身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

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◇37◇ 思わぬ急襲

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 ギュッ、ギュッ、ギュッ……。

 私の身体を抱き上げるギアン様の腕を通して、ギアン様の足が砂浜を踏みしめ沈み込む感触が、ダイレクトに伝わってくる。

 抱き上げられている。顔が近い。体温が近い。腕の力。顔をすり抜ける潮風。英雄たちの戦いの地。ハルモニアと戦ったレイエス王の血を引く人。


(私……結構身長あるんだけどな……)


 ギアン様と少ししか身長は変わらない。
 そんなに軽々と持てるような身体じゃないと思うんだけど、ギアン様の腕は、まったく危なげがない。安定感。


 波打ち際に近づく。
 じゃぶじゃぶとギアン様の足が波に触れる。

 まるで自分がその波のなかに足をいれたような感覚に襲われた。


「………………」


 吐息を漏らす。
 この胸を満たすものを表す言葉を、私の貧弱な語彙力は持ち合わせていなかった。


「触れてみたいか?」


 あまり回らない頭で、うなずく。


 ギアン様は腰を落とし、私を波のぎりぎりまで近づけてくれた。
 手袋を外し、ぐっと手を伸ばす。指先に触れた波は、岸にぶつかるぎりぎりだからか、思ったよりも優しかった。


 人のいない砂浜を、まるで貸しきっているよう。
 なんて贅沢なんだろう。


「どうだ?」

「思ったよりも温かいですわ」


 私はもうこの旅でギアン様とは永遠にさようなら。このあとはマレーナ様がギアン様と結婚する。

 仕事だけど、この旅の間ぐらい、私は、ギアン様の婚約者として楽しんだって許されるんじゃないだろうか。一生の思い出にしたって良いんじゃないだろうか。仕事はちゃんとやるから。ちゃんとマレーナ様を演じきるから。


 そう思ったら、ギアン様の抱き上げる腕が愛しくてたまらなくなった。


「……ありがとうございます。もう良いですわ」

「うむ!」


 ギアン様は私を抱いたままスルリと立ち上がり、またギュッ、ギュッ、ギュッと砂浜を踏みしめていく。
 私はこの音と、腕越しに感じたこの感触を、生涯忘れないと思う。


   ◇ ◇ ◇


 その日は1日、いろいろなことがあっていつもより遅い時間に私は浴室に入った。

 宮殿にはいくつも浴室があるのだけど、そのなかに1つ、とてもおもしろいところがあった。
 奥様は一目見るなりギョッとして「わたくしはちょっと……」という反応だったのだけど、私は一回入ってみたかったので、その浴室に行ってみる。


「……だ、大丈夫ですか。
 リ……いえ、マレーナ様。
 のぞく不届き者とか、いたら。
 ガウンとか水着的な何かとか、お借りできないんでしょうか」


 脱衣所の番をするといってついてきてくれたシンシアさんも、かなり引いている。


「大丈夫ですわ。
 少しお待たせしますけれど、よろしくお願いしますね」 

「え、ええ。
 不埒な輩は絶対通しませんからね!」


 城の人から借りた、先が二股に分かれた謎の長柄の武器を構えて、ふん!ふん!と突くシンシアさん。
 見るからに武器の心得はまったくないけど、大丈夫だろうか。


 服を脱いだ私は、引戸を開けた。


 その先に広がっていたのは、厳密に言うと、『浴室』じゃないかもしれない空間だった。

 (塀にはきっちり囲まれているけど)岩と木々を配置したお庭のなかに、大きな浴槽が、地面を掘って設けられている。
 そしてそこに、温泉のお湯をこれでもかとたっぷり満たしている。

 浴槽はいくつもあってそれぞれ違う種類のお湯が入っている。

 つまり裸になってそれぞれのお湯をめぐることができるわけだ。


 身体に湯をかけてから、まずは一番大きな浴槽に入る。


(…………あったかい)


 ちょうどいい温度に調整された湯は、とても身体に心地いい。
 毎日毎日こんなにたっぷりのお湯に浸かれるなんて、どんなお金持ちでも貴族でもできない贅沢だ。


(…………今日は、楽しかった)


 ギアン様とふれあって、ドキドキしたり、不思議な安心感があったり。私を抱き上げてくれたあの腕が、愛おしい。

 あと少しで終わる夢だとしても、いまこのとき、私は幸せだ。

 レイエスには男女のダンスの文化もない。私の右肩に刻まれている現実も、しばらくの間忘れていよう。


 ――――と。

 脱衣所の方で妙な物音がしたかと思うと、


「……だっ、ダメですっ!!ここは通しませ……わ!! お、おまちくださっ……!!」


というシンシアさんの悲鳴があがってガラリと引き戸が開かれ、


「我らが城の湯はどうだ? マレーナ殿」


裸の大公殿下が仁王立ちしていた。
 私は一瞬何が起きたのかわからず、硬直してしまう。


「せっかくの機だ!!
 裸の付き合いで語り合おうではないか!!
 …………おや」


 大公殿下はざぶざぶと遠慮なく湯船に入って来ながら、私の右肩を指差した。


「その傷、どうした?」

「!!!」


 ――――火傷のあとを、見られた!!
 
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