手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

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 俺がルーナに連れられてグラントヘルムから離れたその瞬間に、光の一閃が龍を貫いた。
 時龍核から出た瞬間に発動された超大規模攻撃術式が、動きの鈍くなったグラントヘルムを大きく穿つ。

「うぉぉぉぉぉぉっ!?」

 魔法攻撃による爆風を諸に受けた俺たち二人は、近くの木の幹に叩きつけられる。
 ここまで頑張ってくれたルーナにだけはけがを負わせるわけにはいかないと、とっさにルーナを抱きかかえてみたが幹に身体を打ち付けた衝撃で、頭がぐらりと揺れた。

「……ガッ…………」

 胸にはぽっかりと焼け焦げて空いた穴。
 グラントヘルムの口内に精製されていた高密度の炎球が徐々に勢いをなくしていく。

 最後の力を振り絞って吐き出した炎球は、もはや俺たちの元に届く威力さえも失われていた。

「ウヴァッ」

 ふと、龍の近くにいた俺たちを現実に呼び戻したのはウェイブだった。
 四つん這いになって荷台を引くウェイブが優しく服の袖を引っ張っていた。

「タ、タツヤ殿ぉぉぉぉぉっ!!」

 ウェイブに引きずられている俺たちの元に、軍勢のなかから単騎、駆け寄ってくるのはアマリアさんだ。

「あ、アマリアさん!」

「タツヤ殿が時龍核に突撃してから、奴の動きが鈍くなって……。タツヤ殿のおかげで、倒すことができました……!ありがとうございます! ありがとうございます!」

 涙ながらに話すアマリアさんは、俺の後方で動きを止め、立ち尽くすグラントヘルムを一瞥した。
 死してなお、威厳を失わず、瞳は光を失わないその龍の胸に空いた大きな穴からは、身体中へと少しずつ亀裂が走っていく。

「以前、奴が来たときは撃退しかできませんでした……! これで、ようやく……!」

「……アステルさんや、グレイス王に報告ができますね。マリーさん」

「はいっ! 本当に、本当によかったです……って、あれ? タツヤ殿、なんで昔の私の名前を……?」

 必死に記憶を探ろうとするアマリアさん。
 あの金の短髪エルフ幼女が、1000年の時を経て、第三大隊長の一角としてグラントヘルムを完全に討伐したのか、と思うと少し笑いがこぼれてしまうものがある。

「……ふん」

 面白くなさそうに俺たちの元を通り過ぎ、動かなくなったグラントヘルムの元に向かうのはグスマン率いる第一大隊の面々だ。

「あの時空龍の身体の大部分は、またいつか来る可能性に備えて資料にさせてもらう。良いな? ……タツヤとやら」

 ふと、口にしたグスマン。
 グラントヘルムを一瞥すると、ぱらぱらと組織が崩れ始める龍の姿があった。
 地面につかないように手配された敷物の上には、グラントヘルムの肉塊がまるで挽肉のようになって積み重なっていく。

「おそらく、何百年、何千年という時を経て培われてきた時龍核によって今まで身体が保たれてきていたのだろう。今まで繋がっていた肉体が崩壊していくのは、こんなにもあっけないさまなのだな」

 今まで、時龍核がグラントヘルムの身体を保っていた……か。
 時龍核周辺から落ちてくる肉塊が、グスマンの部下による魔法で次々と荷台に載せられていく。
 その様子を見ながら、グスマンは俺のほうを見ることもなく、ぽつりと一言だけつぶやいた。

「お前抜きではおそらく、奴を倒すことはできなかった。礼を言おう。そして、今までの無礼、許せ」

 そう言うグスマンのもとに、駆け寄ってくるバトルドレイクが二つ。

「おぉぉぉぉぉぉ! よくぞ成し遂げたグスマン! 大儀であったぞ!」

「何もしてなかったくせに……妾は疲れたぞ、アマリア……」

 ツインテール姿も完全にへたりきったエルドキア、そしてその横にはまだまだ元気のドレッド王。
 エルドキアはアマリアさんに、ドレッド王はグスマンのもとへ行く中で、ドレッド王は元気に告げる。

「余のおかげで民たちの混乱も少なく、けが人も激減じゃ! 一千年前の祖たちに良い報告ができるのじゃ!」

「兄様何もしておらんじゃろーが! そこらであたふたしておっただけじゃろーが!」

「ふふふ、お主は何も分かっておらん。余はそこに存在するだけで民の力となるのじゃ」

「化け物の攻撃に怯えておっただけの王様に希望など持てるものか」

「途中から泣きながら余の胸で震えておったくせに!」

「兄様だって震えておったぞ!」

 そんな微笑ましい兄妹喧嘩を繰り広げる王族二人。
 エルドキアも、ドレッド王もいなければ、パニックになっていたことは間違いないだろう。
 真っ先に怪我人の治療に王都に繰り出したエルドキア、そしてドレッド王。
 その姿と、一番に民のことを考えて王都を駆け回ったかつてのグレイス王の姿が重なった。
アステルさん、グレイス王。1000年経った今でも、あなたたちの子孫は健在です。

 そんな感慨にふけっている俺に声をかけてきたのは、アマリアさんだ。

「そういえば先ほどから、ルーナ殿や獣人族に、タツヤ殿の運龍が見当たりませんが……」

「あぁ、それなら――」

 俺が、彼女らの所在を言う前に、遠くから聞こえてくる騒がしい声があった。

「タツヤ様―! キッチン一式、一つも傷がなく残っておりました! 残っておりましたよー!」

「ンヴァ~~ッ!!」

 ウェイブの荷台に乗せられていたのは、俺がこの世界に唯一持ち込めたもの。
 あれらがなければ、俺は今頃のたれ死んでいたかもしれない。
 ルーナとも出会うことはなかったかもしれない。
 町のみんなに、卵のおいしさをわかってもらえなかったかもしれない。
 運龍のメイちゃん、ルイちゃんに満足する飯をあげられなかったかもしれない。
 ウェイブだって、俺たちの元にいなかったかもしれない。
 獣人族のルーナの家族にも会えなかっただろうし、エルドキアやアマリアさんとともに王都に来ることもなかったかもしれない。
 そして――グラントヘルムを倒すことだって、できなかったかもしれない。

 異世界に来てから、そのすべてを支えてくれたのが、手持ちのキッチンだった。
 このキッチン一式があったからこそ、俺は異世界暮らしを快適に過ごすことができたんだ。
 だからこそ――。

『古龍神グラントヘルムを食した者は永遠の命を。現世の物とはかけ離れたその美味な
食感、味、香りに抗う術はなし。それは例え国間であっても変わることはない。
 一口食べれば戦は終わる。
 二口食べれば和平が結べる。
 三口食べれば永久平和が訪れる』
――と、吟遊詩人に謳われるほどには美味しかったそうです

 北方都市ルクシアでルーナが言ったことが、頭の中で何度もよみがえってくる。

「この世のものとは思えない美味しさってのを、実感してみたいじゃないですか」

 にやり、笑みを浮かべた。
 その笑みに、ルーナはわくわくが止まらない。
 今までで一番、尻尾の動きが元気になっているような、そんな気がしていた――。
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