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◇36◇ そこまでは要望してませんが!?
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◇ ◇ ◇
レイエスに入ってからの私たち、特に私は、『下へもおかぬ扱い』というやつだった。
連日の食事は本当に美味しいし、大陸では、皇帝の浴室か、古代の公衆浴場ぐらいしかなさそうな広い広い浴室に満たされた温泉の湯は、とっても気持ちがいい。
そして着替えるたびに、ドレスも宝石もギアン様が用意してくれている。
もしかしてレイエスの民族衣装(も、とても素敵なのだけどおそらく着付けにレイエス人の手が必要で、火傷のあとをみられないか警戒していた)を着る必要があるかもと思っていたけど、そういうのは求められなかった。
レイエスの大公子妃教育のなかには、レイエスの楽器演奏や詩読みなども含まれていたそうだけど、その披露も求められていない。
(求められても私にはできないけれど)
ただただ、私たちはもてなされるばかりだった。
そしてギアン様は何かにつけて、甲斐甲斐しく私の世話を焼きにきた。
「…………これでよろしいのですか?」
「ん? 何がだ?」
「わたくしです」
あまりに大事にしかされないので、名所をギアン様に案内されている最中、馬車のなかでついつい、尋ねてみた。
いや、もちろん、観光に不満があるわけじゃない。
多神教であるレイエスの宗教施設だという建物を見せてもらったけど、建物も荘厳で美しくて、巨石と玉砂利と木々で演出されたお庭も見事で、しばらくその世界観に浸ってしまった。
それはそれで楽しいのだけど……。
「ただただ、美味しいものをいただいて、観光をして、素晴らしい音楽の演奏を聞かせていただいて、もてなされてばかりで。
もう少し何か、わたくし自身の御披露目のようなことがなくて良いのかと、気になってしまいましたの」
もちろん演奏の場とかもうけられても困るんだけど(いや、このあとに不意打ちで用意されているとかあるんだろうか)。
「ああ、それは私が止めさせた!」
「え」
「楽しんでもらうためにレイエスに招待したのに、そんなものがあっては気が休まらないからな」
「よろしいんですの?」
「気にしないでくれ!
ところで案内しようと思っていたところは一通り回ったのだが、ほかにどこか行ってみたいところはないか?
漠然と、どういう雰囲気の場所、というのでもいいぞ!」
「え、ええ。そうですわね」
しまった。王妃教育の内容の詰め込みに気を取られて、どんな場所があるか覚えてこられなかった。
いや、もちろん、『地理』という科目もあったのだけど、あとまわしにしてしまった。不覚。
だとすると、どこかないか。私がしっている地名。私がしっている場所。どこか、どこか……。
(…………あ)
ここ、しか、ないかも。
「“血闘海岸”は近いのでしょうか?」
その名を口にすると、一瞬ギアン様が目を見開く。
「そんなところで良いのか? 何もないぞ?」
「ええ。いけませんの?」
「いけないということはないが……そうだな。砂浜は歩きにくいぞ」
「かまいませんわ」
「よし、では」ギアン様が馭者に、目的地を指示した。
◇ ◇ ◇
――――“血闘海岸”。それは、私が演じた『ハルモニア一代記』の主人公のハルモニア・エルドレッドが傭兵団を率い、史実で当時のレイエス王と闘いを繰り広げたところだ。
とはいえ、ここでの闘いのあと、一転してエルドレッド商会はレイエス側につき、のちに巨大な交易拠点をかまえるまでになる。
レイエス王が大公の叙爵を受ける手助けをしたのも、ハルモニアの子孫である。
その史実をもとに、ベネディクト王国のちまたでは、ハルモニアがレイエス王の捕虜になり、とらわれているうちにレイエス王に恋をした、という伝承が広まっていた。
だけど、『ハルモニア一代記』の脚本家は『そんなエピソードにしたらキャラがぶれる』とばっさり斬った。
結果、この“血闘海岸”のエピソードは、命がけで戦い、その中でお互いを認めあい、最終的に互いの意思で戦いを終え生涯の友(強敵)となった……というかたちになった。
それが、『男と女だけど恋愛関係じゃないのがいい!!』と評価するお客様もいれば、描かれていないところに恋愛感情を想像して楽しむお客様もいて、リピーター続出で大ヒットになったのだ。
「……確かに、何もないですわね」
馬車を降りて見た浜辺は、あえて何もつくらず残しているのかと勘ぐりたくなるほど、何もない。
砂が、ずっと広がっている。
だけど、それだけに、この砂の上で、百年前のハルモニアとレイエス王が殺しあったのかと思うと、感慨深い。
百年間この場所が変わらずこうしてあったのかと思うと、その百年前に自分が立っている気がする。
ある場所までは土の地面で、そこからは砂が広がる。ためしに靴を砂に触れさせると、ずぼりと埋まった。
(やっぱり近づけないかな)
伝承では、実際の戦闘も、レイエス軍優位で推移したという。
傭兵団は砂浜に足をとられ、一方普段から足腰を鍛えるために砂浜で鍛練していたレイエス軍は土の上のように軽やかに動いたと。
危機に陥った傭兵団に、ハルモニアが裸足になれと指揮を出して……。
その場所を踏みしめてみたかったけど、“マレーナ・ファゴット”はここで靴を脱いで裸足になって砂浜に入ったりしない。
(まぁ、“血闘海岸”を見られただけで良かったかな)
これだけでも満足していた私に、「近くで見たいのか」とギアン様は呟くと自分の靴をおもむろに脱ぎ出した。
(…………!?)
裸足になるが早いか、ひょい、と、私を足から持ち上げるようにギアン様は抱き上げた。
(…………!!!!????)
「あ、あの!? いったい、何を!?」
「これなら近くにいける」
「いえ、け、結構ですわ……っ」
ギアン様はかまわず、私を軽々と運びながら裸足で砂浜に入っていく。
それは完全に、いわゆるお姫様だっこだった。
レイエスに入ってからの私たち、特に私は、『下へもおかぬ扱い』というやつだった。
連日の食事は本当に美味しいし、大陸では、皇帝の浴室か、古代の公衆浴場ぐらいしかなさそうな広い広い浴室に満たされた温泉の湯は、とっても気持ちがいい。
そして着替えるたびに、ドレスも宝石もギアン様が用意してくれている。
もしかしてレイエスの民族衣装(も、とても素敵なのだけどおそらく着付けにレイエス人の手が必要で、火傷のあとをみられないか警戒していた)を着る必要があるかもと思っていたけど、そういうのは求められなかった。
レイエスの大公子妃教育のなかには、レイエスの楽器演奏や詩読みなども含まれていたそうだけど、その披露も求められていない。
(求められても私にはできないけれど)
ただただ、私たちはもてなされるばかりだった。
そしてギアン様は何かにつけて、甲斐甲斐しく私の世話を焼きにきた。
「…………これでよろしいのですか?」
「ん? 何がだ?」
「わたくしです」
あまりに大事にしかされないので、名所をギアン様に案内されている最中、馬車のなかでついつい、尋ねてみた。
いや、もちろん、観光に不満があるわけじゃない。
多神教であるレイエスの宗教施設だという建物を見せてもらったけど、建物も荘厳で美しくて、巨石と玉砂利と木々で演出されたお庭も見事で、しばらくその世界観に浸ってしまった。
それはそれで楽しいのだけど……。
「ただただ、美味しいものをいただいて、観光をして、素晴らしい音楽の演奏を聞かせていただいて、もてなされてばかりで。
もう少し何か、わたくし自身の御披露目のようなことがなくて良いのかと、気になってしまいましたの」
もちろん演奏の場とかもうけられても困るんだけど(いや、このあとに不意打ちで用意されているとかあるんだろうか)。
「ああ、それは私が止めさせた!」
「え」
「楽しんでもらうためにレイエスに招待したのに、そんなものがあっては気が休まらないからな」
「よろしいんですの?」
「気にしないでくれ!
ところで案内しようと思っていたところは一通り回ったのだが、ほかにどこか行ってみたいところはないか?
漠然と、どういう雰囲気の場所、というのでもいいぞ!」
「え、ええ。そうですわね」
しまった。王妃教育の内容の詰め込みに気を取られて、どんな場所があるか覚えてこられなかった。
いや、もちろん、『地理』という科目もあったのだけど、あとまわしにしてしまった。不覚。
だとすると、どこかないか。私がしっている地名。私がしっている場所。どこか、どこか……。
(…………あ)
ここ、しか、ないかも。
「“血闘海岸”は近いのでしょうか?」
その名を口にすると、一瞬ギアン様が目を見開く。
「そんなところで良いのか? 何もないぞ?」
「ええ。いけませんの?」
「いけないということはないが……そうだな。砂浜は歩きにくいぞ」
「かまいませんわ」
「よし、では」ギアン様が馭者に、目的地を指示した。
◇ ◇ ◇
――――“血闘海岸”。それは、私が演じた『ハルモニア一代記』の主人公のハルモニア・エルドレッドが傭兵団を率い、史実で当時のレイエス王と闘いを繰り広げたところだ。
とはいえ、ここでの闘いのあと、一転してエルドレッド商会はレイエス側につき、のちに巨大な交易拠点をかまえるまでになる。
レイエス王が大公の叙爵を受ける手助けをしたのも、ハルモニアの子孫である。
その史実をもとに、ベネディクト王国のちまたでは、ハルモニアがレイエス王の捕虜になり、とらわれているうちにレイエス王に恋をした、という伝承が広まっていた。
だけど、『ハルモニア一代記』の脚本家は『そんなエピソードにしたらキャラがぶれる』とばっさり斬った。
結果、この“血闘海岸”のエピソードは、命がけで戦い、その中でお互いを認めあい、最終的に互いの意思で戦いを終え生涯の友(強敵)となった……というかたちになった。
それが、『男と女だけど恋愛関係じゃないのがいい!!』と評価するお客様もいれば、描かれていないところに恋愛感情を想像して楽しむお客様もいて、リピーター続出で大ヒットになったのだ。
「……確かに、何もないですわね」
馬車を降りて見た浜辺は、あえて何もつくらず残しているのかと勘ぐりたくなるほど、何もない。
砂が、ずっと広がっている。
だけど、それだけに、この砂の上で、百年前のハルモニアとレイエス王が殺しあったのかと思うと、感慨深い。
百年間この場所が変わらずこうしてあったのかと思うと、その百年前に自分が立っている気がする。
ある場所までは土の地面で、そこからは砂が広がる。ためしに靴を砂に触れさせると、ずぼりと埋まった。
(やっぱり近づけないかな)
伝承では、実際の戦闘も、レイエス軍優位で推移したという。
傭兵団は砂浜に足をとられ、一方普段から足腰を鍛えるために砂浜で鍛練していたレイエス軍は土の上のように軽やかに動いたと。
危機に陥った傭兵団に、ハルモニアが裸足になれと指揮を出して……。
その場所を踏みしめてみたかったけど、“マレーナ・ファゴット”はここで靴を脱いで裸足になって砂浜に入ったりしない。
(まぁ、“血闘海岸”を見られただけで良かったかな)
これだけでも満足していた私に、「近くで見たいのか」とギアン様は呟くと自分の靴をおもむろに脱ぎ出した。
(…………!?)
裸足になるが早いか、ひょい、と、私を足から持ち上げるようにギアン様は抱き上げた。
(…………!!!!????)
「あ、あの!? いったい、何を!?」
「これなら近くにいける」
「いえ、け、結構ですわ……っ」
ギアン様はかまわず、私を軽々と運びながら裸足で砂浜に入っていく。
それは完全に、いわゆるお姫様だっこだった。
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