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第三.五章 地下探し編
第五十七話 レイフの一週間 二
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翌朝、図書館に光が差し込む。寝ているレイフを、図書館の人間は優しくトントンして起こした。
「レイフ様、朝ですよ。起きてください」
「ん? うーん、久しぶりにこんな姿勢で寝たからちょっと腕が痛いな……本のページをめくるくらいの力は出せるか」
「あまり無理はなさらないで。本を読むのは義務じゃないですから」
「いや、今の俺にとって、本を読むことは立派な義務です」
「そ、そうですか……でも、食事くらいとられたらどうですか? お腹すいていますでしょう?」
「大丈夫。五日くらい我慢できます」
そう言うレイフだが、さっきから腹の音がおさまらない。
「……私の手料理くらいなら出せますが、いかがなさいますか?」
「……お願いします」
「それでは、調理場から何か持ってきますね」
図書館の人間は調理場へ向かった。その間も、レイフは本をしっかり読み込む。
「……これもダメか。あと何冊で、地下世界を知ってる奴の本が出てくるんだ?」
レイフが本をしまうと同時に、図書館の人間がベッサウオを焼いた物を持ってきた。レイフはそれをペロッと平らげると、すぐにまた本を読むことを再開した。
「レイフ様、そんなに本を読んで、一体何を知りたいのですか?」
「それは話せません。俺たちサフィア捜索会の仲間内だけの秘事です」
「そうでしたか。私も手伝えれば良いなーと思って」
「気持ちだけ受け取ります」
「では、私は受付に戻ります。お昼になったらまた食べ物を持ってきますね」
図書館の人間は受付の方へ戻っていった。
静かに本を出しては戻してを繰り返すレイフ。防音加工された壁は、その作業を加速させる。しかし、その防音でも防ぎ切れないほど大きな音が聞こえた。城門の前で大事があったようだ。しかしそれも気にせずに、レイフはただひたすらに本を読む。
(これもダメ。次のはどうだ? ……これもダメか)
レイフはこのペースでは全部の本を読み切れないことを悟り、作戦を切り替えることにした。
(名前を見て判断しよう。現代ではつけられないような昔ながらの名前の賢人が書いた本を読もう。もしかしたら古代文明の時代を生きた賢人の本もあるかもしれないからな)
そう決めたレイフは、あまり聞かない名前を持つ賢人の本を読むことにした。それからはペースが一気に上がり、ようやく作業が円滑に進むと思われた。しかし、その静寂は突如、破られる。
「レイフ! 出てこい!」
(! この声は……)
「こら。図書館では静かにしなさい」
「知らねーよそんなこと。それよりレイフはどこだ」
「奥の方にいますよ。くれぐれも乱暴はやめてくださいね」
ドスドスと足音が近づいてくる。声の主は、カタラだった。
「レイフ! ちょっと表出ろ!」
「……」
「おい、無視するな! おい!」
「……うるさい。出てけ」
「キー! このこのこのこの!」
カタラは本を読んでいるレイフを全力で殴り続ける。しかし、レイフには一切ダメージが通らない。乱暴を働いたことで、図書館の人間が呼んだ兵士たちによってカタラは連行された。
「城の前でお前を待ってる人たちがいる。ここで騒ぐなら、お仲間たちのところへ戻すぞ」
「ちくしょう、なんで、なんで俺ばっかり……」
カタラは涙を流した。しかし、泣いてることを悟られないように、目を何度もこすった。
静寂を取り戻した図書館。レイフは未だ作業を続けている。しかし、相変わらず地下世界を知る者の本が見つからない。
(くそっ。俺の身体がもっと多ければ良いのに……でも、そんなこと出来っこないよなぁ……)
「レイフ様? 目的の本は見つかりましたか?」
「何日もかけてやる作業です。簡単には見つかりません」
「でも、レイフ様が取る本には共通点がありますね」
「えっ、な、なんでしょうか?(まさか、バレた!?)」
「著者の名前がみんな珍しい名前ですね。過去に関することを調べられているのでは?」
「……合ってるかどうかはノーコメントです」
「あら、そうですか。すみませんね、作業の邪魔をしちゃって」
「いえいえ。食べ物も水もくれる人に怒る理由なんかありませんよ。本当にありがとうございます」
レイフの作業はまだまだ続く。日が沈み、閉館時間となっても、まだ探し続ける。少し寝たら、また本を探す。そんなことを何度も繰り返し、いよいよ最終日。最後の最後、レイフが手に取った一冊。著者は、チカ。
(チカ、地下……二文字の名前は珍しいし、きっとここに答えが書かれているはずだ。きっとそうだ。そうに決まってる)
ラルドは最後まで希望を捨てなかった。その本を開き、目次を読む。すると、しおりが挟まれたページがあった。そのしおりは、本もろともしわくちゃだが、そんなことを気にせず、そのページまでめくった。何かがあると信じて。
(頼む……! 何の成果もなしじゃあいつらに顔向け出来ない!)
そのページには、一つの絵が描かれていた。その絵は、何かの地図だった。その地図は、地上でもスカイでも天界でもない場所の物だった。
(もしや……地下世界の地図か? 出来れば、人の情報が欲しかったんだが……まああれこれ考えててもしょうがない。この本を買おう)
レイフはその本を片手に椅子から立ち上がり、図書館の人間にこの本を買いたいと頼んだ。
「レイフ様なら、無料で良いですよ」
「え、本当ですか?」
「サフィア様の発見は私たちベッサの民にとって、いや、全世界の人たちにとっての願いです。もしそれが役に立つのなら、レイフ様に差し上げます」
「ありがとうございます。この一週間、ご迷惑をおかけしました」
レイフは図書館から久しぶりに出た。家に帰る途中、冷静になって色々考えていた。
(待てよ……なんでこんな貴重な本が俺がもらうまでに買い手が現れなかったんだ? 読み返してみよう)
レイフは例のページをもう一度見た。右下に何やら文字が書いてある。
(えっと、なになに……もし私が世界を掌握するほどの力を手に入れたら創りたい世界の想像図……だと……)
レイフはその場に崩れ落ちた。この一週間でなんの成果も得られなかったことに絶望しながら。
(はぁ……もう良いや。他の奴がきっとやってくれてるだろう。俺は、出来るだけのことはやったんだ。これは不名誉ではない。そうだ。運が悪かっただけだ。俺は……悪くない)
レイフの頭に勇者らしくもない不貞腐れた考えが浮かぶ。その様子を見た周りの人々は、心配そうに話しかけてくる。
「レイフ……どうかしたのか?」
「いや、ちょっとつまずいただけだ。気にしないでくれ」
レイフは早歩きで家へ向かった。
(俺は、ラルド君の役に立っているつもりだった。しかし、実際はただ一週間を無駄にしただけ。皮肉なものだ。カタラに言った自分の言葉がそのまま自分に返ってきやがった)
自分が恥ずかしくなったレイフは、つい泣きそうになってしまった。これも、泣きながら図書館を追い出されたカタラを連想してしまい、レイフを追い詰める。
(もう、やめようかな……勇者。魔王を倒したのは俺じゃないし、キャイが死んだら俺も死ぬか。どうやって死ぬのが楽なんだろう。自分を燃やすとか? いや、苦しそうだな)
レイフはとんでもないことを考え出した。斜陽がそれに拍車をかけており、このままでは本当にやってしまうかもしれない。
そんな調子でようやく家についたレイフ。扉を開けて、キャイに抱きついた。
「ご主人様、どうされたのですか?」
「俺、もう全部やめるよ。この一週間、俺は成果を得られなかった。他の奴らに顔向け出来ない」
「そんなことで挫けてはいけません。ご主人様の最大の武器は、折れにくい心でしょう?」
「キャイ……その通りだ。そんな俺が初めて心折れた。お前に言うのもなんだが、慰めてくれ」
「はい。いくらでも慰めてあげますよ。他の人たちが来るまで、ですがね」
「ありがとう、ありがとう。うぅ……」
キャイに触れたことで落ち着きを取り戻したレイフ。今までの人生で最大量の涙を流しながら、いつまでもキャイに抱きついていた。
「レイフ様、朝ですよ。起きてください」
「ん? うーん、久しぶりにこんな姿勢で寝たからちょっと腕が痛いな……本のページをめくるくらいの力は出せるか」
「あまり無理はなさらないで。本を読むのは義務じゃないですから」
「いや、今の俺にとって、本を読むことは立派な義務です」
「そ、そうですか……でも、食事くらいとられたらどうですか? お腹すいていますでしょう?」
「大丈夫。五日くらい我慢できます」
そう言うレイフだが、さっきから腹の音がおさまらない。
「……私の手料理くらいなら出せますが、いかがなさいますか?」
「……お願いします」
「それでは、調理場から何か持ってきますね」
図書館の人間は調理場へ向かった。その間も、レイフは本をしっかり読み込む。
「……これもダメか。あと何冊で、地下世界を知ってる奴の本が出てくるんだ?」
レイフが本をしまうと同時に、図書館の人間がベッサウオを焼いた物を持ってきた。レイフはそれをペロッと平らげると、すぐにまた本を読むことを再開した。
「レイフ様、そんなに本を読んで、一体何を知りたいのですか?」
「それは話せません。俺たちサフィア捜索会の仲間内だけの秘事です」
「そうでしたか。私も手伝えれば良いなーと思って」
「気持ちだけ受け取ります」
「では、私は受付に戻ります。お昼になったらまた食べ物を持ってきますね」
図書館の人間は受付の方へ戻っていった。
静かに本を出しては戻してを繰り返すレイフ。防音加工された壁は、その作業を加速させる。しかし、その防音でも防ぎ切れないほど大きな音が聞こえた。城門の前で大事があったようだ。しかしそれも気にせずに、レイフはただひたすらに本を読む。
(これもダメ。次のはどうだ? ……これもダメか)
レイフはこのペースでは全部の本を読み切れないことを悟り、作戦を切り替えることにした。
(名前を見て判断しよう。現代ではつけられないような昔ながらの名前の賢人が書いた本を読もう。もしかしたら古代文明の時代を生きた賢人の本もあるかもしれないからな)
そう決めたレイフは、あまり聞かない名前を持つ賢人の本を読むことにした。それからはペースが一気に上がり、ようやく作業が円滑に進むと思われた。しかし、その静寂は突如、破られる。
「レイフ! 出てこい!」
(! この声は……)
「こら。図書館では静かにしなさい」
「知らねーよそんなこと。それよりレイフはどこだ」
「奥の方にいますよ。くれぐれも乱暴はやめてくださいね」
ドスドスと足音が近づいてくる。声の主は、カタラだった。
「レイフ! ちょっと表出ろ!」
「……」
「おい、無視するな! おい!」
「……うるさい。出てけ」
「キー! このこのこのこの!」
カタラは本を読んでいるレイフを全力で殴り続ける。しかし、レイフには一切ダメージが通らない。乱暴を働いたことで、図書館の人間が呼んだ兵士たちによってカタラは連行された。
「城の前でお前を待ってる人たちがいる。ここで騒ぐなら、お仲間たちのところへ戻すぞ」
「ちくしょう、なんで、なんで俺ばっかり……」
カタラは涙を流した。しかし、泣いてることを悟られないように、目を何度もこすった。
静寂を取り戻した図書館。レイフは未だ作業を続けている。しかし、相変わらず地下世界を知る者の本が見つからない。
(くそっ。俺の身体がもっと多ければ良いのに……でも、そんなこと出来っこないよなぁ……)
「レイフ様? 目的の本は見つかりましたか?」
「何日もかけてやる作業です。簡単には見つかりません」
「でも、レイフ様が取る本には共通点がありますね」
「えっ、な、なんでしょうか?(まさか、バレた!?)」
「著者の名前がみんな珍しい名前ですね。過去に関することを調べられているのでは?」
「……合ってるかどうかはノーコメントです」
「あら、そうですか。すみませんね、作業の邪魔をしちゃって」
「いえいえ。食べ物も水もくれる人に怒る理由なんかありませんよ。本当にありがとうございます」
レイフの作業はまだまだ続く。日が沈み、閉館時間となっても、まだ探し続ける。少し寝たら、また本を探す。そんなことを何度も繰り返し、いよいよ最終日。最後の最後、レイフが手に取った一冊。著者は、チカ。
(チカ、地下……二文字の名前は珍しいし、きっとここに答えが書かれているはずだ。きっとそうだ。そうに決まってる)
ラルドは最後まで希望を捨てなかった。その本を開き、目次を読む。すると、しおりが挟まれたページがあった。そのしおりは、本もろともしわくちゃだが、そんなことを気にせず、そのページまでめくった。何かがあると信じて。
(頼む……! 何の成果もなしじゃあいつらに顔向け出来ない!)
そのページには、一つの絵が描かれていた。その絵は、何かの地図だった。その地図は、地上でもスカイでも天界でもない場所の物だった。
(もしや……地下世界の地図か? 出来れば、人の情報が欲しかったんだが……まああれこれ考えててもしょうがない。この本を買おう)
レイフはその本を片手に椅子から立ち上がり、図書館の人間にこの本を買いたいと頼んだ。
「レイフ様なら、無料で良いですよ」
「え、本当ですか?」
「サフィア様の発見は私たちベッサの民にとって、いや、全世界の人たちにとっての願いです。もしそれが役に立つのなら、レイフ様に差し上げます」
「ありがとうございます。この一週間、ご迷惑をおかけしました」
レイフは図書館から久しぶりに出た。家に帰る途中、冷静になって色々考えていた。
(待てよ……なんでこんな貴重な本が俺がもらうまでに買い手が現れなかったんだ? 読み返してみよう)
レイフは例のページをもう一度見た。右下に何やら文字が書いてある。
(えっと、なになに……もし私が世界を掌握するほどの力を手に入れたら創りたい世界の想像図……だと……)
レイフはその場に崩れ落ちた。この一週間でなんの成果も得られなかったことに絶望しながら。
(はぁ……もう良いや。他の奴がきっとやってくれてるだろう。俺は、出来るだけのことはやったんだ。これは不名誉ではない。そうだ。運が悪かっただけだ。俺は……悪くない)
レイフの頭に勇者らしくもない不貞腐れた考えが浮かぶ。その様子を見た周りの人々は、心配そうに話しかけてくる。
「レイフ……どうかしたのか?」
「いや、ちょっとつまずいただけだ。気にしないでくれ」
レイフは早歩きで家へ向かった。
(俺は、ラルド君の役に立っているつもりだった。しかし、実際はただ一週間を無駄にしただけ。皮肉なものだ。カタラに言った自分の言葉がそのまま自分に返ってきやがった)
自分が恥ずかしくなったレイフは、つい泣きそうになってしまった。これも、泣きながら図書館を追い出されたカタラを連想してしまい、レイフを追い詰める。
(もう、やめようかな……勇者。魔王を倒したのは俺じゃないし、キャイが死んだら俺も死ぬか。どうやって死ぬのが楽なんだろう。自分を燃やすとか? いや、苦しそうだな)
レイフはとんでもないことを考え出した。斜陽がそれに拍車をかけており、このままでは本当にやってしまうかもしれない。
そんな調子でようやく家についたレイフ。扉を開けて、キャイに抱きついた。
「ご主人様、どうされたのですか?」
「俺、もう全部やめるよ。この一週間、俺は成果を得られなかった。他の奴らに顔向け出来ない」
「そんなことで挫けてはいけません。ご主人様の最大の武器は、折れにくい心でしょう?」
「キャイ……その通りだ。そんな俺が初めて心折れた。お前に言うのもなんだが、慰めてくれ」
「はい。いくらでも慰めてあげますよ。他の人たちが来るまで、ですがね」
「ありがとう、ありがとう。うぅ……」
キャイに触れたことで落ち着きを取り戻したレイフ。今までの人生で最大量の涙を流しながら、いつまでもキャイに抱きついていた。
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