フェリペとアラゴン王家の亡霊たち

レイナ・ペトロニーラ

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6、巡礼の旅

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 僕はハインリヒ7世の手を引いて、モンソン城の丘の頂上に辿り着いた。ラミロ2世とペドロ2世の2人はもうとっくにその場所にいた。そして僕たちは大きなキリスト像の近くに来た。3人は像の近くまで歩き、跪いた。僕は遠くから3人の姿を見守ることにした。

 3人はアラゴン王家の高貴な血を引きながら、それぞれの事情で天国へ行くことはできずに亡霊となっていた。ラミロ2世は兄が2人いたため子供の頃からずっと修道院に入れられ、2人の兄が跡継ぎを残さずに亡くなって王位を継いだ時は40代後半だった。政治も戦いの方法も知らないラミロ2世を貴族たちは馬鹿にして各地で反乱が起きた。そしてラミロ2世は『ウエスカの鐘』と呼ばれる粛正を行った。貴族達を呼び集めて1人ずつ部屋に入れ、反乱に加わった者をその場で斬首して首を鐘のように高く積み上げたのである。

 ハインリヒ7世は皇帝フリードリヒ2世とアラゴン王女の長男としてシチリアで生まれた。子供の頃からドイツ王となって父の皇帝とは離れて住み、皇帝と不仲になって反乱を起こした。降伏したハインリヒ7世は王位をはく奪されて目を潰され、幽閉された。その時に手足や顔が少しずつ崩れていく病にかかり、仮面をつけられて生活し、6年後に別の場所に護送される途中で馬と一緒に谷底へ身を投げた。

 ペドロ2世はラミロ2世のひ孫にあたる。教皇に戴冠され、レコンキスタの英雄として活躍しながらも、南フランスの戦争に巻き込まれ、カタリ派の味方をしたという理由で破門されて戦死している。ペドロ2世自身がカタリ派の教えに共感したわけではなく、ただ親戚関係で戦い、跡継ぎのハイメ1世を人質同然に差し出して戦争を避けようとしていたのだが、異端として死ぬことになる。そして幼いハイメ1世はテンプル騎士団の拠点の1つ、このモンソン城で育てられ、後の征服王となった。

 亡霊となった3人が何を思って大きなキリスト像の前で祈りを捧げているのか、僕にはわからない。僕は昔父さんから聞いた話を思い出した。まだ母が生きていた頃だから、僕は5歳位の時である。父さんはユダヤ人の中でも特別な教えを受け継いでいる。




「フェリペ、亡霊をむやみに怖がってはいけない。彼らもまた私達と同じように感情を持った人間として生きていた。だがあまりにも辛く苦しい体験があると、魂はその感情を切り離して生まれ変わってしまう。切り離された魂が亡霊となるのだ」
「切り離された魂?」
「そして亡霊となった魂は、元の魂が生まれ変わった人間に会うために長い旅を続ける。100年、200年、場合によってはもっと長くなるかもしれない」
「そんなに長い間・・・」
「そして運よく生まれ変わった元の魂と出会うことができたなら、2つの魂は統合されて1つとなる」
「よくわからない」
「わかりやすく言えば、切り離されて亡霊となった魂は消えてしまうということだ」
「消えてしまうの?」
「消えてその人間の心の中で生き続ける」
「・・・・・」
「今はわからなくても、お前もいつか切り離された魂の亡霊に出会うかもしれない。それは人間として最高に幸せなことだよ」




「フェリペ、待たせて悪かった」

 気が付くと3人は僕のそばに戻っていた。

「テンプル騎士団の拠点となった城に来て、キリストの像の前で祈りを捧げることができた。もう思い残すことは何もない。だが、こんな明るい時間に城に来ているのに、なぜ生きている人間の姿が見えないのだ。そなたには人間の姿は見えるか?」
「いいえ、誰もいません」

 その時僕は思い出した。1300年代の初め、フランス王フィリップ4世がテンプル騎士団を異端として告発し、騎士団の総長とたくさんの団員が逮捕されて拷問され、火あぶりにされている。

「テンプル騎士団は1300年代の初め、フランス王フィリップ4世によって異端として告発されました。たくさんの団員が殺され、騎士団は解散させられました」
「なんということだ!テンプル騎士団は巡礼者を守るために、修道士でありながら騎士として戦うこともできる者が集まっていた」
「私の兄アルフォンソ1世もテンプル騎士団に心酔していた。アラゴン王国の領土をテンプル騎士団に寄進したいという遺書まで残したくらいだ」
「なぜテンプル騎士団にそのようなことが起きた。フェリペ、わかるか?」
「ごめんなさい、詳しいことは僕にはわかりません。修道院に戻ってから調べてみます」

 その時僕は、何もしゃべらずに立っていたハインリヒ7世の姿が薄くなり、今にも消えそうになっているのに気が付いた。僕はそばに駆け寄った。

「ハインリヒ7世、どうしたの?」
「余の旅はここで終わる。そなたに会えてよかった」

 ハインリヒ7世の姿は消えていた。

「ここに長くいたようだ。我々が全員消えてしまえばフェリペは戻れなくなる。急いで修道院に帰ろう」

 ラミロ2世が大きな声で言った。

 
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