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悪役令息は打ち明けたようです
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夢を見ていた。夏月として生活していた頃の夢だ。いつも教室の隅の自分の席に腰掛けて、背中を丸めて息を殺していた。楽しげな声を聞くたびに、視線をそちらに向けて阿佐谷の笑顔を盗み見る。
ただ、見ていられればそれだけでよかった。阿佐谷を見ているときだけが、唯一、幸福を感じられる時間だった。そんな、些細で、とても大切な夢。
顔に温かな日差しが当たり、目を覚ますと、寝室のベッドの上に横たわっていた。言い合いをした日から、エルヴィスとは顔を合わせていない。
会いたいとは思う。けれど、エルヴィスはそれを望んではいない。避妊薬はその日に全て回収されてしまい、ずっと飲めていない。別にかまわないけれど、少し心許なくもある。
あれから度々、ミーシャさんが屋敷を訪れているのを耳にしていた。彼女は諦める気はないようで、この間は宰相様と共にエルヴィスに会いに来ていた。
エルヴィスの有力な後ろ盾はデイドリーム家だけだ。美しいと言われている第二王子には公爵家や他の有力貴族が味方についている。しかし、現在もエルヴィスが王位継承権の最有力候補に変わりないのは、第一王子であることと、能力が優れていることに起因する。
もちろんデイドリーム家と王家の関係を鑑みれば、エルヴィスの王位継承は揺るぎないものだろう。しかし、そこにハルグランツ伯爵家も加われば、エルヴィスの立場はより強固なものになる。
それは本人も分かっていることだろう。けれど、今なおミーシャさんを側室にすることを拒んでいる。そのことに安堵している自分がいるんだ。
(でも、時間の問題かもしれないね)
酷い言い合いをしてしまった。エルヴィスは僕に愛想を尽かすだろう。そうなれば、離縁されることも念頭に置いておく必要があるかもしれない。
そもそも、始まりが最悪な形だったんだ。エルヴィスが責任をとる形で僕と婚姻したことになっているけれど、実際は違うのだから、僕がそのことを話せばエルヴィスの立場は守られる。
もし、エルヴィスがミーシャさんを側室に迎えると決めたなら、そのときは、僕がやったことを公表し、離縁しようと思う。それが、僕にとっても、エルヴィスにとっても、きっと一番いい形なんだ。
目尻が熱くなり、泣きたくなる。日を重ねる毎に、僕の心は夏月に近づいてきている気がする。弱虫で、決めたことすら成し遂げられない、醜い人間だ。
「カレンデュラ様、お食事をお持ち致しました」
「ありがとう」
いい匂いにつられて、寝室を出る。席に座ると、ミアが温かな料理を卓に置いてくれる。マカロニとトマトを柔らかく煮た、煮込み料理は僕の大好物だ。新鮮な野菜の盛られたサラダも、チキンをスパイスと一緒に焼いた料理も、美味しいはずなのに、今は全然美味しく感じられない。
半分も食べられないままフォークを置くと、ミアが心配そうに声をかけてくれた。
「なにかありましたか?」
「ううん、なにもないよ。ただ、食欲がないだけだから」
「……エルヴィス様のことでは?話せば楽になることもございます、私に話してみてはくれませんか?」
優しい言葉に涙が出てくる。皆の前では、常に気丈に振る舞いたいと思うのに、今は出来そうにない。声が掠れて、嗚咽が漏れる。言葉は、笑えるくらい震えていた。
「……僕、彼のことが好きなんだ」
「はい」
「初めは嫌いだと思っていたのに、今は愛おしくてたまらない。だから、ミーシャさんを側室に迎えるなんて嫌なんだ」
「カレンデュラ様、お話してくださりありがとうございます。そのお気持ちを素直に伝えてみてはいかがですか?」
「……無理だよ。エルヴィスはきっと僕のことを嫌いになってしまった」
自嘲するように笑み浮かべる。それが出来るなら、こんなにも苦しんでなんていない。僕の返事に、ミアは悲しそうに眉を垂れさせる。
「ありがとう話を聞いてくれて」
聞いてもらえるだけでも、少し楽になれる。言葉に出して、誰かに思いを打ち明けられたことで、少しだけ落ち着きを取り戻せる気がした。
ただ、見ていられればそれだけでよかった。阿佐谷を見ているときだけが、唯一、幸福を感じられる時間だった。そんな、些細で、とても大切な夢。
顔に温かな日差しが当たり、目を覚ますと、寝室のベッドの上に横たわっていた。言い合いをした日から、エルヴィスとは顔を合わせていない。
会いたいとは思う。けれど、エルヴィスはそれを望んではいない。避妊薬はその日に全て回収されてしまい、ずっと飲めていない。別にかまわないけれど、少し心許なくもある。
あれから度々、ミーシャさんが屋敷を訪れているのを耳にしていた。彼女は諦める気はないようで、この間は宰相様と共にエルヴィスに会いに来ていた。
エルヴィスの有力な後ろ盾はデイドリーム家だけだ。美しいと言われている第二王子には公爵家や他の有力貴族が味方についている。しかし、現在もエルヴィスが王位継承権の最有力候補に変わりないのは、第一王子であることと、能力が優れていることに起因する。
もちろんデイドリーム家と王家の関係を鑑みれば、エルヴィスの王位継承は揺るぎないものだろう。しかし、そこにハルグランツ伯爵家も加われば、エルヴィスの立場はより強固なものになる。
それは本人も分かっていることだろう。けれど、今なおミーシャさんを側室にすることを拒んでいる。そのことに安堵している自分がいるんだ。
(でも、時間の問題かもしれないね)
酷い言い合いをしてしまった。エルヴィスは僕に愛想を尽かすだろう。そうなれば、離縁されることも念頭に置いておく必要があるかもしれない。
そもそも、始まりが最悪な形だったんだ。エルヴィスが責任をとる形で僕と婚姻したことになっているけれど、実際は違うのだから、僕がそのことを話せばエルヴィスの立場は守られる。
もし、エルヴィスがミーシャさんを側室に迎えると決めたなら、そのときは、僕がやったことを公表し、離縁しようと思う。それが、僕にとっても、エルヴィスにとっても、きっと一番いい形なんだ。
目尻が熱くなり、泣きたくなる。日を重ねる毎に、僕の心は夏月に近づいてきている気がする。弱虫で、決めたことすら成し遂げられない、醜い人間だ。
「カレンデュラ様、お食事をお持ち致しました」
「ありがとう」
いい匂いにつられて、寝室を出る。席に座ると、ミアが温かな料理を卓に置いてくれる。マカロニとトマトを柔らかく煮た、煮込み料理は僕の大好物だ。新鮮な野菜の盛られたサラダも、チキンをスパイスと一緒に焼いた料理も、美味しいはずなのに、今は全然美味しく感じられない。
半分も食べられないままフォークを置くと、ミアが心配そうに声をかけてくれた。
「なにかありましたか?」
「ううん、なにもないよ。ただ、食欲がないだけだから」
「……エルヴィス様のことでは?話せば楽になることもございます、私に話してみてはくれませんか?」
優しい言葉に涙が出てくる。皆の前では、常に気丈に振る舞いたいと思うのに、今は出来そうにない。声が掠れて、嗚咽が漏れる。言葉は、笑えるくらい震えていた。
「……僕、彼のことが好きなんだ」
「はい」
「初めは嫌いだと思っていたのに、今は愛おしくてたまらない。だから、ミーシャさんを側室に迎えるなんて嫌なんだ」
「カレンデュラ様、お話してくださりありがとうございます。そのお気持ちを素直に伝えてみてはいかがですか?」
「……無理だよ。エルヴィスはきっと僕のことを嫌いになってしまった」
自嘲するように笑み浮かべる。それが出来るなら、こんなにも苦しんでなんていない。僕の返事に、ミアは悲しそうに眉を垂れさせる。
「ありがとう話を聞いてくれて」
聞いてもらえるだけでも、少し楽になれる。言葉に出して、誰かに思いを打ち明けられたことで、少しだけ落ち着きを取り戻せる気がした。
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