一緒に暮らしてみたら楽しい

うしお

文字の大きさ
3 / 4

3、甘やかされる俺

しおりを挟む
「はぁ……生き返るー」

暖かな空気に迎え入れられて、俺は思わずためいきをもらしていた。
寒さに強ばっていた全身が、やんわりとゆるみはじめる。

「冷えたでしょうから、先にお風呂をどうぞ。ゆっくりとあたたまってください」

男のエスコートは、まだ続いている。
俺の腰を抱いたまま、男はゆっくりと廊下を進んだ。
ついているドアの位置に、思わず違和感を覚えてしまう。
隣の部屋を知ってる俺からすると、まるで鏡合わせのような真逆の配置だからだ。

「……そのあとは、ベッドでご奉仕、的な?」

唾を飲み込んだ喉が、ごくりと鳴った。
恐る恐る聞いてみたら男はふんわりと笑って、俺の耳元に唇を寄せて答える。

「されたいのですか?」

「……いや、そういう、意味、じゃなくて……その、したいとか、されたいじゃなくて、さ。やっぱり、お礼は、した方がいいのかなって……」

ぞくりとするような声にどきどきしながら、小さな声で囁き返せば、男は優しく俺を引き寄せ抱きしめた。
抱きしめられた体が、一瞬、ぎくりと強ばったけれど、ぽんぽんと背中を叩かれたらなんだか体から力が抜けていく。

「心配しなくても大丈夫ですよ。そんなことをしなくても、捨てたりしませんからね」

「……いいの?」

「ええ。その為に拾ったわけではないですから」

「そう、なんだ」

なんだかすごくほっとしたら、何故だかもっとくっつきたくなった。
俺も、と男の背中に腕をのばせば、抱きつく前に男の体がするりと離れていく。
いまのは、絶対、ハグするタイミングだと思ったのに。
俺、間違えた?

「お腹は空いていますか? お風呂に入っている間に、何か軽く食べられるものを用意しておくことも出来ますよ。どうでしょう、何か食べられそうですか?」

「あ……うん、お腹、空いてるかも」

言われてみれば、とお腹をさすれば、そこからくぅっとしっかり返事が返ってくる。
聞かれてお腹で即答だなんて、ちょっと恥ずかしい。

「わかりました。では、貴方はお風呂をどうぞ。私のものですが、新しい下着もパジャマも出しておきますので、使ってください」

「ありがとう」

俺は、全身をぴかぴかに磨いたあと、しっかりとお風呂につかりながら考える。
これまでいろんな人に拾われて来たけど、男に拾われたのは初めてだ。
いつもご飯を食べさせてくれる人は女だったし、お小遣いをくれる人も、洋服を買ってくれる人も女で、最後はホテルかお家に連れていかれたから、全部この体で支払ってきた。
それなりに仕込まれてる俺は好評で、それなりに満足させられていたと思う。
何度か同じ人から声をかけられたこともあるから。
さっき、俺を追い出した女はとある会社の社長で、それまで無職だった俺は個人秘書って名目で働かせて貰っていた。
会社のことには一切関わらないプライベートな時間だけのなんちゃって秘書だった。
本物の秘書からは嫌な顔をされてたけど、ワンマンなところがある彼女には、誰も逆らえなかったおかげで追い出されることはなかった。
だけど、たぶんさっきので間違いなくクビ確定だ。
もう、俺にさせてもらえる仕事はないだろう。
俺ってば、絶賛無職ってことだ。
まあ、定職に就いてるのが珍しいくらい、働いたことなんてほとんどないんだけど。
そういえは、最後のお給料は貰えるのかな?
これから、どうやって暮らしていこう。

「そろそろ、ご飯が出来ますが、出てこられますか?」

小さなノックと優しく話しかけてくれる声。
磨りガラスの向こうには、ぼんやり見える人影がある。
さっき、隣に立ってみてわかったけど、あの人は俺よりちょっと大きかった。
でも、優しいからなのか、そんなに大きいって思わなかったのに。

「あ、いま、出るよ」

「お待ちしてます」

それだけ言って、ぼんやりした人影は消える。
俺は、お風呂から出て用意されていたパジャマに着替えた。
少しだけ袖が長い。
どうしよう。お礼はいいって言われたけれど。
本当にそれでいいのかな?

テーブルについた俺の目の前に並べられたのは、手作りの和食。
ご飯とお味噌汁と、焼き魚に肉じゃが、おひたしの入った小鉢。
ご飯は少なめにしてくれてるけど、あまり軽く食べるって感じじゃ終われそうにない理想的な晩御飯。

「足りなければ、おかわりもありますからね」

けれど、向かい側の椅子に座った男の前には、お茶の入った湯呑みがあるだけ。
ハーフっぽい外見で湯呑みって、ちょっとちぐはぐっぽいけどすごく自然。
いつも使ってる、とかなのかな。

「私はもう食べましたので、これだけですが一緒に」

乾杯でもするみたいに傾けてるのが、ウィスキーグラスじゃないのに不思議なくらい似合っている。

「いただきます」

手を合わせて、ご飯を食べはじめる。
じんわり広がる優しい味に、俺はますますお礼について考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。

叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。 幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。 大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。 幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

処理中です...