フェリペとアラゴン王家の亡霊たち

レイナ・ペトロニーラ

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15、エンツォと獄中の詩

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 コンラート4世を訪ねた次の晩、ハインリヒ7世はまた僕の部屋に来た。よくわからない華やかな衣装を身に付けている。

「どうしたの、その恰好?」
「これは吟遊詩人の衣装だ。今まで占いもできる修道士とか、諸国を旅する詩人の庭師とか、苦しい言い訳をしてきたが、吟遊詩人なら王宮にいても怪しまれない」
「でも僕は吟遊詩人の服なんて持っていない」
「そなたはどうせ余の見習いという役割だから、動きやすい作業着で構わない」

 最初にモンソン城に言った時、亡霊は途中で迷ったり消えたりする危険があるから、肉体を持つ人間についてきて欲しいと頼まれた。そしてあの時ハインリヒ7世は仮面をつけて目も見えなかったから、僕が手を引いて一緒に歩いた。今のハインリヒ7世は反乱を起こす前の姿なので、仮面もつけてないし、目も見えている。自由に動けるようになってそれはそれでうれしいけど、どうも僕に対する態度が傲慢になってきた。特に今は昨晩出かけたばかりで僕はまだ疲れが残っている。一瞬で移動するけど、遠い場所まで行くと体に負担がかかるし、何よりも見知らぬ場所で偉い人と会うのは緊張する。でもハインリヒ7世は僕の気持ちなど考えてくれない。

「今日はエンツォに会いに行く」
「え、エンツォ?」

 突然名前を言われても、僕には誰のことだかピンとこない。作業着に着替え、念のため自分のノートを持ったまま、目を閉じた。




 目を開けると見たこともない街が見えた。

「ここはどこ?」
「ここはボローニャだ。そなたが昨日話していただろう」

 僕は慌ててノートを開いた

1211年 ハインリヒ7世生まれる
1220年 エンツォ生まれる
1234年 ハインリヒ7世反乱を起こす
1242年 ハインリヒ7世亡くなる
1249年 エンツォ、ボローニャ軍に捕らえられる
1250年 フリードリヒ2世亡くなる
1272年 エンツォ、ボローニャの牢獄で亡くなる

「エンツォはボローニャ軍に捕らえられ、そのままボローニャで亡くなっている」
「そんなこと昨日聞いて知っている。さあ、行くぞ」

 僕たちの姿は街の人には見えないようだ。僕たちは人々の話す声を聞いた。

「今日はエンツォ様にお会いできる」
「それはうらやましい。エンツォ様は詩の名手だと聞いている」
「あんな立派な方が囚われの身になるとはおいたわしい」
「おい、政治の話はしない方がいいぞ」

 話をした人の後について行ったら、貴族の邸宅のような家に着いた。中に入ると広い部屋で、何人かの人が談笑していた。その部屋の隅の方に鉄格子の檻があるのが気になった。街の人が部屋を出て行った後、豪華な衣装を身に付けた男の人が1人残ってソファーに座っていた。

「そこの2人はボローニャの者ではないな」
「はい、私たちは諸国を旅する吟遊詩人でございます。私の名前はハインリヒ、こちらは見習いのフェリペと申します」
「吟遊詩人か、懐かしいな。シチリアにいた頃は王妃がアラゴンから連れて来たと言う吟遊詩人が何人もいて、毎晩歌を聞かせてもらった。さあ、そこに座ってくつろいでくれ。それからそこのフェリペとか申す者、そなたはユダヤ人であるな」
「は、はい、そうです。どうしてわかったのですか?」
「シチリアにはユダヤ人もたくさん住んでいた。キリスト教徒だけでない、アラブ人、ユダヤ人、ギリシャ人・・・それぞれの民族がそれぞれの礼拝堂で祈り、それぞれの言葉をしゃべって、それぞれの暮らしを営んでいた。シチリアの太陽はどの民族にも平等に光を降り注いでいた。青い海、白い建物、咲き乱れる花々、シチリアほど美しい場所はこの世にはないだろう。そなたはシチリア出身か」
「いいえ、スペイン、いえ、アラゴン出身です」
「アラゴンはフランスの影響を受けた素晴らしい国だと聞いている」
「でも僕は修道院育ちなので、王宮のことは何も知らないです」

 まさかこんなにたくさん質問されるとは・・・僕はヒヤヒヤしながら答えた。

「そちらの吟遊詩人はどこの生まれだ?」
「私は長い間ドイツに住んでいました」
「ドイツと言えば、ハインリヒ兄上も長い間ドイツに住んでいた。兄上は反乱を起こして目を潰され、幽閉されて6年後に馬と一緒に谷底に落ちて亡くなられた」
「はい、その話は私も聞いています」
「私も幽閉されている身だ。20年以上ここに暮らし、夜は檻に入れられる。だが、反乱を起こした兄上はどのような気持ちで暮らしていたのだろうか」
「深い悲しみと怒りがあったと思います」
「父上がなくなり、弟のコンラートは病死、マンフレーディは戦死した。そして甥のコッラディーノは捕らえられて処刑された。まだ16歳だった。私の家族はみな亡くなり、私は何もできずにこの場所で詩を作っている」
「詩を作り続けてください。そして兄上と弟たちのこと、どうか後世に伝えてください。優れた詩はきっと次の時代に残ります」
「そうか、詩を作り続けることが・・・」
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