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第28話 転生エルフ(105)、弟子を取る。

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 C級魔獣、魔猪マジックボア
 2メートルほどある巨体で直進されれば、それだけで相当な迫力となる。
 さらに牙に宿らせた魔力は、冒険者たちの魔法を真正面から難なく打ち砕く。
 その魔法は、かつての獣人族が用いていた硬化魔法に酷似している。

 加えて今回の個体は身体に収まる魔力量を大幅に越えているため、魔力が黒いオーラとなって体外に放出されている。いわゆる強個体と呼ばれる状態だ。
 こうなってしまえば、いくらC級魔獣の魔猪マジックボアとはいえ危険度はA級ほどに跳ね上がる。
 Bランクの冒険者では太刀打ち出来ないわけだ。

 龍の息吹ドラゴニアをモロに喰らった魔猪マジックボアは身体に纏わり付いた炎を強引に魔力で振りほどこうとしていた。

 ちらりと後ろを振り返ると、ぬかるんだ大地に足を取られていた《勇者》因子持ち――ジン君が信じられないものでも見るようにこちらを見上げていた。
 捻った足は腫脹しており、このままじゃ立ち上がることも出来そうにない。

「――上級回復魔法、女神の息吹アルドール

 緑色の光がジン君を即座に包めば、赤みを帯びた足はすぐさま熱を引かせていく。

回復薬ポーションも使わずに一瞬で――!?」

「まったく連中も酷なことをさせる。自分たちの荷物くらい自分たちで持って帰ればいいものを――?」

 ふと、ジン君が落としたバッグを持って渡そうとすると――ズシリとした重みがある。
 ヒト一人分の重さはありそうだ。

 ……先ほど、ジン君はパーティーメンバーとほとんど変わらない速度で走っていたはずだ。
 こんなものを持って荷物持ちポーターをしていたというのか……?
 大円森林ヴァステラともなれば単なる平坦な道は一つもない。
 彼から今のところ魔力の波動は感じられないとなれば。

「これを、今までずっと魔法も無しに?」

 聞くと、ジン君は悔しそうに顔を歪めて俯いた。

「普通なら魔道具で強化された靴で運べばいいんですが、生まれた時から魔力がなくて、魔道具すら使えなくて。ぼくがもっと強ければ、みんなに見捨てられることもなかったんです……」

 自分を卑下しているものの両腕も、両脚も見れば相当な筋肉量だ。
 冒険者という職業でなければとっくに別の分野で大成していたことだろう。
 だがこの少年は、不器用にも冒険者に憧れてしまった。冒険者が辞められなかった。
 何より、魔法がないことを理由に嘆くこともなく、自分の力不足を嘆いているのがこの少年だ。
 これなら《勇者》因子が開花したとしてもその反動には充分耐えられるだろう。

「いいね。キミはこれから強くなれる。いや、強くしてみせる。俺が断言しよう」

「……え?」

「キミには強い冒険者になれる素質がある。キミを見捨てた奴等に見返してやるんだ。今折れるほどの志ならばそれまでだ。だが強くなりたいという願いがまだ少しでもあるならば、俺の手を取れ」

 ジン君へ向けて手を伸ばす。
 俯いていた顔が少しずつ上がってくる。
 
「強く、なりたいです」

 その目は、かつてのミノリに似ていた。

「こんなぼくでも、世界中を旅してみんなの笑顔を守れるような格好良い冒険者になりたい……! なりたいです!」

 絶望の淵に立たされながらも諦めずに抗おうとする強い目だ。
 ジン君は意を決したかのように、俺の手を取って立ち上がる。

 全く、前世の俺は30歳まで生きていてもこんな目になることはなかったというのに。
 その半分もいかないだろうミノリもジン君も、何という強者だろうか。
 
「――あぁ、任された」

 ジン君と強い握手を交わすと同時に、炎を振り払った魔猪マジックボアは新たに魔力を練り始めた。
 身体全身を魔力が覆い、毛並みが一気に逆立った。
 獣人族が使ったとされる硬化魔法だろう。
 向こうが硬化魔法なら、こちらも硬化魔法だ。

「硬化魔法、《獣ノ拳骨》。そして魔力付与エンチャント、《雷ノ拳骨》」

 拳を固め、属性魔法を付与。

「ブモォォォォォォォォッッッ!!!」

 風を切って勢いよく突進してくる強個体の魔猪マジックボア
 
「見ておくといい、ジン君」

 ゴゥンッッ!!

 バチバチと雷の宿る右腕と、魔猪が真正面から激突した。
 辺り一面に砂煙が巻き上がり、衝撃波で木々が揺れる。
 そんな中で――。

「ブ……モォォォ……」

 ドサリと呆気なく大地に沈む魔猪。

「す、すごい……たった一発で、強個体を……」

「100年修行した成果がこれだ。キミにはこれを数年で越えてもらう」

 《勇者》因子は開花すれば、魔族・魔獣に特化して効果があるという。
 俺は100年修行してきたおかげで一発で沈められるようになったが、《勇者》因子が発現すればずっと早くに同じ事が出来るようになるだろう。
 魔王を相手取るともなれば、こんな個体に苦戦している場合でもないだろうからね。

「……が、がんばります……」

 少々現実味を帯びてなさそうな表情をするジン君だったが――。

「あ、あれ? 魔猪《マジックボア》から何か黒いもやが出てませんか……?」

 ジン君の指さす方を見てみるも特に異常はないはずだったが、その直後。

「コレハオドロイタ」

 魔猪に纏わり付いていた黒いオーラが集合し、空中に一つの黒いもやが現れた。
 それは、かつてグリレットさんを倒した魔獣の放つ声と同じものだ。

「エルフゴトキガ、ナゼコンナトコロニイル?」

 ぞわりと、今まで感じたことのない悪寒が身体を駆け巡った瞬間だった。
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