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第四章 地下編

第七十四話 夢のスペシャリスト

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「夢のスペシャリスト……? 名前はなんと言うのだ」
「名前……言わなくちゃダメか?」
「まあ、言わずとも捜せないこともないが、ちょっと時間がかかるぞ。それに、その者の言葉次第では、お前が言わずともワシは名前を知ることになる」
「あの人は簡単に名乗ったりはしない。だから、匿名で捜してくれ」
「そうか。わかった。夢のスペシャリストで捜せば良いんだな?」
「頼んだ」
「では……ブツブツ……」

 ナキガラは死者の声を聞く状態に入った。それほど集中力は要らないらしく、エメと話しながら唱えていた。

「なあナキガラ、あんた、死者を蘇らせることって出来るか?」
「ブツブツ……うーむ、完全に生前の綺麗な状態で蘇らせるのは不可能じゃ。タヒイみたいにツギハギになる。ブツブツ……」
「そうか。そこまでしてあの人に無理はさせられないな。やっぱり声だけで良いや」
「お前、その者のことを好いているのか?」
「好きってよりかは、母性を感じるというか……なんとなくあたたかかった」
「ふーん……ブツブツ……」

 エメは時計とナキガラを交互に見ることを繰り返していた。ラルドとメジスを待たせてる以上、あまり時間はかけられない。嗅覚を弱める呪文もいつまで持つかわからない。以前は効果が切れる直前にラルドがかけなおしてくれていたが、今はいない。
 一時間、二時間……どんどん時間が過ぎる。エメは焦っている。本当に師匠の声が聞けるのか不安なようだ。しかし、エメがダメかと思ったそのとき、ナキガラは目をカッと見開いた。

「! お前の捜してる人が見つかったかもしれない。今すぐ声をお前に聞かせる。知ってる声だったらそのまま話し合うが良い」

 エメはナキガラから手のひらサイズの円盤をもらった。

「これをどう使えって言うんだ?」
「耳に当ててみろ。声が聞こえるから」

 エメは言われるがまま耳に円盤を当てた。すると、何者かの声が聞こえた。

「師匠、俺の声は聞こえますか?」
「あら、急にお爺さんが現れたから何事かと思ったら、エメ、あなたが求めたのね」
「お久しぶりです……ぐすっ、はぁ、久しぶりの師匠の声だ……師匠、元気にしていますか?」
「うーんそうね、今はどこかもわからない花園……天国って言うのかしら? そこでゆっくりしてるわよ。地獄に落ちなくて良かったわ。あんなに魔物を殺したのに」
「天国……良かった。俺もそこに行けるよう、願っています」
「それで、何の用事かしら?」
「あ、すみません。本当はもっと師匠と色々な話をしたいのですが、今すぐ訊きたいのは一つです。例の技、もっと強く出来ませんか? 出来るなら、その方法を教えてください」
「あれを更に強く……? そんなに過酷なことをしているのね。言葉でしか教えられないけど、良いかしら?」
「構いません。教えてください」
「わかったわ。急いでるみたいだから、すぐにわかるように教えるわ」

 二人の会話を聞きながら、ナキガラは頬杖をついてエメを見ている。会話の内容が理解出来ないから、表情だけを見ている。

「……伝わったかしら?」
「はい、もうバッチリです。ありがとうございました」
「それじゃあね」
「あ、師匠。最後に、一つ」
「ん?」
「もし俺が死んだら、師匠のいるところへ行けるでしょうか。俺って魔物で、しかも殺しもやっている。師匠のところに行けなかったら、俺は……」
「大丈夫よ。この技を使うってことは、善行なんだから。きっと許されるわよ」
「……ありがとうございます、師匠。死んだら必ずあなたのところへ行きます。そのためにも、善いと評価されるよう頑張ります」
「ええ。それじゃあ今度こそ、さようなら。また話をしたくなったら、呼んでね」

 エメは耳から円盤を離した。それと同時に、ナキガラのもとから声が聞こえなくなった。

「専門用語だらけで、なんの話をしてるのか全くわからなかった。まさかゴブリンくらいの知能で、あそこまで高度な会話が出来るとはな」
「ナキガラ、ゴブリンはバカじゃないぜ。人語を解する高知能の生物だ。魔物全員がバカだと思わないことだ」
「ワシは死霊術にしか興味がないから、その辺は知らん。さあ、用が済んだなら帰ると良い。ワシも仕事をせねばならんから、長居されたら困る」
「ありがとう。師匠と話をさせてくれて。じゃあな」

 エメはナキガラの部屋から出て、そのままシリョウ村から出た。
 アーチの下で背中をつけて立っていたラルドに、エメは声をかけた。

「戻ったぞ」
「お、そうか。それじゃあさっさとレイフ様たちのところへ行くか。メジス、もう一仕事だ」
「ヴィヒーン!」

 二人はメジスを走らせ、ウスト遺跡に向かった。

「エメ、誰とどんな話をしてきたんだ?」
「教えない」
「シンジュと結婚させてあげるって言ってもか?」
「そのいじり、良い加減しつこいぞ。それに、あの人と俺の関係は何を提示されても話すことはない」
「お前と一番付き合いが長い僕でもダメか。なんで話してくれないんだ?」
「どうだって良いだろ。秘密の力に関係してる人物の話は秘密にすべきだろ」
「でもな、その秘密の力を良く知らずに動くのは良くないと思うんだ。あれの原理くらいは説明してくれても良いんじゃないか?」
「じゃあ、超簡単にあの力のことを説明してやろう。あの力は、簡単に言えばダイヤとはまた違った夢に関する能力だ。これ以上の説明は必要ないだろう」
「それだけじゃ何もわからない。もっと詳しく教えてくれ」
「ダメだ。これ以上言えない」
「意地でも教える気はないと。じゃあ良いや。今夜も危なくなったらあの力を使ってくれよな」
「え? もう今日からサフィア捜しを再開するのか? 結構危機的な状態なことは俺が秘密の力を使ってる時点でわかってるもんだと思ってたが」
「それだけお前の力に期待してるってことだ」
「それは構わんが、俺に頼りっきりはダメだぞ。他の奴らはともかく、お前はテイマーなんだからな。お前と俺がどういう関係か、忘れるなよ」
「わかったわかった」

 話をしているうちに、二人はウスト遺跡中央部に着いた。夕陽が遺跡に差し込んでいた。一行の場所に向かうと、ジシャン、シンジュ、ホウマ、ニキス以外が疲れからか地面でぐったりしていた。四人は相変わらず踊り歌い続けている。

「良くあんなに体力が持つな……」
「僕もここにいたら、レイフ様みたいになってたかも……」

 先ほどとは違い、音を立てずともジシャンは二人に気づいて踊りと歌をやめた。

「二人とも、おかえりなさい。何人かぶっ倒れてるけど、まだまだ踊り足りないわ。二人も踊りましょ?」
「その前に、あいつらを助けてやった方が良いんじゃないか? 息してるかも怪しいぞ」

 ラルドはレイフたちのところへ駆け寄る。どうやら呼吸はしているようだ。意識もある。

「レイフ様、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……ラルド君……か。すまんな。すっかり疲れてしまってこんな状態だ。ウォリアたちも無事か確認してきてくれ」
「もう、レイフたちったら、こんなくらいで疲れてるんじゃダメじゃない」
「慣れないことを長い間続ければ、いつかはこうなるだろ」

 ラルドは一行に話しかけたが、全員無事だった。
 全員揃ったところで、一行は今夜の夢の世界でどう動くかを話し始めた。

「そもそも、地下世界に行く必要あるか? いるのは怨念とはかいしんだけなんだろ?」
「はかいしんを倒さなくちゃ、怨念とやらがホウマ君みたいに出てきてしまうかもしれない。それを防ぐためにも、行くべきだ。それに、サフィアがいないと決まったわけじゃないし」
「果たして、あんな場所にいるのかどうか」
「まあ良いじゃない。ここで捜すんじゃあの子たちと役割が被っちゃうわ」
「あの子たちって、カタラのことか? あんな奴と俺たちを一緒にしないでくれ」
「もう、そんなにカッカしないの。良い加減あの子たちのことを認めてあげなさいよ」
「サフィアと比べて何もかもが劣っている奴を認めることなど出来ない。せめてラルド君以上のポテンシャルがあれば、話は変わったかもしれないがな」
「もう、レイフったら……」
「おほん! とにかく、俺たちにしか出来ないことをこれからもやっていく。そのためにも、今日どうするか考えよう」

 そのまま一行は今夜の計画を話し合った。
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