手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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照り焼きアリゾール!①

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 俺とルーナ、そしてグレインさんが向かったのは店からはかなり離れた場所だった。
 北方都市ルクシア、その最南端に行ったグレインさんは、手慣れた足取りでそこに向かい、獣人族の門番に通行証を見せた。

「どうぞ」

 門番の男の小さな声と共に、グレインさんは、3メートルほどで囲まれた壁の門を開ける。

「ふぉお……ルクシアにこんな場所があるとは……知りませんでした」

 その一帯の景色を見ると同時に、感嘆の声を上げたのはルーナだった。
 そんなルーナに、グレインさんは奥へと向かいながら呟く。

「まぁ、ここはほとんど業者しか使わないからな。観光で来た人々にはあまり縁がない場所だ」

 あたりを見回すと、そこは結構広い場所で、日本でいうと牛舎のようなところだった。 主にドラゴンが多いのだろうか。中には、ダチョウのような鳥もいる。そんな動物たちが各々の鎖につながれているのを、ここの人たちが管理しているといった感じか。

「俺たちの店が管理しているのがあの一帯の龍舎だ」

 そう言ってグレインさんが指さした一帯は、5つの小屋だった。
 そこにつながれていたのは、先ほどグレインさんが呟いた『運龍』なるドラゴン。
 見た目はワイバーンだ。
 1対の巨大な翼に、広い背中。そして短い足。最も特徴的なのは、この生物が双頭であることだろう。
 手前の1頭ではそれぞれ、別の意思を持った2つの頭は今は、互いの首の上を毛繕いしている最中のようだ。
 そんな、ワイバーンが5体。
 他のワイバーンは、獣人族の管理人がやった飼料をもさもさと食んでいる。

「じ、実際にこういうの見たときは相当びびると思ったけど……案外こう見てみると可愛げがありますね」

 俺の言葉に、グレインさんはこくりと頷きながら鱗多い手を差しのばし、ワイバーンの首元をなでてやる。
 ワイバーンは気持ちよさそうにぐるぐると音を鳴らしている。まるで猫だ。

「ウチに9年仕えてくれている優秀な運龍だ。まぁ、こいつらの寿命はおおよそ13年だから、そろそろ役目は終わりかもしれないがな。今日は特別元気がないな……見知らぬ人に緊張……は、こいつらに限ってはないはずだが――」

 そんなグレインさんは、愛おしそうにワイバーンを見つめる。
 あまり元気はなさそうだ。
 ふと、疑問に思った俺は双頭の龍に手をなめられながら口を開いた。

「そういえば、役目を終えた運龍は最後、どうなってしまうんですか?」

「そうだな……ウチは祖国に戻して広い草原地帯に放牧する規約がある。10年仕えてもらった運龍は、大体が祖国で放牧して余生を全うすることになっている。それが、俺たちが彼らを使ったことに対するせめてもの恩返し……ってなわけだ。ともあれ、運龍こいつらのおかげで俺たち龍人族はエルディアクス大陸からサラスディア大陸への航空が可能になったんだ」

「ふむぅ……」

 グレインさんの言葉を聞いたルーナは、心なしか不満足げだった。
 ぴくぴくと小さく左右に揺れるその尻尾が時々俺に当たってくる。
 どうしたんだろうか……。

 ――と、そんなルーナの機嫌に構わず対照的にグレインさんはとても嬉しそうに「おぉっ!」と感嘆の声を上げた。

「どうしたんですか?」

 ワイバーンの後ろの方に向かっていったグレインさんは、敷き詰められた藁の下から白い球体を取り出した。

「……卵?」

 それは、ダチョウの卵ほどの大きさだった。それも四つある。
 白と黒が入り交じった硬質そうな卵は、艶がかっていた。

「運龍の卵だ。特定の繁殖期以外で産み落とすのは珍しいな」

 グレインさんは、両手で卵を抱えて呟いた。
 そうか、ワイバーンもどっちかというと爬虫類なのか。ともすれば、あの中からは可愛いドラゴンの赤ちゃんでも現れるんだろうか……。

「だから今日はメイやルイに元気がなかったのか……そうか、そうか」

 グレインさんは慈しむかのように双頭の龍をなでた。
 ルーナは、グレインさんから一時的に手渡された運龍の卵を大事そうに抱えてから彼に目をやる。

「かなりの高齢での産卵ですね……」

「あぁ、この年齢で4つも産み落とすとなると、さぞ疲れただろうな……。妙に元気がなかったのも、これが原因だろう」

 4つの卵をすべて表に運び切ったグレインさんが龍舎を少し出ると、双頭のワイバーン、メイとルイはぐったりとした様子で腰を下ろした。
 短い手足と羽をひゅっと一伸ばしした後に、上手くたたんで互いの頭を藁に預けていく。

「……んー、ここ数日で大事な配達で思ってたんだが、どうもエルディアクスまで行くのは不可能のようだ……何か食わせればいいんだが……」

 少し疲れ気味のワイバーンを見て呟いたグレインさん。

「では、あのアリゾール龍ではどうなんでしょうか」

 おずおずと言った形で進言するルーナ。だが、そのルーナの提案にグレインさんは首を横に振った。

「当時はアリゾール龍を食べさせていたんだが、この2頭は……特にメイのほうはかなりの偏食家でな。アリゾール龍の味に飽きたのか、全く手をつけなくなった……。昔はうまいもんを定期的に食わしてたらすぐ元気になったんだが、最近はどうも……何というか、俺の知っている美味いものは食わし尽くしたんでな……。なんとも情けない話だ」

 ど、ドラゴンにも好き嫌いがあるのか……。まぁ、そう言われてみればそうか……。
 とはいえ、アリゾール龍か。メイちゃんの気持ちも分からなくもない。
 正直、グレインさんの店で出されたアリゾール龍の尻尾グラットはお世辞にも美味いとは言いがたいからなぁ。
 メイちゃんもそれに飽きてしまったんだろうか。

「……そういえば、グレインさん。アリゾール龍の食べ方って、あの……看板メニューのあれだけなんですか?」

 俺の問いに、グレインさんは苦笑いを浮かべながら頷いた。

「あぁ……。情けないことにな。調理器具の不足が激しいんだ。幸い、エルディアクスからの供給が事足りている分、ルクシアでは贔屓にされているがな」

「調理器具の不足……ですか」

 確かに、お世辞にもグレインさんのお店――『エギル』の環境整備はよろしくはない。
 なんせ、看板メニューが肉を串刺して火の属性魔法で焼いただけだからなぁ……。

「でも、そうか……」

 アリゾール龍は、素材自体に臭みはあるが、それを抜く方法はある。
 そして、あの外はジャリジャリ、中はゴリゴリねちゃねちゃしてしまうのも調理器具の不足からなるもので、別段『ひどすぎる食材』ではない。
 ということは、それらを美味く調理することが出来たら、冷蔵庫の中にアリゾール龍をぶち込んでみても悪くはないのかもしれない。
 ともすれば、俺がやってみることはただ一つだ。

「グレインさん、少し、俺の提案を聞いてもらえませんか?」

「……何だ?」

「グレインさんのお店で取り扱っているアリゾール龍を、メイちゃんが好む……そして、俺が美味く食えるように調理したら、少し肉を分けてもらいたいんです」

「ほう。それは面白い試みだ。こちらとしても、メイやルイが元気に動いてもらえた方が助かるというのもある。君には親子丼オヤコドンの借りもある分、食材提供には快く応じようとは思っているが……。可能性があるならば是非とも試していただきたい」

「……タツヤ様がそう言うのであれば、私もお手伝い致しますけど……」

 この後に及んで、少しだけルーナは乗り気ではないらしい。
 うーん、いまいちよく分からないな。
 だが、ここでアリゾール龍を美味く調理することが出来たら俺たちの旅路も幾分か楽になるに違いない。

「基本的に照り焼きにすりゃ、牛も豚も鳥も美味く食えるんだ……作るのは……そうだな」

 俺は、元気のないメイちゃんやルイちゃんにぴしっと指を突き立てた。

「照り焼きチキン……いや、照り焼きアリゾールってところかな。ルーナ、キッチン一式をここに用意してくれ」

「了解です、タツヤ様」

 俺の指示と共に、ルーナは一気に俺の視界から消えていった。
 ……ふと見えたルーナの目は「あわよくば私も食ってやる!」ってな感じの目だったが……。
 お前、さっきも親子丼食ってたじゃん……。そんなことを考えながら、俺はメイちゃんやルイちゃんからは「?」という視線を浴びていたのだった。


 こいつら、見た目に反して案外可愛いじゃないか……。

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