ミゲルの物語、前世療法で見た数奇な人生~キリスト教の歴史の闇と光~

レイナ・ペトロニーラ

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第1章 修道院での子供時代

16、神から預けられた子

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「カルロス院長お話ししたいことがございます」

学習室で私とカルロス先生が勉強している時にニコラス先生がやってきた。フアンはアルバロとフェリペに連れられて外に行っている。

「わかった。ミゲルはいつものように自分で勉強していなさい」
「はい」

カルロス先生は少し離れた場所でニコラス先生と向かい合って座った。この学習室で話すということは、私に聞かれてもいい話であろう。私はペンを置いて聞き耳を立てた。

「フアンのことでございます。申し上げにくいのですが、フアンはカルロス院長の生活を少々かき乱しているのではないかと・・・」
「少々なんていうものではない。はっきり言おう。フアンは修道士としての私の生活を大きくかき乱している」
「と言いますと・・・」
「最初は小さな子だからと大目に見ていた。だがあの子は酷過ぎる。食堂の床にひっくり返って泣く子など初めて見た」
「私も仕事柄いろいろな子を見てきましたが、フアンのような子は初めてです。なんと申し上げていいか・・・そこで提案ですが、フアンはしばらくの間、孤児院に入れてはいかがでしょうか?孤児院のフェリペやアルバロなら小さな子供の扱いに慣れていますし、フアンも彼らになついています。孤児院で生活させれば今のように院長の生活をかき乱すということもなくなるでしょう」
「いや、フアンはミゲルと一緒に修道士の宿舎で育てる」

カルロス先生はきっぱりと言った。しばらく沈黙が続いた。



「この気持ちをどう表現したらいいのか、自分でもよくわからない。フアンが来てからというもの、あの子の顔がいつも浮かんでくるようになった。1人静かに瞑想して神と対話しなければいけない時に、あの子が目に浮かんでしゃべりかけてくる。こんなこと他の修道士にはとても言えないが、正直なところ私はフアンが来てから神との対話ができなくなっている。困ったものだ・・・」
「困ったものだと言いながら、今の院長はとてもお幸せそうです。まるで聞き分けのない小さな子供を持つ父親のようで・・・」
「私は修道院長だ。小さな子供を持つ父親のようになってはならない」
「それならばフアンを孤児院に入れてはいかがですか?遠くから見守るようにすればあなたの生活が乱されることもなくなるでしょう」
「いや、あの子を孤児院には入れたくない。フアンの父親は私の古くからの知人だ。世話になった恩人の子を孤児院には入れられない。食べるものも少ないし、小さな時から毎日働かなければならない」
「確かにそうです」

2人は同時に深いため息をついた。また沈黙が続いた。



「フアンは不思議な子です。なんの警戒心も持たずにまっすぐこちらに飛び込んでくる。しばらく会わないでいると会いたくてたまらなくなる」
「そこが問題だ。私はあの子といると心がかき乱される。だが離れて暮らすことも考えられない。どうしたらいいのか・・・」
「フアンは神によって預けられた子と考えてはいかがでしょうか?」
「神によって預けられた子?私の修行を邪魔するためにか?」
「そうではありません。カルロス院長、あなたは稀に見る信仰心が篤く深い叡智のある方です。だからこそ神はあなたを選んでフアンを託されたのです」
「神が私を選んだ・・・」
「あの子は普通の子とは違います。私達人間の体には心臓があり、心臓から血液が送り出されることで生きることができます。そして心臓は私たちの精神の中心でもあります。目には見えなくても私たちの精神もまた心臓のように丈夫な膜で覆われています。だからこそ私達人間は個人として別々の精神を持ち生きていけるのです。でもフアンは精神を包む膜に小さな孔が開いているのです」
「つまりあの子はできそこないであると・・・」
「そうではありません。ガレノスは言っています。人間の心臓の内側には膜があり、その膜が心臓を分けている。だがその膜には目に見えない小さな孔があり、その孔を通って血液は流れ混じりあっているというのです。人間の精神を包んでいる膜も小さな孔が開いています。神は他の人間の心がわかり、他の精神と混ざり合うことができるように精神の膜にもあえて孔を開けた、そのように人間を作られました。でもフアンの場合はその孔が大きすぎて、他の人間の考えや昔の感情まで直接流れ込んでしまうのです。だから彼は時々感情があふれて自分でもどうしたらいいかわからなくなるのでしょう」
「そなたの話は難し過ぎてよくわからない」
「とにかくフアンは神に預けられた子ですから、大切にしなければなりません」
「そうか・・・」

また長い沈黙が続いた。カルロス先生だけでなく私にとってもニコラス先生の話は難し過ぎてよくわからない。



「ところで、ニコラス医師よ。私は時々直接言葉で言われたわけではないのに、フアンは院長の隠し子であるとか、院長の顔はロバに似ているとか、そういう心の声を聞くことがある。それもさっきそなたが言っていたように私の精神を包む膜にも大きな孔があってそこから相手の心の声が流れてくるのが原因なのか」
「と、とんでもございません。私はそのようなことは思っていません」

ニコラス先生は慌てて否定した。

「ニコラス医師よ、別に私はそなたがそのような考えを持っていると言ったわけではない」
「カルロス院長、あなたもまたフアンと同じような力を持っている方かもしれません。だからこそ神はあなたを選ばれてフアンを預けられたのでしょう」
「私の精神を包む膜の孔はあの子ほど大きくない。フアンと同じでは修道院長などできるわけがない」
「そうでございます。あなたは類まれなる感性を持ちながらも見事にその欠点を克服されました。神はフアンもあなたのように導いて欲しいと願い、あなたに託されたのだと思います」
「そなたは本当に口がうまい。そういうことにしておこう。ところでニコラス医師、そなたが今日ここに来た目的はフアンのことだけではあるまい。他に言いたいことがあって来たのであろうから、本当の目的について話すがいい」
「カルロス院長に隠し事はできませんな。実は他に院長にぜひ聞いていただきたいことがあります」
「ここでいいか?別の部屋に行ってもよい」

カルロス先生は私の方を見て言った。

「ここで構いません」

ニコラス先生はそう答えた。



「率直に申し上げます。今孤児院にいる子供たちの置かれた環境はあまりいいものとは言えません。育ち盛りの子供にとってあれだけの食事では強い体は作れません。さらに孤児院では子供を長時間働かせ、鞭打つことも当たり前のように行われています」
「怠けた子を鞭打つのは当たり前のことではないのか?」
「いいえ、鞭打ちの罰は子供の心に深い傷を残します。働くことの意味もわからないまま、鞭打たれる恐怖に怯え、自分を殺して命令に従うようになります。孤児院の子もフアンやミゲルと同じ神から預けられた大切な子です。彼らがここを巣立つ日まで親代わりとなってよい食物と教育を与えるのが我々の役目ではないでしょうか?」
「そなたのいうことはもっともだ。だが私は修道院長である者が孤児院のことに口を出していいものか正直迷っていた」
「ぜひ言ってください。この修道院を統べる院長だからこそ、その言葉には重みがあります。他の者の忠告など聞き入れない者でも、院長の言葉なら聞くに違いありません」
「そうしよう。他には何か・・・」
「他にはと言いますと・・・」
「そなたはまだ心のうちにあること、全てを話してはいない」
「はい、その通りでございます」

ニコラス先生はあたりを見渡してから低い声で話し始めた。




「フェリペのことでございます。今あの子はアルバロと一緒に兵士になる訓練を受けています。ですが繊細で気の弱いあの子が戦場に行くことが、果たしてあの子のためになるのでしょうか?」
「それは私も考えている。あの子は戦場には行かせない方がいい。そうなるとやはり農家での貰い手を早くさがした方がいいかもしれない」
「いいえ、農家に引き取られてはあの子は幸せになれません。フェリペはここに来る前に父親から教育を受けていました。あの子の魂は知識を渇望しています。まるで砂漠をさまよう旅人のように、知識という水を渇望しているのです。私は週に1度孤児院の子供たちに勉強を教えていますが、とてもそれだけでは間に合いません。あの子の将来を考えたら学者か医者の家に引き取られるのが1番です。そのためには基本的な知識をきちんと学ばせる必要があります。ミゲルと一緒に・・・」
「そなたの言いたいことはよくわかった。だが私はフェリペをミゲルと一緒に学ばせる気はない。ミゲルは貴族の子だ。貴族の子と庶民の子とを同じ扱いにしたら、そのことで不満を持つ者が出て収集がつかなくなる。今フェリペは兵士になる訓練を受けているから、その時間を学習に使ってもよい。だが私は孤児院の子を教えたりはしない。そなたはあいた時間に学習室ではなく、上にある本の倉庫を使えばよい。あそこならたくさんの部屋があるし鍵もかけられる。他の修道士に見られることもない。これでよいか?」
「ありがとうございます」
「それにしても、なぜそなたはフェリペにそこまで目をかける?」
「彼の人生が自分の子供時代と重なるからです。私も親の都合で住む家が何度も変わり、最終的に叔父の家に引き取られました。大人の都合で子供の人生を変えてはいけません」
「それ以外にもありそうだが、深くは詮索しない。私は医師としてのそなたの実力を高く評価している。そなたを失いたくはない」
「ありがとうございます。私はいつかカルロス院長にすべてをお話ししてここを出て行く日が来るかもしれません」
「そのいつかは来て欲しくない。そなたほど優秀な医師はめったにいない。そのためには私は精神を包む膜に孔があいていても、そこを閉じて見て見ぬふりをしよう」
「カルロス院長・・・」

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