フェリペとアラゴン王家の亡霊たち

レイナ・ペトロニーラ

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37、影の薄い亡霊フアン1世が話し相手となる

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 護身術の学校で僕は偶然7歳年下の異母弟マルティンと再会した。彼は僕を慕って話しかけてくれるのだが、僕は複雑な気持ちである。そこで僕と彼だけに見えるアラゴン王家の亡霊、ラミロ2世とペドロ2世を彼に押し付けて困らせる計画を立てた。

「フェリペ、そなたに頼みがある」

 まだ暗い時間にラミロ2世に起こされた。

「え、何?」
「あれからペドロ2世と2人で話し合ったのだが、マルティンは家族のことで深く悩み心に傷を負っている」
「そうかもしれない」
「私は子供の頃から修道院に入れられているし、ペドロ2世も長男として大切に育てられているから、家族の複雑な悩みなどよくわからない。そこで2回結婚して家族の悩みも経験したフアン1世に話し相手になってもらったらいいと考えた」

 フアン1世のこと思い浮かべた。不真面目王と呼ばれたフアン1世は王妃とその寵臣が宮廷を牛耳るのに任せて王国の財政を傾かせ、死んだ時に王にふさわしい立派な棺を作ってもらえず亡霊になってしまった。鷹狩りが大好きだったため、鷹を連れて姿を現すのだが、ラミロ2世やペドロ2世に比べて影が薄い。

「フアン1世はそなたも知っている通り影が薄くて声も小さい。だから本人に代わってフアン1世についてマルティンに説明して欲しい」

 自己紹介位自分でやって欲しいが、ラミロ2世は言いたいことだけ言うとさっさと歩いて行った。僕も慌ててその後を追いかけた。




 宿舎の外にはペドロ2世とマルティン、そしてフアン1世がいた。

「マルティン、今日は私の子孫フアン1世を連れてきた。フアン1世についてはフェリペ、説明してくれ」
「フアン1世は不真面目王と呼ばれ、王妃とその寵臣に宮廷を牛耳られ・・・」

 フアン1世の亡霊が哀願するような目で僕を見つめている。そんな目で見られても、僕は本に書いてあったことしか知らない。

「それからフアン1世はフランスの勝利王シャルル7世の義理の祖父でもある」
「フランスの勝利王?」

 マルティンは不思議そうに聞いてきた。そうだ、彼は勉強は苦手だと言っていたから歴史に詳しくはない。何をどう説明したらいいのか、僕の頭は混乱してきた。

「さあ、難しい話はこれぐらいにして、マルティン、今日は1日このフアン1世がそなたの話し相手になってくれる」
「えー?僕はペドロ2世かラミロ2世の方がいいな。2人の方がはっきり見えて声も大きいから。なんかフアン1世って影が薄くて本当の亡霊みたいだもん」

 フアン1世は泣き出しそうな顔をして、手に持っていた鷹の頭をなでていた。

「そう言わずにせっかく呼んできたんだ。今日1日はフアン1世の話し相手になってくれ」
「わかったよ」

 マルティンはかなり不満顔であった。






 今日は歴史の授業があり、鎧などは付けないで剣術の稽古をした。フアン1世はマルティンのそばにいて、ラミロ2世とペドロ2世は僕のそばにいた。フアン1世は何も話さずちょうどよい距離をマルティンとの間に保ち、ラミロ2世は相変わらず僕のそばの邪魔な位置にいる。

「ねえ、フアン1世とマルティンは何も話さないね」
「フアン1世は我々2人と違って声も小さい」

 ラミロ2世がマルティンの話し相手としてフアン1世を選んだのは完全な失敗に思えた。話もできないほど声が小さければ話し相手にならない。2人は無言のまま昼食の時間になった。マルティンは他の子供とは少し離れた席に座り、隣にフアン1世が座った。

「フアン1世はラミロ2世やペドロ2世とは全然違うね」
「あの2人と違って、私は何1つ思い通りには生きられなかった」

 フアン1世の声は消え入りそうなほど小さい。

「僕の母さんもそうだと思う。意地悪な継母だと言われていた」
「私は不真面目王と呼ばれた」
「父さんと母さんは喧嘩ばかりしていた。母さんと結婚しなければフェリペ兄さんを修道院に入れることもなかったと」
「・・・・・」
「母さんは病気になってあっという間に死んでしまった」
「私の子も幼いまま次々と死んでいった」
「父さんは母さんが死んだ時、泣いていなかった。むしろほっとしたような顔をしていた」
「悲しみが深すぎる時、人は涙を流すこともできなくなる」
「父さんはフェリペ兄さんからの手紙を読んで、涙を流した。母さんが死んだ時じゃない、兄さんの医者の家に引き取られるという手紙を読んで・・・・・僕の母さんは・・・兄さんを苛めて追い出して・・・・だから父さんは・・・うわあああー・・・」

 マルティンは声を出して泣き出した。その彼をフアン1世がやさしく抱きしめている。

「マルティン君、どうしたのだね?」

 泣き声に驚いて1人の先生がそばに来た。

「ごめんなさい。母さんが死んだ時のことを思い出して急に悲しくなって・・・」
「それはさぞ辛いだろう。泣きたい時は思いっきり泣けばいい」

 先生がマルティンを抱きしめ、少し離れた場所でフアン1世が見守っていた。


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