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第1話 木戸 稔(30)、エルフに転生する。
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木戸稔。
享年30。死因:交通事故。
普通の大学に入り、普通に就職して、社会の歯車として生きて8年。
とある日の通勤時、信号を無視して突っ込んできた車に為す術も無く跳ねられる。
地面に叩き付けられた頃にはもう痛みは無かった。
――あぁ、俺の人生、何も残せず終わったな。
目の前に広がっていく血だまり。助からないなと思った頃に頭に浮かんで来たのは、無味無臭だったこれまでの人生の記憶だ。
あまりにも普通で、あまりにも唐突すぎて、あまりにも無味な人生だ。
親は早くに死に、妻はおろか彼女もいない。
俺の生きた証は、この世のどこにも残らない。
――もし次の人生を生きられるなら、生きた証を少しでも残せるように……。
そんな願いも虚しく日本人としての俺は、あっけなくその生涯を終えた――はずだった。
●●●
「ねぇ聞いてよお父さん。リースったら、お隣の森で今年のケチャの実が生ったからって取りに行こうとしてるのよ。まだ10歳にしかなっていないのに危ないわ」
「なぁ、リース。お隣の森は危険がいっぱいなんだ。せめて30歳になってからでも遅くはないと、父さんも思うぞ。父さんが隣の森に初めて行ったのなんて100歳を超えてからだったわけだし……」
目の前にいたのは、こちらを見て心配そうな顔をする二人。
リース、と。俺を見てそう呼ぶ二人は今世の両親だ。
「心配しないでよ父さん、母さん。今の時期なら森で危険な筋肉狼も出てこない。それに、ただこの森の中でご飯を食べてお昼寝するだけの生活はもう充分だよ」
俺の言葉に、母さんは「でもねぇ」と言いつつ、尖った耳をしょんぼりと倒していた。
「リースは生き急ぎすぎてるわ。人生は1000年もあるのよ? お隣のプペさんとこのお子さんなんて、10歳の誕生日に会いに行ってお話が出来るようになったばかりじゃないの」
「リースはもう5歳の頃から話し言葉が出来る天才だったからなぁ」
「リースが賢いのはとても凄いわ。でも、お母さん心配なの」
「とはいえリースも男の子だからな。外に出たい気持ちも分からんでもないんだが……」
そう、俺は寿命1000年と言われるエルフ族に転生していたのだ。
どんな因果で転生したのか分からない。
だがこれは神様が与えてくれたチャンスだとしか思えない。
前世では何も残せず、何も為せずに短命に死んでいったからこそ。
転生を果たした長命のエルフ族では、自分に全力で生きていきたいのだ。
他の種族には見えない結界が張られた、エルフ族のみの集落――《ユグドラシルの古代樹》からは、こんなイベントでもない限り外には出られないしな。
それに全力で生きるための下地は、この10年間で積み上げてきたつもりだ。
「ふぉっふぉ、相も変わらずクラインの子は活きがいいのぅ。五の齢で話せるようになったばかりか十で外の世界に興味を持ちよるか」
お爺さん言葉で俺たち家族の元にやってくる一人のエルフ。
エルフのほとんどが若い風貌であるにも関わらず、しわくちゃになった顔と整った白髭を持つ老人だ。
「ぞ、族長! すみません、我が子が――!」
「よいよい。これまで外の世界に興味を持つエルフも居らんかったことはない。外の世界で気ままに生きる者も居るには居るが、険しい道ぞ。それでも外に興味があるのか、クラインの子、リースよ」
それもそのはず、この族長は御年827歳のご長寿エルフなのだ。
整った白髭を触りながら族長は続ける。
「ワシが族長になって600と少し。これまで外に出たエルフはほとんどが哀しき最期を送ったと聞く。皆ワシより早く逝っておる。外の世界はそれほどまでに危険なんじゃよ。リース、お主が他より圧倒的に聡明であるからこそ外の世界に希望を抱いておることは幼い頃から知っておるからな。それでも外へ旅立ちたいというのかの?」
族長、父さん、母さんは固唾を呑んで俺の回答を待っていた。
ここまで俺を育ててきてくれた森のみんなには感謝している。
でも、一生をここでダラダラ過ごしていただけでは――前世の二の舞だ。
「俺は、自分の生きた証をこの世に残したい。1000年もの時間があるなら、なおさらこの狭い世界で終わりたくない。外の世界で、俺が生きていることを、生きた証をせいいっぱい残す生き方をしたいんだ」
心配そうな顔を崩さないまでも、母さんは「そっか……」と困ったような笑顔を浮かべる。
「そうまで意志が固いなら、父さんも止めはしないさ。……族長」
父さんも、族長に小さく御辞儀をした。
「外の世界に興味を持つエルフを見るのは、ラハブ・ロウリィに次いで数百年ぶりじゃの」
族長は「ふむ」と頷き、俺の頭を一回撫でた。
「委細承知した。そうまで外の世界に行きたいのならワシの出す条件を越えてみせよ、リース」
「……はい!」
「エルフの真髄である回復魔法の全てを100の齢まで極め続けることじゃ。外の世界の危険から身を守れるのは自身の魔法の力のみ。100の齢にワシから課す試験を乗り越えられたならば、外の世界へ旅立つことを許可しよう。良いな?」
「100年……ですか」
「うむ。しかし、かつて同じ試験を乗り越えたラハブ・ロウリィは300年の月日を要しておった。彼女とて、生半可な覚悟では為し得なかった。そのこと、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
族長から外の世界へ出向く許可を得たことだけでも、非常に大きな収穫だ。
100年。永いようだが、エルフの人生を考えるとたったの10分の1だ。
今度こそ本気で生きると決めた。
俺の本気の人生は、ここから始まるんだ――!
享年30。死因:交通事故。
普通の大学に入り、普通に就職して、社会の歯車として生きて8年。
とある日の通勤時、信号を無視して突っ込んできた車に為す術も無く跳ねられる。
地面に叩き付けられた頃にはもう痛みは無かった。
――あぁ、俺の人生、何も残せず終わったな。
目の前に広がっていく血だまり。助からないなと思った頃に頭に浮かんで来たのは、無味無臭だったこれまでの人生の記憶だ。
あまりにも普通で、あまりにも唐突すぎて、あまりにも無味な人生だ。
親は早くに死に、妻はおろか彼女もいない。
俺の生きた証は、この世のどこにも残らない。
――もし次の人生を生きられるなら、生きた証を少しでも残せるように……。
そんな願いも虚しく日本人としての俺は、あっけなくその生涯を終えた――はずだった。
●●●
「ねぇ聞いてよお父さん。リースったら、お隣の森で今年のケチャの実が生ったからって取りに行こうとしてるのよ。まだ10歳にしかなっていないのに危ないわ」
「なぁ、リース。お隣の森は危険がいっぱいなんだ。せめて30歳になってからでも遅くはないと、父さんも思うぞ。父さんが隣の森に初めて行ったのなんて100歳を超えてからだったわけだし……」
目の前にいたのは、こちらを見て心配そうな顔をする二人。
リース、と。俺を見てそう呼ぶ二人は今世の両親だ。
「心配しないでよ父さん、母さん。今の時期なら森で危険な筋肉狼も出てこない。それに、ただこの森の中でご飯を食べてお昼寝するだけの生活はもう充分だよ」
俺の言葉に、母さんは「でもねぇ」と言いつつ、尖った耳をしょんぼりと倒していた。
「リースは生き急ぎすぎてるわ。人生は1000年もあるのよ? お隣のプペさんとこのお子さんなんて、10歳の誕生日に会いに行ってお話が出来るようになったばかりじゃないの」
「リースはもう5歳の頃から話し言葉が出来る天才だったからなぁ」
「リースが賢いのはとても凄いわ。でも、お母さん心配なの」
「とはいえリースも男の子だからな。外に出たい気持ちも分からんでもないんだが……」
そう、俺は寿命1000年と言われるエルフ族に転生していたのだ。
どんな因果で転生したのか分からない。
だがこれは神様が与えてくれたチャンスだとしか思えない。
前世では何も残せず、何も為せずに短命に死んでいったからこそ。
転生を果たした長命のエルフ族では、自分に全力で生きていきたいのだ。
他の種族には見えない結界が張られた、エルフ族のみの集落――《ユグドラシルの古代樹》からは、こんなイベントでもない限り外には出られないしな。
それに全力で生きるための下地は、この10年間で積み上げてきたつもりだ。
「ふぉっふぉ、相も変わらずクラインの子は活きがいいのぅ。五の齢で話せるようになったばかりか十で外の世界に興味を持ちよるか」
お爺さん言葉で俺たち家族の元にやってくる一人のエルフ。
エルフのほとんどが若い風貌であるにも関わらず、しわくちゃになった顔と整った白髭を持つ老人だ。
「ぞ、族長! すみません、我が子が――!」
「よいよい。これまで外の世界に興味を持つエルフも居らんかったことはない。外の世界で気ままに生きる者も居るには居るが、険しい道ぞ。それでも外に興味があるのか、クラインの子、リースよ」
それもそのはず、この族長は御年827歳のご長寿エルフなのだ。
整った白髭を触りながら族長は続ける。
「ワシが族長になって600と少し。これまで外に出たエルフはほとんどが哀しき最期を送ったと聞く。皆ワシより早く逝っておる。外の世界はそれほどまでに危険なんじゃよ。リース、お主が他より圧倒的に聡明であるからこそ外の世界に希望を抱いておることは幼い頃から知っておるからな。それでも外へ旅立ちたいというのかの?」
族長、父さん、母さんは固唾を呑んで俺の回答を待っていた。
ここまで俺を育ててきてくれた森のみんなには感謝している。
でも、一生をここでダラダラ過ごしていただけでは――前世の二の舞だ。
「俺は、自分の生きた証をこの世に残したい。1000年もの時間があるなら、なおさらこの狭い世界で終わりたくない。外の世界で、俺が生きていることを、生きた証をせいいっぱい残す生き方をしたいんだ」
心配そうな顔を崩さないまでも、母さんは「そっか……」と困ったような笑顔を浮かべる。
「そうまで意志が固いなら、父さんも止めはしないさ。……族長」
父さんも、族長に小さく御辞儀をした。
「外の世界に興味を持つエルフを見るのは、ラハブ・ロウリィに次いで数百年ぶりじゃの」
族長は「ふむ」と頷き、俺の頭を一回撫でた。
「委細承知した。そうまで外の世界に行きたいのならワシの出す条件を越えてみせよ、リース」
「……はい!」
「エルフの真髄である回復魔法の全てを100の齢まで極め続けることじゃ。外の世界の危険から身を守れるのは自身の魔法の力のみ。100の齢にワシから課す試験を乗り越えられたならば、外の世界へ旅立つことを許可しよう。良いな?」
「100年……ですか」
「うむ。しかし、かつて同じ試験を乗り越えたラハブ・ロウリィは300年の月日を要しておった。彼女とて、生半可な覚悟では為し得なかった。そのこと、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
族長から外の世界へ出向く許可を得たことだけでも、非常に大きな収穫だ。
100年。永いようだが、エルフの人生を考えるとたったの10分の1だ。
今度こそ本気で生きると決めた。
俺の本気の人生は、ここから始まるんだ――!
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