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もう大丈夫
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アリは今日もいつもと変わらず、壁に着いたシミを数えながら暇を潰していた。首と足には、アリの白く細い身体には似つかわしくない太い鎖と首輪が着けられている。整えられたベッドの上から動くことも出来ない。
(今日も一日が終わる……)
オメガのアリは、二年前に好色貴族として有名なフルーリ伯爵の元に売られた。加虐趣味があり、人を痛めつけることに快感を覚えるという噂のあった人物だ。
アリは元々子爵家の令息だった。しかし、ルクセン子爵家は痩せた土地を所有しており、万年資金難に苦しんでいた。そこで美しいと評判だったアリに目をつけたフルーリ伯爵が、資金援助の代わりにアリを売ることを提案してきたのだ。
可愛がられていたアリは、頭を抱える両親を見て酷く悲しみを抱いた。
領地民は飢えている。子爵家の令息であるアリにとって、民はなによりも大切な存在だ。それに民が飢えに苦しむたびに、両親は責められてしまう。そんな姿を見たくはない。
──僕一人の犠牲でそれが緩和されるというのなら、喜んで身を差し出そう。
意思は決まっていた。
「伯爵の元へ行きます」
「アリッ! そんなことをお前にさせられないっ」
「平気です。どうか、お元気で」
自らフルーリ伯爵の元へ売られる決意をしたアリ。
あれから随分経った。売られたということは奴隷や、愛玩動物と同じ扱いを受けるということだ。
フルーリ伯爵は四十手前。白髪混じりの茶髪と、優しげでおっとりとした緑色の瞳が特徴的な、そこそこの美丈夫だ。もしも、歪んだ性趣向がなければ幸せになれたかもしれない。
けれどそれはただの空想だ。
フルーリ伯爵は、歪んだ性癖をすべてアリへとぶつけた。
初めこそ泣き叫んでいたアリも、動物のように首輪を着けられると泣くのを止めた。逃げることなど叶わない。
傷つけられた身体は無垢には戻れず、いつも満開の笑顔を浮かべていたはずの表情は消えてしまった。
外を見れば、夕日が傾き始めている。この瞬間がアリは好きだった。長い一日が終わるとき、死に一歩近づけるような感覚がするから。
ベッドに横たえていた身体を起こしたのは、夜が老けきった真夜中のことだった。
聞こえてきた足音に耳を傾けながら、目をこする。一人ではない。複数。ガシャっと鉄の擦れる音から、武装していることがわかった。
不思議に思いながら、壁に身体を預ける。目を伏せて、部屋に人が入ってくるのを待った。
──フルーリ伯爵の新しい性癖だろうか?
複数人に囲まれる想像をして、微かに身体を震わせる。
「誰か居るのか! 居たら返事をしろ!」
扉が勢い良く開かれる音がした。続いて、雪崩込むように男達が入ってくる。その中心にいた人物が、アリのいるベッドへと近づいてくるのがレースカーテン越しに見えた。
声は出ない。一年程前、突然喋れなくなってしまったからだ。
じっと、近づいてくる男を見つめ続ける。カーテンに手が差し込まれ、上へと引き上げられた。アリの青空のように澄んだ瞳が、男の顔を映し出す。
アメジストのように煌々と輝いている瞳と視線が交わった。撫で付けられた黒髪が、動くたびに微かに揺れる。
アリの姿を捉えた男は、途端目を見開き唇を一文字に引き結ぶ。
「隊長どうされました?」
声をかけられた男が、意識を引き戻すように引き結んでいた唇を解いた。視線は決してアリから外れることはない。
「被害者が居る。おい、名前を言えるか?」
問われて、アリは緩く首を振った。ベッドへと乗り込んできた男が、手に持っていた鍵束を弄り始める。フルーリ伯爵が肌見放さず持っていたものだ。
それを見て、彼になにかあったのだと悟った。
鎖と首輪が外されると、彼がアリにシーツを着せてくれる。そのまま横向きに抱き上げられた。二年の間、決して逃げ出すことのできなかったベッドの上から、あっさりと連れ出される。
彼が誰で、どこに連れていかれるのかもわからない。
それでも、伝わってくる熱が、安心していいと語りかけてくれている気がした。だからアリは、くしゃりと顔を歪め、彼の胸の中で泣き続けた。
(今日も一日が終わる……)
オメガのアリは、二年前に好色貴族として有名なフルーリ伯爵の元に売られた。加虐趣味があり、人を痛めつけることに快感を覚えるという噂のあった人物だ。
アリは元々子爵家の令息だった。しかし、ルクセン子爵家は痩せた土地を所有しており、万年資金難に苦しんでいた。そこで美しいと評判だったアリに目をつけたフルーリ伯爵が、資金援助の代わりにアリを売ることを提案してきたのだ。
可愛がられていたアリは、頭を抱える両親を見て酷く悲しみを抱いた。
領地民は飢えている。子爵家の令息であるアリにとって、民はなによりも大切な存在だ。それに民が飢えに苦しむたびに、両親は責められてしまう。そんな姿を見たくはない。
──僕一人の犠牲でそれが緩和されるというのなら、喜んで身を差し出そう。
意思は決まっていた。
「伯爵の元へ行きます」
「アリッ! そんなことをお前にさせられないっ」
「平気です。どうか、お元気で」
自らフルーリ伯爵の元へ売られる決意をしたアリ。
あれから随分経った。売られたということは奴隷や、愛玩動物と同じ扱いを受けるということだ。
フルーリ伯爵は四十手前。白髪混じりの茶髪と、優しげでおっとりとした緑色の瞳が特徴的な、そこそこの美丈夫だ。もしも、歪んだ性趣向がなければ幸せになれたかもしれない。
けれどそれはただの空想だ。
フルーリ伯爵は、歪んだ性癖をすべてアリへとぶつけた。
初めこそ泣き叫んでいたアリも、動物のように首輪を着けられると泣くのを止めた。逃げることなど叶わない。
傷つけられた身体は無垢には戻れず、いつも満開の笑顔を浮かべていたはずの表情は消えてしまった。
外を見れば、夕日が傾き始めている。この瞬間がアリは好きだった。長い一日が終わるとき、死に一歩近づけるような感覚がするから。
ベッドに横たえていた身体を起こしたのは、夜が老けきった真夜中のことだった。
聞こえてきた足音に耳を傾けながら、目をこする。一人ではない。複数。ガシャっと鉄の擦れる音から、武装していることがわかった。
不思議に思いながら、壁に身体を預ける。目を伏せて、部屋に人が入ってくるのを待った。
──フルーリ伯爵の新しい性癖だろうか?
複数人に囲まれる想像をして、微かに身体を震わせる。
「誰か居るのか! 居たら返事をしろ!」
扉が勢い良く開かれる音がした。続いて、雪崩込むように男達が入ってくる。その中心にいた人物が、アリのいるベッドへと近づいてくるのがレースカーテン越しに見えた。
声は出ない。一年程前、突然喋れなくなってしまったからだ。
じっと、近づいてくる男を見つめ続ける。カーテンに手が差し込まれ、上へと引き上げられた。アリの青空のように澄んだ瞳が、男の顔を映し出す。
アメジストのように煌々と輝いている瞳と視線が交わった。撫で付けられた黒髪が、動くたびに微かに揺れる。
アリの姿を捉えた男は、途端目を見開き唇を一文字に引き結ぶ。
「隊長どうされました?」
声をかけられた男が、意識を引き戻すように引き結んでいた唇を解いた。視線は決してアリから外れることはない。
「被害者が居る。おい、名前を言えるか?」
問われて、アリは緩く首を振った。ベッドへと乗り込んできた男が、手に持っていた鍵束を弄り始める。フルーリ伯爵が肌見放さず持っていたものだ。
それを見て、彼になにかあったのだと悟った。
鎖と首輪が外されると、彼がアリにシーツを着せてくれる。そのまま横向きに抱き上げられた。二年の間、決して逃げ出すことのできなかったベッドの上から、あっさりと連れ出される。
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