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悪役令息は自覚したようです②

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フラフラと足が覚束ず、倒れそうな僕をジンが支えてくれた。

「姫さん、大丈夫か」
「ぼ、僕は……」

部屋に戻れば、エルヴィスが来る。戻りたくないと無意識に思ってしまい、足が止まる。ジンが心配げに顔を覗き込んでくる。

「どうしたんだよ」
「……部屋には戻りたくないんだ」
「なら、庭にでも行くか」
「それも嫌だ」

あそこにはカレンデュラの花が植えられている。今は見たくない。我儘を言う僕に、ジンは眉を寄せる。

「んじゃ、外に行くか」
「えっ、わっ!!」

突然、横抱きに抱えられて、声を上げると、そのまま駆け出したジンが裏口を使って外へと出た。人に見つからないよう、慎重に屋敷の敷地内から出ると、少し行ったところで降ろされる。

「なにするんだよ!人に見られたらどうするんだ」
「姫さんは、王子に復讐したいんだろ。なにを思われたってかまわないはずだぜ」
「……そうだけど、今は駄目なんだ」

その話題は出来れば避けたい。ジンはポリポリと頬をかくと、僕の手を掴んで、街の外れの方へと歩き始めた。
どこに行きたいのかはよく分からないけれど、渋々着いていく。数分、ジンに連れられて街道沿いを歩いていると、小高い丘になっている場所へと辿り着いた。その丘からは、広々とした草原が一望できる。

「……美しい場所だね」
「だろ。嫌なことがあったときは、ここに来くるんだ。そしたら、大概のことは、ぽんっと忘れちまえる」
「ジンも悩むことがあるのかい」
「ふっ、当たり前だろ。俺だって人間だ」

確かにそうだ。どんなに明るい人だって、なにも悩みを抱えていないわけじゃない。けれど、どうしたって自分だけが不幸だと思い込んでしまうものだ。

「俺は昔、子爵家のご令嬢に仕えてたんだ。親父が使用人をしててよ。歳も近かったせいか、俺達は仲良くなって、よくここに来てはくだらない話をしてた」
「追い出されちゃったわけ?」
「あっさりな。ご令嬢に婚約者が出来て、俺みたいな醜男が傍にいるのは気に食わなかったんだろ」

そう言って笑ったジンが、微かに寂しそうな顔をしていることに気がつく。きっと、ジンにとってそのご令嬢は大切な人だったのだろう。 
それが愛だったのか、友情だったのかは分からないし、知るつもりもない。

「姫さんは、王子のことどう思ってんだ」
「どうって……そんなの、嫌いに決まってる」

絞り出すように呟いた言葉は、広々とした草原の中に消えてしまう。いつからか、この言葉を口にするたびに、心に重しを乗せたような気持ち悪さを感じるようになっていた。

「なら、どっかに逃げるか?」
「ジン?」
「俺は姫さんの護衛だ。俺を雇ってるのは姫さんだし、姫さんが望むならどこにだって連れて行ってやれる」

ジンの提案は今の僕にはとても魅力的に感じる。けれど、同時にエルヴィスと離れることなんて無理だと思った。

「無理だよ」

否定の言葉が口をつく。僕は、エルヴィスから離れることなんて出来ない。どうしてなのかは分からないけれど、はっきりと無理だって確信してる。

「ふっ、なんだ。答えは決まってんのか」
「え?」

ジンの言葉に首を傾げた。答えってなんの?

「正直に生きろよ。じゃないと、後悔するぜ」

その言葉の奥に含まれる思いを、汲み取ることは出来ない。けれど、僕よりも数年多く生きているジンは、遥かに人生経験が豊富で、後悔したことも沢山あるのだろう。

「正直に、生きる……か」

僕の正直な心はどこにあるのだろう。エルヴィスはミーシャさんを側室に迎えるのだろうか。モヤモヤが胸を支配する。
そんなの嫌だ。僕を離さないと言ったエルヴィスが、僕を強く抱き締めたエルヴィスの手が、ミーシャさんを包み込むことを想像すると、腹が立って仕方ない。

「腹が立つ……どうして?…………ああ、そうか……ジン、僕分かったよ」
「ふっ、そうか」
「はは……ははは、おかしいな。本当に馬鹿みたいだ。ジンもそう思わない?」
「さーな。とりあえず、帰ろうぜ」

ジンの言葉に、すんなり頷いて、帰路に着く。
ああ、本当に嫌になる。どうしてなのかな。

(どうして、エルヴィスのこと、好きだと思ってしまったんだろう)

頑なに嫌いだと言い続けてきた。暗示のように、その言葉が僕の脆い心を守ってくれていたんだ。でも、気がついてしまったから、暗示は効力を失ってしまった。
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