フェリペとアラゴン王家の亡霊たち

レイナ・ペトロニーラ

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39、ラミロ2世の初めての乗馬

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僕が入った護身術の学校の10日間初心者コースは僕以外は7,8歳の子供ばかり5人いた。15歳の僕が子供に混ざって剣術の稽古をするだけでも複雑な気持ちなのに、そこには昔僕を苛めた継母の子マルティンがいた。僕とマルティンは亡霊の姿を見て話をすることができる特別な力を持っている。僕は邪魔ばかりするアラゴン王家の亡霊ラミロ2世を異母弟に押し付けようとしたが、なぜかアラゴン王家の中でも影が薄くて不真面目王と呼ばれたフアン1世が呼び出されてマルティンの世話をすることになり、2人はすっかり意気投合してしまった。人間と亡霊(僕とマルティンにしか見えない)入り混じっての奇妙な訓練が続く中、僕はもう諦めてラミロ2世は無視することに決めた。白い王様の衣装をヒラヒラさせてウロチョロするラミロ2世の姿が見えても、練習の時は先生の動きや相手の子供に集中することにした。

「フェリペ君、なかなかいい動きではないか」
「ありがとうございます」

 実は僕は誰にも話していないが、14歳の時にハインリヒ7世の亡霊と一緒に時代をさかのぼってボードゥアン4世のいるエルサレム王国へ行ったことがある。僕とハインリヒ7世は同じ14歳の姿で王の家臣となり、戦いに向けての訓練に参加して、実際に馬に乗って戦争にも参加した。それは1晩の夢のような体験でもあったが、僕はそこで何か月も訓練を受けたかのように感じた。そう、僕は夢のようではあるがあの時は大人の兵士に混ざって訓練を受けていた。だからそれを思い出せばいい動きができるはずである。





 10日間コースの後半は主に乗馬訓練をすることになった。そしてペドロ2世は亡霊界の馬を連れてきて、ラミロ2世に乗るように勧めている。もちろん亡霊や馬の姿は僕とマルティンにしか見えない。ラミロ2世は白い王様の衣装で王冠もかぶり、ペドロ2世は鎧を付け、フアン1世は狩りの衣装で手に鷹を持っている。はっきり言ってラミロ2世の衣装は馬に乗るためのものではない。

「ラミロ2世、せっかくのチャンスだ。馬に乗る練習をしよう」
「いや、私は人生で1度も馬に乗ったことはない」
「練習すれば乗れるようになる」

 ラミロ2世は頑固だからすぐにはペドロ2世の説得に応じない。フアン1世はマルティンのそばにいる。

「マルティン、ちょっとラミロ2世の乗馬を手伝ってきてもいいか?」
「うん、いいよ。僕よりもラミロ2世の方が乗馬は難しそうだね」

 僕とマルティンを含めた子供たちは先生に手伝ってもらってそれぞれ馬に乗り、ゆっくりと馬を歩かせた。

「そうそう、姿勢をよくして遠くを見るのだ」

 先生に言われるのだが、ついつい後ろが気になる。

「ラミロ2世、我々は肉体を持たない亡霊だから落ちて怪我することはない」
「我々の祖先が馬にも乗れないなんて恥ずかしい。アラゴン王は代々勇敢な戦士であった」
「フアン1世は戦争に行ったことはないではないか」
「それでも馬にくらい乗れます!」

 マルティンも3人が気になるのだろう。何度も後ろを振り返っている。肉体を持たない亡霊は軽いはずだが、ペドロ2世とフアン1世が2人がかりで手助けしてラミロ2世を馬に乗せた。ラミロ2世はガタガタ震え、顔は真っ青である。

「あ、足がつかない、助けてくれ、おろしてくれー!」
「大丈夫です、ラミロ2世、子供でもちゃんと乗っています」
「私は子供ではない、アラゴン5代目の王ラミロ2世だ」
「それは今は関係ない。とにかく手綱をしっかり握って前を見て!」

 亡霊たちの会話が聞こえてしまうマルティンは馬に乗ったまま笑い出してしまった。

「マルティン君、どうした?」
「すみません、先生。昔のこと思い出しました。馬に乗るって気持ちがいいですね」
「そうだろう。さあ、ここからまわって元の場所に戻ろう」

 マルティンと僕は馬に乗ったまま向きを変えた。元の場所に戻る時はラミロ2世が馬の上で震えている姿がいやでも目に入ってしまう。僕も必死で笑いをこらえた。

「マルティン、笑ってはいけない。ラミロ2世は真剣なんだから」
「わかっているよ。でもフェリペ兄さんも笑いをこらえているでしょう」







 護身術学校の10日間コースの最終日、何日か馬に乗って慣れてきた頃、僕とマルティンの2人は特別に遠乗りに行くことが許された。先生の後に続いてしばらく馬を歩かせると、遮るものがない広い平原に来た。

「さあ、ここからは思いっきり馬を走らせていい」

 僕たちの横にはラミロ2世、ペドロ2世、フアン1世の3人が馬に乗って待っていた。相変わらずラミロ2世は白いヒラヒラした王様の衣装を身に付けて馬には乗りにくそうだが、それでも姿勢はよくなりまっすぐ前を見ている。そして手には剣を握り締めている。

「ラミロ2世、その剣は?」
「アラゴン王は代々勇敢なことで知られている」
「さあ、敵に向かって突撃だ!」

 ペドロ2世の声で、僕たちはいっせいに馬を走らせた。

 
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