一緒に暮らしてみたら楽しい

うしお

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3、甘やかされる俺

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「はぁ……生き返るー」

暖かな空気に迎え入れられて、俺は思わずためいきをもらしていた。
寒さに強ばっていた全身が、やんわりとゆるみはじめる。

「冷えたでしょうから、先にお風呂をどうぞ。ゆっくりとあたたまってください」

男のエスコートは、まだ続いている。
俺の腰を抱いたまま、男はゆっくりと廊下を進んだ。
ついているドアの位置に、思わず違和感を覚えてしまう。
隣の部屋を知ってる俺からすると、まるで鏡合わせのような真逆の配置だからだ。

「……そのあとは、ベッドでご奉仕、的な?」

唾を飲み込んだ喉が、ごくりと鳴った。
恐る恐る聞いてみたら男はふんわりと笑って、俺の耳元に唇を寄せて答える。

「されたいのですか?」

「……いや、そういう、意味、じゃなくて……その、したいとか、されたいじゃなくて、さ。やっぱり、お礼は、した方がいいのかなって……」

ぞくりとするような声にどきどきしながら、小さな声で囁き返せば、男は優しく俺を引き寄せ抱きしめた。
抱きしめられた体が、一瞬、ぎくりと強ばったけれど、ぽんぽんと背中を叩かれたらなんだか体から力が抜けていく。

「心配しなくても大丈夫ですよ。そんなことをしなくても、捨てたりしませんからね」

「……いいの?」

「ええ。その為に拾ったわけではないですから」

「そう、なんだ」

なんだかすごくほっとしたら、何故だかもっとくっつきたくなった。
俺も、と男の背中に腕をのばせば、抱きつく前に男の体がするりと離れていく。
いまのは、絶対、ハグするタイミングだと思ったのに。
俺、間違えた?

「お腹は空いていますか? お風呂に入っている間に、何か軽く食べられるものを用意しておくことも出来ますよ。どうでしょう、何か食べられそうですか?」

「あ……うん、お腹、空いてるかも」

言われてみれば、とお腹をさすれば、そこからくぅっとしっかり返事が返ってくる。
聞かれてお腹で即答だなんて、ちょっと恥ずかしい。

「わかりました。では、貴方はお風呂をどうぞ。私のものですが、新しい下着もパジャマも出しておきますので、使ってください」

「ありがとう」

俺は、全身をぴかぴかに磨いたあと、しっかりとお風呂につかりながら考える。
これまでいろんな人に拾われて来たけど、男に拾われたのは初めてだ。
いつもご飯を食べさせてくれる人は女だったし、お小遣いをくれる人も、洋服を買ってくれる人も女で、最後はホテルかお家に連れていかれたから、全部この体で支払ってきた。
それなりに仕込まれてる俺は好評で、それなりに満足させられていたと思う。
何度か同じ人から声をかけられたこともあるから。
さっき、俺を追い出した女はとある会社の社長で、それまで無職だった俺は個人秘書って名目で働かせて貰っていた。
会社のことには一切関わらないプライベートな時間だけのなんちゃって秘書だった。
本物の秘書からは嫌な顔をされてたけど、ワンマンなところがある彼女には、誰も逆らえなかったおかげで追い出されることはなかった。
だけど、たぶんさっきので間違いなくクビ確定だ。
もう、俺にさせてもらえる仕事はないだろう。
俺ってば、絶賛無職ってことだ。
まあ、定職に就いてるのが珍しいくらい、働いたことなんてほとんどないんだけど。
そういえは、最後のお給料は貰えるのかな?
これから、どうやって暮らしていこう。

「そろそろ、ご飯が出来ますが、出てこられますか?」

小さなノックと優しく話しかけてくれる声。
磨りガラスの向こうには、ぼんやり見える人影がある。
さっき、隣に立ってみてわかったけど、あの人は俺よりちょっと大きかった。
でも、優しいからなのか、そんなに大きいって思わなかったのに。

「あ、いま、出るよ」

「お待ちしてます」

それだけ言って、ぼんやりした人影は消える。
俺は、お風呂から出て用意されていたパジャマに着替えた。
少しだけ袖が長い。
どうしよう。お礼はいいって言われたけれど。
本当にそれでいいのかな?

テーブルについた俺の目の前に並べられたのは、手作りの和食。
ご飯とお味噌汁と、焼き魚に肉じゃが、おひたしの入った小鉢。
ご飯は少なめにしてくれてるけど、あまり軽く食べるって感じじゃ終われそうにない理想的な晩御飯。

「足りなければ、おかわりもありますからね」

けれど、向かい側の椅子に座った男の前には、お茶の入った湯呑みがあるだけ。
ハーフっぽい外見で湯呑みって、ちょっとちぐはぐっぽいけどすごく自然。
いつも使ってる、とかなのかな。

「私はもう食べましたので、これだけですが一緒に」

乾杯でもするみたいに傾けてるのが、ウィスキーグラスじゃないのに不思議なくらい似合っている。

「いただきます」

手を合わせて、ご飯を食べはじめる。
じんわり広がる優しい味に、俺はますますお礼について考えていた。
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