6 / 53
推しを怒らせてしまいました
しおりを挟む
婚姻契約書を交わしたのは、屋敷へと来てから三日が経った頃だった。
その間聖地巡礼と称して屋敷を見て回ったり、部屋でのんびりと過ごしていたノエル。久しぶりの推しの尊顔に、口角を下げるのが大変だ。
「ここにサインをしろ」
「これでいいですか?」
執務室の席に腰掛けながら、契約書に名前を書いて手渡す。ネイトはそれを数秒見つめたあと、同じように羽根ペンでサインを書いた。眉間にシワが寄っているのは、本人の心がペン先に乗っていないからだろう。
「俺、大好きな人がいるんです」
「……突然なんだ。契約書は交した。強力な契約の魔術が込められているから撤回はできない」
「わかってます。ただ、知ってほしいんです。俺は大好きな人に幸せになってほしい。我慢なんてしないでほしい。でもそれは難しいってわかってるから、俺と居るときだけでも本当の気持ちを聞かせてほしいんです」
ネイトはずっと誰にも気持ちを伝えずに生きてきた。エアリスにさえも本当の心を伝えないままだ。ゲームの設定、ユーザーを楽しませるための二番手キャラ。わかっていても、そんなの寂しい。
それに今この瞬間は、ノエルにとっての現実だ。現実はゲームとは違う。自分の気持ちに従っても許される。
「政略結婚でお互いに気持ちはないかもしれません。それでも、夫夫(ふうふ)になったんだから、俺はネイト様となんでも気軽に話せる友達みたいな関係になりたいんです」
笑顔で気持ちを伝えてみる。
まずは気持ちを伝え合うことから始めたかった。ノエルはネイトに恋愛感情を求めてはいない。ただ気持ちに寄り添いたいだけだ。
「言ったはずだろう。私になにも求めるなと。私からもお前になにかを求めるつもりはない」
「でもっ……」
会話を続けようとするも、ネイトが椅子から立ち上がったことで言葉が途切れてしまう。仕事用の卓へと戻ったネイトは、それ以上話をする気がないのかノエルの方を見てくれることはなかった。
「晩御飯は一緒に食べませんか?」
「忙しい。勝手に取っておけ」
「でも、ほらっ!それなら俺がネイト様に合わせて……」
カンッとペンが置かれる音が、やけに大きく部屋に響いた。怒りを含んだオッドアイが、ノエルのことを睨みつけてくる。
怒らせたのだと気がついたノエルは、慌てて口を閉ざす。
「何度も言わせるな。私はお前に必要以上の干渉を許していない。わかったなら部屋に戻れ。不愉快だ」
ネイトの言葉に圧倒される。
思わず逃げるように執務室を出ると、部屋に戻りまだ揺れている思考を整えた。
(っ、恥ずかしい……勘違いしてた)
どこかゲームの感覚が抜けていなかったのだとようやく気がついた。ノエルはエアリスではない。わかっていたはずなのに、ネイトの心の柔らかい部分に土足で踏み込もうとしてしまった。
彼の気持ちをわかったつもりでいたけれど、本当はなにもわかってなどいなかった。
ネイトが怒るのも無理はない。エアリスは結婚式を上げたばかりだ。そこにしたくもない婚姻が重なった。平気なふりをしていても、ネイトの心は荒れているだろう。
今すぐにでも部屋を出て謝りたい。
けれど、そんなことをしたらまた怒らせてしまう。ネイトを傷つけたくはない。それなら、今は大人しくしておくしかないだろう。
「反省だな……」
呟くと、そのままの格好でベッドへと転がる。
前途は多難だ。それでもまだお互いの関係は始まったばかり。へこたれたりなどできない。
その間聖地巡礼と称して屋敷を見て回ったり、部屋でのんびりと過ごしていたノエル。久しぶりの推しの尊顔に、口角を下げるのが大変だ。
「ここにサインをしろ」
「これでいいですか?」
執務室の席に腰掛けながら、契約書に名前を書いて手渡す。ネイトはそれを数秒見つめたあと、同じように羽根ペンでサインを書いた。眉間にシワが寄っているのは、本人の心がペン先に乗っていないからだろう。
「俺、大好きな人がいるんです」
「……突然なんだ。契約書は交した。強力な契約の魔術が込められているから撤回はできない」
「わかってます。ただ、知ってほしいんです。俺は大好きな人に幸せになってほしい。我慢なんてしないでほしい。でもそれは難しいってわかってるから、俺と居るときだけでも本当の気持ちを聞かせてほしいんです」
ネイトはずっと誰にも気持ちを伝えずに生きてきた。エアリスにさえも本当の心を伝えないままだ。ゲームの設定、ユーザーを楽しませるための二番手キャラ。わかっていても、そんなの寂しい。
それに今この瞬間は、ノエルにとっての現実だ。現実はゲームとは違う。自分の気持ちに従っても許される。
「政略結婚でお互いに気持ちはないかもしれません。それでも、夫夫(ふうふ)になったんだから、俺はネイト様となんでも気軽に話せる友達みたいな関係になりたいんです」
笑顔で気持ちを伝えてみる。
まずは気持ちを伝え合うことから始めたかった。ノエルはネイトに恋愛感情を求めてはいない。ただ気持ちに寄り添いたいだけだ。
「言ったはずだろう。私になにも求めるなと。私からもお前になにかを求めるつもりはない」
「でもっ……」
会話を続けようとするも、ネイトが椅子から立ち上がったことで言葉が途切れてしまう。仕事用の卓へと戻ったネイトは、それ以上話をする気がないのかノエルの方を見てくれることはなかった。
「晩御飯は一緒に食べませんか?」
「忙しい。勝手に取っておけ」
「でも、ほらっ!それなら俺がネイト様に合わせて……」
カンッとペンが置かれる音が、やけに大きく部屋に響いた。怒りを含んだオッドアイが、ノエルのことを睨みつけてくる。
怒らせたのだと気がついたノエルは、慌てて口を閉ざす。
「何度も言わせるな。私はお前に必要以上の干渉を許していない。わかったなら部屋に戻れ。不愉快だ」
ネイトの言葉に圧倒される。
思わず逃げるように執務室を出ると、部屋に戻りまだ揺れている思考を整えた。
(っ、恥ずかしい……勘違いしてた)
どこかゲームの感覚が抜けていなかったのだとようやく気がついた。ノエルはエアリスではない。わかっていたはずなのに、ネイトの心の柔らかい部分に土足で踏み込もうとしてしまった。
彼の気持ちをわかったつもりでいたけれど、本当はなにもわかってなどいなかった。
ネイトが怒るのも無理はない。エアリスは結婚式を上げたばかりだ。そこにしたくもない婚姻が重なった。平気なふりをしていても、ネイトの心は荒れているだろう。
今すぐにでも部屋を出て謝りたい。
けれど、そんなことをしたらまた怒らせてしまう。ネイトを傷つけたくはない。それなら、今は大人しくしておくしかないだろう。
「反省だな……」
呟くと、そのままの格好でベッドへと転がる。
前途は多難だ。それでもまだお互いの関係は始まったばかり。へこたれたりなどできない。
208
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
だから、悪役令息の腰巾着! 忌み嫌われた悪役は不器用に僕を囲い込み溺愛する
モト
BL
2024.12.11~2巻がアンダルシュノベルズ様より書籍化されます。皆様のおかげです。誠にありがとうございます。
番外編などは書籍に含まれませんので是非、楽しんで頂けますと嬉しいです。
他の番外編も少しずつアップしたいと思っております。
◇ストーリー◇
孤高の悪役令息×BL漫画の総受け主人公に転生した美人
姉が書いたBL漫画の総モテ主人公に転生したフランは、総モテフラグを折る為に、悪役令息サモンに取り入ろうとする。しかしサモンは誰にも心を許さない一匹狼。周囲の人から怖がられ悪鬼と呼ばれる存在。
そんなサモンに寄り添い、フランはサモンの悪役フラグも折ろうと決意する──。
互いに信頼関係を築いて、サモンの腰巾着となったフランだが、ある変化が……。どんどんサモンが過保護になって──!?
・書籍化部分では、web未公開その後の番外編*がございます。
総受け設定のキャラだというだけで、総受けではありません。CPは固定。
自分好みに育っちゃった悪役とのラブコメになります。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。
篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。
2026/01/09 加筆修正終了
【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました
未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。
皆さまありがとうございます。
「ねえ、私だけを見て」
これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。
エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。
「この恋、早く諦めなくちゃ……」
本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。
この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。
番外編。
リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。
――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる