手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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時空龍グラントヘルム④

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「……来るか」

 エルドキアの嘆息と共に虹に変色した空に浮かび上がった一筋の黒点を見つめて呟いた。

「第三大隊長。対時空龍用の防御術式、いつでも展開可能です。攻撃魔法術式の方の展開も5分ほどで配備可能かと」

 アマリアさんに膝をついて頭を垂れた一兵がいた。
 王宮庭に集められたのは、甲冑を纏った兵達だった。数にして1000はくだらないだろう。

 それに対して、アマリアさんはすぅっと短く息を吸い上げて背後の王宮と空の黒点をちらりと一瞥した。

「第二大隊、第四大隊は今すぐに街中の防御術式の展開にかかりましょう。第一大隊はあの阿呆男グスマン・グスタフの指示に従いなさい。私の第三大隊は今すぐに龍舎に行き《闘龍》バトルドレイクに騎乗。時空龍を迎え撃ちます」

『――了解ッ!』

 アマリアさんの素早い号令と共に、統率の取れた兵士達が一斉に動き出す。

「タツヤ殿、ルーナ殿はいかがいたしますか?」

 アマリアさんが金の長髪を後ろできゅっと結んで、呟いた。

「もちろんこの街から離れて頂いても結構です。後の責任は全て私が取りますから……。そして、気を病まないでください」

 アマリアさんが紡いでいく言葉は、嘘偽りのない心の底からのものだと、俺でも理解できた。

「時の悪魔は、遅かれ早かれ来たことには変わりありません。1000年前、この街は火の海に飲まれました――。ですが、皆、それを乗り越えてきました。全ては手負いの龍を倒すべく。己が使命を未来に託して……ね」

 先ほど地下で見た、絵巻物の様子が俺の脳裏にしっかりと焼き付いている。

 ――曰く、異世界転移者はグラントヘルムの時龍核に単身突っ込んでいき――そのまま時空龍と共に消失した、と伝えられている。

 グスマンの言葉が頭をよぎる。
 グラントヘルムの時龍核に単身突っ込んでいき、消失――。

 それが意味することは、二つに一つ。

 その異世界転移者が『死んだ』のか『元の世界に戻っていった』のか。

「私は、1000年前の生き証人として――かつての皆の無念を晴らすために、闘います」

 アマリアさんの元に1頭の闘龍が手綱を引かれて現れる。
 
 《闘龍》バトルドレイク。
 二足歩行の小型恐竜って感じか。トカゲのような体躯。未発達な両腕とは裏腹に強靱な肉体を持つ一対の足腰。馬鎧のごとく、龍鎧に身を包んだ2メートル大の巨体にひらりとまたがったアマリアさんの風格は、エルドキアのお付きでもなく、1人の将のように見えた。

「タツヤ様……?」

 ルーナが不思議そうに俺の顔を覗き込んできている。
 俺とて、恐怖心がないわけでもない。今から相手にするのは、かつてこの町を火の海にしたという恐ろしい龍なのだから。

「そういえば、アマリアさん。こんな時に質問するのもなんですけど、ちょっといいですかね?」

「はい、なんでしょう?」

 バトルドレイクに騎乗したままのアマリアさんに、俺はウェイブの頭をポンと叩いた。

「かつてグラントヘルムに単身突っ込んだ異世界転移者が消失の鍵を握っている。このことは皆が知っていることなんですか?」

 俺の問いに、アマリアさんは力強く頷いた。

「ええ。少なくともここにいるグランツ教の間ではそこらのくだらない噂話よりかは遙かに信じられてはいますね」

「じゃあ、アマリアさんは……俺を『異世界転移者』だと、思いますか?」

 俺とアマリアさんの言葉の語らいに、「タツヤ様? アマリアさん? ふぇ?」と茶色のふさふさ耳と尻尾をふりふりとさせながら躊躇っている。

「それは、あなたと最も時を共に過ごしてきたルーナ殿こそ、一番ご存じなのではないですか?」

「……っははは、そりゃそーですねぇ」

 俺とアマリアさんの視線を注がれたルーナは「ふぇ? ふぇぇ……!?」と困惑の色を隠せないようだった――が。

「よ、よく分かりません! よく分かりませんけど……ッ!」

 
「――タツヤ様は、いつでもタツヤ様なので、そこさえ分かっていれば、大丈夫だと思いますッ!!」


 王宮の庭に響き渡るほどの澄んだ声だった。
 一瞬にしてシン、と静まりかえった王宮庭だったが、その静寂を壊したのは1人の少女の笑い声だった。

「ふふ……ふっははははははは! 面白いではないかルーナ。流石はバカ正直な獣人じゃ! 流石は妾の認めたじゃな! ふっはははははははは!」

「え、エルドキア様、お戯れを……」

「何を笑ってるんですか!? こちらはとっても、とっても真面目に言っているんですよ!?」

「っははははは、あー、そーだそーだ、ルーナ。それでいい。それでこそお前だ!」

 これで俺も決心が固まったってもんだ。
 そうだ、異世界転移者がどうの、時空龍を呼び寄せるのがどうの、そんなことはどうだっていいことだもんな。

「要するに、アマリアさん。ルーナ風に解釈するとこういうことですね」

 俺はにやり、笑みを浮かべてアマリアさんの目を見た。

「時空龍グラントヘルムの肉はこの世の物とは思えないほど美味で……それを実際に食した人が、ここにいる」

「――!!!!!」

 俺の言葉に、ルーナの尻尾が左右に大きく振れた。

「グラントヘルムの片翼。かつては調理法が限られていたために丸焼きで食い千切りましたが、それだけでも――……もう……頬が緩んでしまいましたねぇ……。出来ることならば、もう一度食べてみたいものです……」

 にへら、だらしない笑みを浮かべた1000年を生きる第三大隊長の言葉にルーナの興奮も一塩だったみたいだ。
 エルドキアが、アマリアさんが、ルーナが、俺が。
 皆、一様に笑みを浮かべた中で民の治療に専念していたエルドキアが「ちょいちょい」と手をこまねいてルーナを呼び寄せた。

「……お主、タツヤあの男を死なせるでないぞ」

「――当たり前、ですけどねっ!」

 ふんっ! と鼻息荒く返答をしたルーナ。その時だった。

「時空龍、現れました! ブレス第一波来ます! エイルズウェルト全域の防御術式魔法展開! 街に火の粉一つでも落としてくれるなッ!! 守備陣は全魔法力を注ぎこめッッ!!」

『ォォォォォオオオオオッ!!!』

 巨大な轟音が鳴り響くと同時に、北西方向から現れたのは視界を覆うほどの紅だ。
 眩しすぎる炎がドームにぶつかると共に、目に見えない膜のような物にぶつかって跳ね返されていく。
 防御魔法術式を展開し、守備兵が術式発動のための魔法力を注ぎ込み凌いでいる時こそが、一番の好機だった。

 アマリアさんが腰に帯刀した剣を高らかに天に掲げて、宮廷に集まった彼女の兵に檄を飛ばした。

「これより、第三大隊は全力を持って時空龍を迎撃します! 差し当たっては対時空龍戦における最も重要な人物であるのがこのタツヤ殿。彼は異世界転移者にして、時空龍に唯一対抗できる貴重な戦力です! 時空と龍気に充てられてやってくる雑魚龍を決してタツヤ殿、ルーナ殿に近付けさせないでください! 私たちは、彼らを時空龍の元に送り届けることを第一目的とします!」

 そして、アマリアさんはバトルドレイクの小さな咆哮と共に炎が晴れ、虹色の空間から顔を出した1頭の化け物を目で射貫いた。

「第三大隊、出撃しますッ!!」

 それは、俺が見た中で最も猛々しく、そして雄々しいアマリアさんの姿だった。
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