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第1章 修道院での子供時代
21、降誕祭の前夜
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降誕祭の前日、12月24日の朝早く、私はカルロス先生の声で目を覚ました。外はまだ真っ暗である。その時フアンのベッドで彼と一緒に寝ていたのだが、慌てて自分のベッドに戻った。
「ミゲル、朝早くすまない。話があるから部屋に入ってもいいか?着替えて出てこなくてもいい。ベッドで寝たままでいい」
「はい、カルロス先生」
私は寝間着のままベッドに腰かけた。部屋に入って来たカルロス先生はもう真っ黒な僧衣を身に付けている。
「フアンはまだ寝ているか?」
「はい、ぐっすり寝ています」
「今日の予定についてだが、ミゲル、今日は1日ニコラス医師や孤児院の子供たちと一緒に行動を共にして欲しい」
「はい・・・」
返事はしたが、私は少し不満も感じた。降誕祭の前の日と当日は特別なミサがある。私は毎年カルロス先生と一緒に準備をし、厳粛なミサに一緒に参加して神に祈りを捧げていた。
「原因はお前ではなくフアンにある」
「フアンですか?」
「もちろんミサの間はフアンはフェリペたちに預けて礼拝堂には入れないつもりだったが、ミサの時だけではない。今年の降誕祭はたくさんの来賓も招いている。食堂や廊下でフアンがどのような行動を取るか正直私には全く予測がつかない」
「僕もフアンの行動は予測がつきません」
カルロス先生は小さな声で笑った。
「フアンをお前に押し付けて悪いが、今日の昼食は時間をずらして修道院の食堂を村人や孤児院の子供たちのために開放する予定だ。その時なら多少フアンが騒いでも問題ない」
「わかりました」
「フアンのことを頼む」
「はい」
「まだ真夜中だ。お前はもう1度寝るといい」
「はい、わかりました」
カルロス先生は部屋を出て行った。もう1度寝ていいと言われたが、私は興奮してその後は全く眠れないでいた。
いつもよりかなり遅い時間になってから食堂に行くように言われた。フアンの手を引いて修道院の食堂に入ると、修道士でない大勢の人が席に座っていてにぎやかに話をした。見たことのある人もいれば全く初めて見る顔もあった。私とフアンはニコラス先生とアルバロ、フェリペが並んで座っている前の席に案内された。小さなフアンのために背の高い椅子が用意され、食事を運んでいる人がフアンを抱き上げて椅子にすわらせてくれた。テーブルの上にはスプーンとナイフ、フォークなどが置かれていた。そして私たちの目の前にスープとパンが運ばれてきた。ニコラス先生と一緒に祈りの言葉を唱え、私達はスープを飲み始めた。
「あれ?このスープ、中身が何も入っていない。せっかくご馳走が食べられると期待したのに、まさか断食の時と似たような食事なのか」
「アルバロ、静かに食べなければだめだよ」
「ハハハハ、今日君たちが食べるのはコース料理だ。スープ、前菜、メイン、デザートと料理は1品ずつ運ばれて
くる。心配しなくていい。味わってスープを飲みなさい」
「本当だ。このスープすごくおいしい」
「僕にはおいしくない!ミゲルお兄ちゃんが作ってくれたスープはもっとおいしかった」
フアンの声にドキリとした。私はフアンにスープを作ってあげた覚えはない。
「フアン、嫌いならスープは飲まなくていい。俺が代わりに飲んでやる」
スープを飲み終わった頃、お皿が下げられて今度はパンと前菜の茹でた野菜が運ばれた。
「フアン、ぱっと見て嫌なものは口に入れなくていい。俺が食べてやるから」
そして骨付きの大きなチキンが運ばれた。フアンのだけ骨付きのではなく小さく切った鶏肉がお皿の上にのせられている。
「いやだー、こんなのいやだ!」
「え、フアン、チキンもだめなのか?しょうがないなあー、俺が食べてやるよ」
「違う!ミゲルお兄ちゃんと同じのがいいー」
「しょうがないなあ。僕のと取り換えようか?」
「ダメ!ミゲルお兄ちゃんのがいいの!」
しかたなく私は骨付きのチキンをフアンの切ってある肉と交換した。
「ミゲルお兄ちゃん切って!」
「だからお前、最初から切ってある肉を食べれば・・・」
「お兄ちゃんに切ってもらいたいの」
私が苦労して切り分けた肉をフアンはニコニコして食べた。しかたなく私はフアン用のお皿にのっていた最初から切ってある肉を食べた。デザートには干し葡萄の入ったケーキが出てきたが、これもまた小さいフアンのものと無理やり交換させられた。フアンの行動は全く予測がつかない。
降誕祭の頃は日が暮れるのが早い。暗くなる頃に甘いホットワインとビスケットが配られた。広場で吟遊詩人の歌が始まるというので、みんなでそこへ行った。少し離れた場所にカルロス先生とニコラス先生が立ち、2人で話をしている。
「フアンの様子はどうだった?」
「はい、慣れない食事に興奮していたようです。途中骨付き肉をどうしてもミゲルの分が食べたいと言い出して、無理やり交換していました」
「ミゲルには災難だったな。まあよい、それも彼にとってよい経験となる」
「カルロス院長、災難だったと言いながらなんだかうれしそうですね」
「今日のミサが無事終わってほっとしているだけだ。ところで吟遊詩人なんてどこから呼んできた」
「今の時代、本当に旅をしている吟遊詩人はほとんどいません。あの男の場合は普段は街で音楽教師をしていて、時々貴族の祝宴に呼ばれ歌っているそうです」
「そうか、修道士ニコラのいた時代と違って、今は本物の吟遊詩人はほとんどいないのだな」
「時代の流れです。しかたありません」
吟遊詩人の歌が始まった。私はフアンと手をつなぎ、アルバロやフェリペのすぐそばに立っていた。歌の内容は降誕祭の前夜にふさわしく、キリストの誕生を祝う歌だった。ヘロデ王の命令で国中の幼児が殺されたという場面で、なぜだか私の目から涙があふれて止まらなくなった。
「ミゲルお兄ちゃん、どうしたの?」
フアンが心配そうに私の顔を見上げている。私がフアンを抱き上げると彼は小さな手で私の顔を撫でた。頬に伝う涙をぬぐっているようだった。
「ミゲルお兄ちゃん、大丈夫だよ。僕がついているから」
「お前と一緒にいるから・・・」
お前と一緒にいるから僕は大変な思いばかりしている・・・そう言いかけて慌てて口を閉じた。今余計なことを言ってフアンを泣かせればせっかくの吟遊詩人の歌を台無しにしてしまう。私はフアンを下におろし、私の頬に触れていた方の彼の手を両手をそっと包み込んだ。小さな手は涙で濡れていた。
「ありがとう、フアン、お前とずっと一緒にいるよ」
吟遊詩人の歌が終わっても、そこにいた人はみな余韻に浸り、なかなかその場所を動こうとしなかった。遠くからカルロス先生とニコラス先生の声が聞こえた。
「さすがは吟遊詩人だ。歌声を聞いて私も途中から涙が止まらなくなった」
「街でも評判の男を連れてきましたから」
「あまりの歌声に招いていない客まで集まってきたようだ」
「と、言いますと・・・」
「こんなにたくさんの死者の姿を見るのはここに来て初めてだ。どうしてくれる?」
「どうしてくれるとおっしゃられても、私には死者の姿を見ることはできません」
「だが、そなたが吟遊詩人など呼んだからこういうことになった。どう責任を取ってくれる?」
「大丈夫です。ここの修道院は広大な敷地を持ち、清らかな水と大気があり、何よりも修道士による祈りの力に満ちています。傷ついた魂が癒され行くべきところに行くのにここは最適の休息所となっているのです」
「そなたは死者の姿を直接見ないからそんな気楽なことが言えるのだ。見たくないものが見えてしまう私の気持ちを考えてくれ」
「私はあなたと同じものを見ることはできません。でもあなたを癒し、慰めを与えることならできます」
「断る!私は修道士となった時、生涯誰とも交わらぬと誓っている」
「冗談です。私は修道士ではありませんが、今まで誰とも交わったことはございません。おそらく生涯誰とも交わらぬでしょう」
「結局私はこのように死者たちの休憩所となった修道院で生涯過ごさなければならないのか?」
「はい、修道士ニコラのように。修道士ニコラはすべての存在を愛し、光を与えてきました」
「私は修道士ニコラではない」
「修道士ニコラのように奇跡を起こせる者が必ずこの地に生まれます。いえ、もうすでに生まれているかもしれません。私たちはその奇跡を直接見ることはできません。けれどもその奇跡の子と会い、守り育むことはできます。あなたの役割は聖ヨセフと同じです」
「なぜそのようなことがわかる?」
「星の動きで知ることができます」
「占星術か。占星術は教会では禁止されている」
「教会では禁止されていますが、医者にとっては必須科目です。星はいろいろなことを教えてくれます」
「そうか・・・」
「ミゲルお兄ちゃん、たくさんの人が集まっている!」
フアンが突然大きな声で叫んだ。
「そうだね、吟遊詩人の歌を聞くためにたくさんの人が集まっている」
「そうじゃない!普通の人と全然違うの!もっと色が薄くて透き通ってユラユラしている人がたくさんいるの」
「透き通ってユラユラしている人って・・・」
「フアンの言っているのは死者のことじゃない?」
フェリペとアルバロがそばに立っていた。
「死者ってお前、幽霊が見えるのか?」
「見える時と見えない時がある。今はすごくたくさんの死者が集まっている」
「俺には何も見えない」
アルバロだけではない。私にも幽霊などは全く見えない。
「おいちょっと、そんなにたくさんの幽霊が集まって大丈夫か?」
「大丈夫。彼らは僕たちに悪いことはしない。ただ痛みや苦しみが大きすぎると魂が傷つき、行くべき場所に行かれなくなる。ここで魂の傷が癒されれば彼らは行くべき場所へと旅立っていく」
「ミゲルお兄ちゃん。大きな光を持った人が出てきた」
「フアン、その人は生きている人間?」
「生きている人間ではない。透き通っている」
「他に誰がいる?」
「透き通った人が大きな光を持った人の近くに集まっている。ものすごくたくさんの人がいる」
「僕の目には光を持った人は見えない」
フェリペが頭を抱えてうずくまった。そしてしばらくして立ち上がった。
「わかった!フアンが見ているのは今ここの光景ではない。僕が見えるのは今ここにあるものだけだ」
「今ここにあるものって、俺達には幽霊は見えない」
「フアンの目には、遠い昔にここで起きた奇跡が見えている。修道士ニコラは亡くなった後も毎年降誕祭の前夜にはこの広場に現れて説教を行った。そして死者たちに光を与えた」
フアンの目は星の瞬く夜空を見つめていた。
「ミゲルお兄ちゃん見て。光をもらったたくさんの人が空に帰っていく。ものすごくたくさんの光が空に昇っている。キラキラ輝いている。すごくきれいだよ。ねえ、見て!」
「そうだね。すごくきれいだ」
私は嘘をついた。私の目には何も見えていない。
「約束通りあなたはこの場所に現れた」
フアンは低い声でつぶやいた。その声は子供の声ではなかった。
「ミゲル、朝早くすまない。話があるから部屋に入ってもいいか?着替えて出てこなくてもいい。ベッドで寝たままでいい」
「はい、カルロス先生」
私は寝間着のままベッドに腰かけた。部屋に入って来たカルロス先生はもう真っ黒な僧衣を身に付けている。
「フアンはまだ寝ているか?」
「はい、ぐっすり寝ています」
「今日の予定についてだが、ミゲル、今日は1日ニコラス医師や孤児院の子供たちと一緒に行動を共にして欲しい」
「はい・・・」
返事はしたが、私は少し不満も感じた。降誕祭の前の日と当日は特別なミサがある。私は毎年カルロス先生と一緒に準備をし、厳粛なミサに一緒に参加して神に祈りを捧げていた。
「原因はお前ではなくフアンにある」
「フアンですか?」
「もちろんミサの間はフアンはフェリペたちに預けて礼拝堂には入れないつもりだったが、ミサの時だけではない。今年の降誕祭はたくさんの来賓も招いている。食堂や廊下でフアンがどのような行動を取るか正直私には全く予測がつかない」
「僕もフアンの行動は予測がつきません」
カルロス先生は小さな声で笑った。
「フアンをお前に押し付けて悪いが、今日の昼食は時間をずらして修道院の食堂を村人や孤児院の子供たちのために開放する予定だ。その時なら多少フアンが騒いでも問題ない」
「わかりました」
「フアンのことを頼む」
「はい」
「まだ真夜中だ。お前はもう1度寝るといい」
「はい、わかりました」
カルロス先生は部屋を出て行った。もう1度寝ていいと言われたが、私は興奮してその後は全く眠れないでいた。
いつもよりかなり遅い時間になってから食堂に行くように言われた。フアンの手を引いて修道院の食堂に入ると、修道士でない大勢の人が席に座っていてにぎやかに話をした。見たことのある人もいれば全く初めて見る顔もあった。私とフアンはニコラス先生とアルバロ、フェリペが並んで座っている前の席に案内された。小さなフアンのために背の高い椅子が用意され、食事を運んでいる人がフアンを抱き上げて椅子にすわらせてくれた。テーブルの上にはスプーンとナイフ、フォークなどが置かれていた。そして私たちの目の前にスープとパンが運ばれてきた。ニコラス先生と一緒に祈りの言葉を唱え、私達はスープを飲み始めた。
「あれ?このスープ、中身が何も入っていない。せっかくご馳走が食べられると期待したのに、まさか断食の時と似たような食事なのか」
「アルバロ、静かに食べなければだめだよ」
「ハハハハ、今日君たちが食べるのはコース料理だ。スープ、前菜、メイン、デザートと料理は1品ずつ運ばれて
くる。心配しなくていい。味わってスープを飲みなさい」
「本当だ。このスープすごくおいしい」
「僕にはおいしくない!ミゲルお兄ちゃんが作ってくれたスープはもっとおいしかった」
フアンの声にドキリとした。私はフアンにスープを作ってあげた覚えはない。
「フアン、嫌いならスープは飲まなくていい。俺が代わりに飲んでやる」
スープを飲み終わった頃、お皿が下げられて今度はパンと前菜の茹でた野菜が運ばれた。
「フアン、ぱっと見て嫌なものは口に入れなくていい。俺が食べてやるから」
そして骨付きの大きなチキンが運ばれた。フアンのだけ骨付きのではなく小さく切った鶏肉がお皿の上にのせられている。
「いやだー、こんなのいやだ!」
「え、フアン、チキンもだめなのか?しょうがないなあー、俺が食べてやるよ」
「違う!ミゲルお兄ちゃんと同じのがいいー」
「しょうがないなあ。僕のと取り換えようか?」
「ダメ!ミゲルお兄ちゃんのがいいの!」
しかたなく私は骨付きのチキンをフアンの切ってある肉と交換した。
「ミゲルお兄ちゃん切って!」
「だからお前、最初から切ってある肉を食べれば・・・」
「お兄ちゃんに切ってもらいたいの」
私が苦労して切り分けた肉をフアンはニコニコして食べた。しかたなく私はフアン用のお皿にのっていた最初から切ってある肉を食べた。デザートには干し葡萄の入ったケーキが出てきたが、これもまた小さいフアンのものと無理やり交換させられた。フアンの行動は全く予測がつかない。
降誕祭の頃は日が暮れるのが早い。暗くなる頃に甘いホットワインとビスケットが配られた。広場で吟遊詩人の歌が始まるというので、みんなでそこへ行った。少し離れた場所にカルロス先生とニコラス先生が立ち、2人で話をしている。
「フアンの様子はどうだった?」
「はい、慣れない食事に興奮していたようです。途中骨付き肉をどうしてもミゲルの分が食べたいと言い出して、無理やり交換していました」
「ミゲルには災難だったな。まあよい、それも彼にとってよい経験となる」
「カルロス院長、災難だったと言いながらなんだかうれしそうですね」
「今日のミサが無事終わってほっとしているだけだ。ところで吟遊詩人なんてどこから呼んできた」
「今の時代、本当に旅をしている吟遊詩人はほとんどいません。あの男の場合は普段は街で音楽教師をしていて、時々貴族の祝宴に呼ばれ歌っているそうです」
「そうか、修道士ニコラのいた時代と違って、今は本物の吟遊詩人はほとんどいないのだな」
「時代の流れです。しかたありません」
吟遊詩人の歌が始まった。私はフアンと手をつなぎ、アルバロやフェリペのすぐそばに立っていた。歌の内容は降誕祭の前夜にふさわしく、キリストの誕生を祝う歌だった。ヘロデ王の命令で国中の幼児が殺されたという場面で、なぜだか私の目から涙があふれて止まらなくなった。
「ミゲルお兄ちゃん、どうしたの?」
フアンが心配そうに私の顔を見上げている。私がフアンを抱き上げると彼は小さな手で私の顔を撫でた。頬に伝う涙をぬぐっているようだった。
「ミゲルお兄ちゃん、大丈夫だよ。僕がついているから」
「お前と一緒にいるから・・・」
お前と一緒にいるから僕は大変な思いばかりしている・・・そう言いかけて慌てて口を閉じた。今余計なことを言ってフアンを泣かせればせっかくの吟遊詩人の歌を台無しにしてしまう。私はフアンを下におろし、私の頬に触れていた方の彼の手を両手をそっと包み込んだ。小さな手は涙で濡れていた。
「ありがとう、フアン、お前とずっと一緒にいるよ」
吟遊詩人の歌が終わっても、そこにいた人はみな余韻に浸り、なかなかその場所を動こうとしなかった。遠くからカルロス先生とニコラス先生の声が聞こえた。
「さすがは吟遊詩人だ。歌声を聞いて私も途中から涙が止まらなくなった」
「街でも評判の男を連れてきましたから」
「あまりの歌声に招いていない客まで集まってきたようだ」
「と、言いますと・・・」
「こんなにたくさんの死者の姿を見るのはここに来て初めてだ。どうしてくれる?」
「どうしてくれるとおっしゃられても、私には死者の姿を見ることはできません」
「だが、そなたが吟遊詩人など呼んだからこういうことになった。どう責任を取ってくれる?」
「大丈夫です。ここの修道院は広大な敷地を持ち、清らかな水と大気があり、何よりも修道士による祈りの力に満ちています。傷ついた魂が癒され行くべきところに行くのにここは最適の休息所となっているのです」
「そなたは死者の姿を直接見ないからそんな気楽なことが言えるのだ。見たくないものが見えてしまう私の気持ちを考えてくれ」
「私はあなたと同じものを見ることはできません。でもあなたを癒し、慰めを与えることならできます」
「断る!私は修道士となった時、生涯誰とも交わらぬと誓っている」
「冗談です。私は修道士ではありませんが、今まで誰とも交わったことはございません。おそらく生涯誰とも交わらぬでしょう」
「結局私はこのように死者たちの休憩所となった修道院で生涯過ごさなければならないのか?」
「はい、修道士ニコラのように。修道士ニコラはすべての存在を愛し、光を与えてきました」
「私は修道士ニコラではない」
「修道士ニコラのように奇跡を起こせる者が必ずこの地に生まれます。いえ、もうすでに生まれているかもしれません。私たちはその奇跡を直接見ることはできません。けれどもその奇跡の子と会い、守り育むことはできます。あなたの役割は聖ヨセフと同じです」
「なぜそのようなことがわかる?」
「星の動きで知ることができます」
「占星術か。占星術は教会では禁止されている」
「教会では禁止されていますが、医者にとっては必須科目です。星はいろいろなことを教えてくれます」
「そうか・・・」
「ミゲルお兄ちゃん、たくさんの人が集まっている!」
フアンが突然大きな声で叫んだ。
「そうだね、吟遊詩人の歌を聞くためにたくさんの人が集まっている」
「そうじゃない!普通の人と全然違うの!もっと色が薄くて透き通ってユラユラしている人がたくさんいるの」
「透き通ってユラユラしている人って・・・」
「フアンの言っているのは死者のことじゃない?」
フェリペとアルバロがそばに立っていた。
「死者ってお前、幽霊が見えるのか?」
「見える時と見えない時がある。今はすごくたくさんの死者が集まっている」
「俺には何も見えない」
アルバロだけではない。私にも幽霊などは全く見えない。
「おいちょっと、そんなにたくさんの幽霊が集まって大丈夫か?」
「大丈夫。彼らは僕たちに悪いことはしない。ただ痛みや苦しみが大きすぎると魂が傷つき、行くべき場所に行かれなくなる。ここで魂の傷が癒されれば彼らは行くべき場所へと旅立っていく」
「ミゲルお兄ちゃん。大きな光を持った人が出てきた」
「フアン、その人は生きている人間?」
「生きている人間ではない。透き通っている」
「他に誰がいる?」
「透き通った人が大きな光を持った人の近くに集まっている。ものすごくたくさんの人がいる」
「僕の目には光を持った人は見えない」
フェリペが頭を抱えてうずくまった。そしてしばらくして立ち上がった。
「わかった!フアンが見ているのは今ここの光景ではない。僕が見えるのは今ここにあるものだけだ」
「今ここにあるものって、俺達には幽霊は見えない」
「フアンの目には、遠い昔にここで起きた奇跡が見えている。修道士ニコラは亡くなった後も毎年降誕祭の前夜にはこの広場に現れて説教を行った。そして死者たちに光を与えた」
フアンの目は星の瞬く夜空を見つめていた。
「ミゲルお兄ちゃん見て。光をもらったたくさんの人が空に帰っていく。ものすごくたくさんの光が空に昇っている。キラキラ輝いている。すごくきれいだよ。ねえ、見て!」
「そうだね。すごくきれいだ」
私は嘘をついた。私の目には何も見えていない。
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