手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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時龍核

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「その生物は時に龍王、時に古龍神、時に時空龍と言われておりますな」

 族長はしわがれた声で言葉を紡ぐ。
 そういえば、俺も以前にルーナにグラントヘルムのことは少しばかり聞いたことがあるな。
 あれは、確か――そう、グレインさんの経営するクラウディアでのことだ。
 最上級龍グラントヘルム。運龍が下級龍らしいから、とにかく凄い龍なのだろう。
 神出鬼没、そして炎のブレスを吐けば町を一つ飲み込み、人間との意思疎通も可能……と、そんな説明だったはずだ。

「幸いワシらの集落には龍人族がおらん故に話せることじゃが……」

 あー、確か、グレインさんもそんなことを言っていたな。
 グレインさん達の前で堂々とグラントヘルム食ってやりたいなんて言ったせいで俺たちは悪の実アグリ紅鳥グランバレーを食わされたんだから。
 結局の所、いい方向に話が持って行けたから良かったものの……一歩間違えていたら、俺は今頃この世にはいなかったかもしれない。

「龍王グラントヘルムを信仰する宗教は、確か……グランツ教と言われておりますな」

「グランツ教……ですか」

「えぇ。かつて、レスタル国内で少数存在していた宗教団体です。確か、教祖が……中央都市エイルズウェルトの富豪の人間だったような。今動いているのはその子孫だとは、聞いておりますな」

 その、曖昧な物言いに俺は首をかしげる。

「龍人族の信仰者が多いって聞いてたんですが、教祖は人間なんですか?」

 俺の問いに、族長は頬をぽりぽりと掻きながら答える。

「あくまで噂程度ですわい……。事実上、グラントヘルムが再びこの世に顕現するには様々な状況が重ならないと現れないとは言われておりますからな。その条件が満たない限りは大丈夫でしょう」

「なるほど……」

 俺は、圧縮魔法精製の薄紅の団子をぱくりと口に入れた。
 瞬間、口いっぱいに弾けるのは丸ごと絞りのリンゴジュースを固形のまま飲み込んだかのような濃厚な甘み、そして鼻から突き抜けるリンゴの香りと、もっちりとした食感だ。
 噛めば噛むほどリンゴの甘酸っぱい味を醸し出してくる――が、ずっと咀嚼を繰り返すと団子の生地が次第に溶けて、喉へとつるりと吸い込まれていく。

 ……こりゃ、止まるわけはないわ……。

 俺がパクついていると、ネルトさんが干し肉と黄色の団子二つを俺に差し出してくる。

「干し肉を団子に挟んで、擬似的なサンドウィッチにしてみな。これがまた美味いんだ」

 言われるがままに、団子を平たくならしていく。
 圧縮魔法で覆っている旨味の膜が破れてしまうのではないかと危惧をしていたが、団子を伸ばすと同時に膜もそれについて伸びていく。
 サンドウィッチというより、どちらかというとハンバーガーだな。

「……はむっ」

 言われた通りにハンバーガー状にした団子と干し肉を口に頬張る。
 瞬間、口の中に洪水のように押しかけてくる肉汁と甘酸っぱい味わい。

 そうか、これはレモン塩だ……!
 レモンの酸っぱさと塩辛さ、そして歯ごたえ抜群で身体全身を震わせる肉の旨味が相乗効果を生み出し、干し肉単体では味わえないような深い味になっている――!
 この世界に来て、日本こちらの情報をレスタル国い渡すことはよく合ったが、レスタル国の食事情はかなり疎いと言えよう。
 味については、何ら遜色がない――それどころか、日本のどんな高級料理店でも味わえないような美味しさを味わえていると思えば、どれだけ最高なことだろうか。

 ――って、そんなことしてる場合でもないよ、俺。

「そういえば、その条件って何なんですか?」

 族長は、人差し指をこめかみにつけて、捻り出すように言葉を紡ぐ。

「確か……異界の人間が、この世に現れる……でしたかな。異界の狭間を漂うグラントヘルムがこの世に現れるとき、異界の窓を突き破って出てくる、その際に起こる異界との衝撃によって、この世界ではない世界からヒトが呼び出されるという逸話がございます」

 ――俺じゃん。

「まぁ、眉唾物ですがな。以前のグラントヘルム来襲は千年も前のこと。異界の者など、見たことも聞いたこともありません故に、まともに受けないで頂きたいものですな」

 ――いやいや族長、目の前にその異界の者がいますよ。見ましたよ、お話聞きましたよ。

「という理由が時空龍の異名も持つグラントヘルムですわい。ですがいかんせん現れるのが千年に一度ですから……まぁ、全く分からないと言うことです。そもそもの話、文献がほとんど見当たりませんからなぁ」

 「ふぉっふぉっふぉ」と高く笑い声を上げながら、族長は干し肉を頬張った。

「そのグラントヘルムの伝承って、もう他にはないんですか?」

 俺の言葉に、「そういえば」とぽんと手を叩いた族長。
 隣では、ネルトさんが余程腹を空かしていたのかバクバクと周りの料理を平らげている……が、それはもう一つ隣のルーナも、そして運龍ウェイブも一緒だ。

「グラントヘルムは体長もかなり大きく、町を炎ブレス一つで壊滅させるほどの持ち主と言われてましたなぁ。あれはまさしく世界の終焉ラグナロクと言われてましてなぁ。町は何個も焼かれ、世界から生物が根絶やしにされるほどだった、とは言われておりますな」

「……そんなグラントヘルム、誰がどうやって倒したんですか?」

 俺の問いに、族長は自身の胸をポンポンと叩いた。

「グラントヘルムの胸の中央には、『時龍核』と呼ばれるエメラルドに光る結晶が埋められておるらしいのです。文献によると、異界から召喚された者とその時龍核はある種の拒絶反応を起こし――」

「きょ、拒絶反応を起こし……?」

「己の身の消滅を代わりに、時龍核を破壊――そしてグラントヘルムはこの世界に居られることが出来なくなり、元の異界の狭間へと帰って行った……とありますな」

 わ、笑えないね。

「ということは、つまりその異界から召喚された者は、死んだ……ってことですもんね」

「何を言いますか、そんなこの世界以外の人間がいるわけではないではないですか。しょせんは眉唾物ですぞ、真に受けるだけ損というもの……。グラントヘルムについての文献も不確かですしな、ふはははは……まぁ、そんなことは後々でもいいのです。我々にはまったく関係の無い話ですしな。タツヤ様、我が種族自慢の料理をたんと召し上がれ。ははははは」

「は、ははははは……」





 …………本当に、笑えない。
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