
なげやりに私はドレスを受けとる。
そういえば、ドレスはいつもマレーナ様の指定だなぁ。
よっぽど、お気に入りのドレスは使われないように警戒してるんだなぁ、などと思いながら、いつもの準備の部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
『仕事が見つかるまでは、うちにいなさい』
という奥様のお言葉に甘えて、私は引き続き客人待遇でファゴット侯爵家に滞在していた。
使用人の皆さんに、仕事探しのコツを教えてもらった私は、マクスウェル様の指示を受けたシンシアさんに付き添ってもらって日々、街中で仕事を探し、面接に励んだ。
そして……この日もうまくいかず、落胆しながら邸に戻るところだった。
「メイドの応募で『顔が良すぎるからちょっと』とかいうわけのわからない理由で断られたの、これで3回目なんですけど……」
「まぁ面接はだいたい女主人ですものね。
リリス様の美貌に夫がクラっときてしまわないか、不安になるのはわかりますっ!」
「夫が信頼できないのか、前科があるのか。後者だったとしたら、助かったと思えばいいんでしょうか。それにしても、仕事探しがこんなに大変とは……」
今回は顔を理由にされたけど、本音は違うかもしれない。
『リリス・ウィンザー』という名前を言ったとたん相手が悪評を知っていて駄目だったこともあるし、役者という前職を伝えたら偏見で見られたこともあった。
ある程度の苦労は想定していたけど、ここまでの苦労とは……。
「まぁ。仕事ですし。何でもいいわけじゃないですから。気長にがんばりましょ?」
「うう。そうですよね……」
「完璧な女優のリリス様がしょぼんとしているところも新鮮なギャップで素敵です。私、新たな扉を開きそうです!」
シンシアさん優しい、と思ったら通常営業だった。
「そういえば、シンシアさんはどうやって侍女のお仕事を見つけたんですか??」
「あ、私は参考にならないですよ?? マクスウェル様に拾っていただいた立場なので……」
「?」
「あー、その……実は私、こう見えて、伯爵令嬢というやつでして」
「はい?」
「いろいろあって13歳から21歳までずーっと、学園にも通わず大伯母の介護をしていました。
その間に、私より顔の良い妹たちはしれっと嫁いでいきましたけど、姉妹のなかでもおまえは不器量だからと、社交界には出してもらえませんでしたね。
それで、21歳になって大伯母を看取ったあと、醜い嫁き遅れが家にいるのは外聞が悪いと言われて、突然、そこそこ年齢のいった紳士のところに嫁がされそうになったところで、隣の領地だったマクスウェル様が間に入って助けてくださいまして。ははは」
「ははは、て。
いや、シンシアさんも、その……大変でしたね」
「親の呪縛がキツくて、おかしいと思えなかったというか、侍女の仕事を始めてからも……楽しみを見いだすことに罪悪感があったっていうか。
そんなときですよ!!
マクスウェル様がリリス様のお芝居に連れていってくださったんです!!!」
いきなり、バッと手を取られ、ぎゅっと握られる。
シンシアさんの手のひらが、熱い。
「衝撃でした……。
楽しくて、ふわふわして、切なくて、胸が苦しくて、感動して、私生きてるって実感して……視界にかかっていた灰色の薄膜がペラリと剥がれて、世界がひときわ鮮やかになったように思いました」
熱に浮かされたように語り、「リリス様は間違いなく、私を救ってくださった方です!!」と締めた。
「(……それは、救ったのは、私ではないのでは……)」
「何かおっしゃいました?」
「いえ、大丈夫です」
それにしてもこのままじゃ、ファゴット家にもシンシアさんにも迷惑をかけるなー、と、ため息をつくのだった。
◇ ◇ ◇
――――ふだんマレーナ様は、貴族が通う王立学園というところに通っている。
私たちが職探しから帰る頃にはまだ帰宅していないことが多く、馬車の御者いわく、
「なんか毎日のように、王宮に寄り道するように指示されるんだよねぇ……舞踏会かお茶会があるならともかく、学校帰りに頻繁に行くようなところじゃないだろうに」
とのこと。
なのに、今日はファゴット邸に戻るなり待ち構えていたようにマレーナ様が出てきて「遅すぎますわ」と怒られた。
「いつもどおりの時間ですけど……」
「授業中に手紙が届きましたの。
ギアン様が今日もいらっしゃるそうですわ」
「また!?」
「今日のドレスも用意していますし、メイドたちも待機させていますわ。さぁ、着替えなさい」
「ええ…………」
「本当ですか!? さぁ今日も素敵に仕上げて差し上げます!」
こうなると真っ先にシンシアさんが乗っかってしまうのだ。
夜会の翌日のギアン様の訪問を受けて、胃と良心がキリキリ痛んだ私は、さすがに替え玉は二度とやらないつもりだった。
……なのだけど、マレーナ様が、
「もう少し、ギアン様との結婚を前向きに考えても良いですわ。ただ、それはわたくしの気分にまかせてほしいのです」
と言い出した。
で、気分が乗らないときにはかわりに私を“マレーナ・ファゴット”として出せ、と。
「都合よく言ってるだけで全部リリスにやらせるつもりに決まってる」
とマクスウェル様が反対したんだけど、ギアン様との結婚を少しでも前向きに考えてくれるならとファゴット侯爵がその条件を飲んでしまった。
……というわけで、マレーナ様は私に引き続き替え玉を務めさせている。ギャラはファゴット侯爵のお財布からの支払いで。
「はい、じゃあ、準備いたします」
なげやりに私はドレスを受けとる。
そういえば、ドレスはいつもマレーナ様の指定だなぁ。
よっぽど、お気に入りのドレスは使われないように警戒してるんだなぁ、などと思いながら、いつもの準備の部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
283
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる