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榊原モンショー

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姉妹の勝負②

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「いい目になってきたじゃないか、ルーナ」

 肉体増幅魔法によってとめどなく森の中に流れていくルーナの力に、ネルトはふっと笑みを浮かべた。

「……ッ!」

 ルーナがぴくりと跳躍の予備動作を始めた直後、姿を消す。後に残ったのはルーナの高速跳躍による微かな残像と枝葉が激しく擦れ合う音のみだった。

「お姉さん、ちょぉっと本気出さないとね……! 水属性魔法――霧々舞《キリキリマイ》!」

 両の瞳をかっと見開いた途端に彼女の周囲に現れたのは森の一角を支配するほどの巨大な濃霧だった。
 それは奇しくも、ネルトがタツヤを拉致したときに使った水属性魔法でもある。

「この隙に――っ!?」

 ふと、ネルトが軽い跳躍で次の枝に向かおうとしたときだった。

 ひゅんっ――と。凄まじい風切り音と共に彼女の前に現れたのは、細い腕だ。
 両の袖は肉体増幅魔法による筋肉の増量により所々が破れかけているなかで、音速とも呼べる一つの拳が彼女の眼前の木に衝突し、大きなクレーターを形成していた。

「……ちっ」

 巨大なクレーターを形成した大木は、その自重に耐えきれずに一気に傾いていく。
 それに加えて連鎖的にドミノ方式で倒れていく木々を器用に跳んでいきながらネルトは冷や汗を垂らした。

「あんなの受けたら一発であの世に飛ばされちゃうじゃん……あっぶない……!」

 ふと、ネルトは自身の下から二本の木を伝って急速上昇するルーナの姿を見た。
 瞳はドス黒い紅。肉体増幅の最上位魔法だ。
 これを使役できる獣人族は、ロン族においても族長とルーナしかいない。

「こんなの使っておいてどこが落ちこぼれなの……いい加減気づきなさい!」

「タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様タツヤ様」

「……しかも怖いよルーナ!?」

 冷や汗と苦笑いを含んだネルトは、一度空を見上げた。
 後数十メートルも昇れば、そこは大円森林ヴァステラにおける最高高度。
 針葉樹林が渦巻くこの森において、地上40mから先は、端から見ると葉で出来たクッションのようにも思える。
 そのさらに上空に浮かぶのは太陽だ。
 南中時刻をちょうど過ぎるか過ぎないかの今は、地上に向けて最も太陽が照りつける時間帯でもある。

「そうね……! 肉体部位増幅魔法――獣脚《じゅうきゃく》!」

 瞬間、ネルトが水平的に繰り出した蹴りは隣の大木を横薙ぎに蹴り落とす。
 大木が落ちる先にいるのはルーナだ。

「うにゃぁっ!」

 が、足止めにはならない。
 身体全身を異常なほどに強化させたルーナの前に落下してくる大木は、いとも簡単に真っ二つにされていく。ルーナの上昇は止まる様子を見せない。

「獣脚! 獣脚! 獣脚!」

 ネルトは、右足を器用に軸回転させながら周りの大木をルーナ目がけて落としていく。
 それに対しルーナは、時に真っ二つにし、時に落ちてくる大木を更なる跳躍の足場としていく。
 周りの大木をなぎ倒しながら登っていくネルト、そして落ちてくる大木を利用して登っていくルーナの距離が徐々に、徐々に近づいてきたその瞬間だった。

「見えた!」

 地上40m、針葉樹の最上地点に辿り着いたネルトは空高く輝く太陽に目を細めた。

「水属性魔法――!」

ルーナが這い上がってくる中で、ネルトは一気に太陽をバックに巨大な跳躍を行って右手を前に突き出した。

「水の壁《アイレリアル》!」

 右手を突き出し、右から左に沿って繰り出した魔法は、厚さおおよそ30cmほどの水の壁を作り上げていく。
 水の壁は太陽の光を波状に伝えてルーナの眼を襲っていった。

「……くっ!」

 ルーナが太陽の光に眼を潰されたその刹那、ネルトは一瞬の隙を突いてルーナの頭上へと拳を突き降ろす。

 ドゴッ!

 鈍い打撃音を響かせて、ネルトの拳はルーナを穿つ。

「楽しいなぁ! ルーナ! 昔はこうしてよく遊んだよ!」

 嬉しさのあまりに耳をぴくぴくと動かしながらネルトは犬歯と戦闘欲を剥き出しにルーナを一瞥した。

「……そういえば、私、いつも……姉様を超えられませんでしたね……」

 拳を打たれ、我を取り戻したのか、ふと呟いた。
 依然としてネルトが上空、ルーナが下となっている絶対的不利な状況で、ルーナはすぅっと息を吸った。

「今日は、姉様を、超えます!」

「やらせないよ!」

 勇ましい宣言に鳥肌を立て震えるネルト。
 ルーナは空中で一回転をした後に、「……行けますね」と確信めいた笑みを含んだ。

「やぁっ!」

 その、瞬間だった。
 何もない空中場所で足踏みをしたルーナが――まるで、その場に地面でもあったかのように跳躍したのだ。

「――っな!?」

 これに即座に反応できなかったのは、ネルトだ。
 空中をジャンプしたルーナが握りしめた拳が、その右頬に鋭く突き刺さる。
 肉体増幅魔法で強化された右腕の腕力によって、ネルトの身体は回転しながら大木の幹に突き刺さる。
 ネルトの視界が一瞬暗転しかけ、喉に何かが登ってくるのを感じていた刹那、ルーナは息もつかずに枝と枝を跳躍して飛ばしたネルトに接近していく。

「私は――落ちこぼれです!」

 その瞳は、決意に満ちていた。
 落ちこぼれ――と、自嘲的に呟いた過去のルーナとは違う、新しいルーナがそこにはいた。

「タツヤ様と出会って、タツヤ様のお役に立つことこそが今の私の役目!」

 再び右の拳を振りかぶったルーナの瞳は、ネルトが求めていたそれ・・だ。

わたし獣人族の誇りにかけて……獣人族わたしの誇りにかけて、タツヤ様を取り返します!」

 その妹の宣言を聞いたネルトは、穏やかな笑みを浮かべた。
 眼前には実妹が振りかぶった大きな拳。
 かつて小さく見えていたその拳が、その瞳が、今のネルトにはとてつもなく大きく感じられた。

「分かってるじゃないか、バカルーナ」

 今の妹の拳で倒されるならばそれも本望だ――と。
 ネルトはそっと瞳を閉じた。
 たかが属性魔法が使えないからと言って、自身《ルーナ》を貶めて獣人族・・・の誇り・・・まで失っていたかつての妹。
 その妹が、獣人族・・・の誇り・・・をかけて自身《ネルト》を倒してくれるならば、それでいい――と。

 …………。

 ……………………。


「……って、あれ?」

 ネルトが再び眼を開けて見るも、そこにはルーナの拳はおろか、ルーナの姿すらなかった。

「……うがー……姉様を……姉様を…………」

 ネルトの膝に拳を突き立てつつ、弱々しく倒れ込む妹は、既に限界を超えて燃料が切れていた。
 肉体増幅魔法の副作用が現れたのだろう。
 隙だらけで、弱点だらけで倒れ込む妹の姿を見て呆れたような笑みを浮かべながら、姉はそっと、頭に手を乗せた。
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