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まずは、今できる事から

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 一応納得した俺はパン収獲用の脚作りに協力することにした。



「それではうまく行かないのでは?」



 研究者の作った脚は腕を造った経験があるので脚部は特に問題なかったが、足裏がうまく作れていなかった。

 多脚歩行であれば一枚板や爪型にしても問題ないだろう。しかし、二足歩行でそれをやると歩行が難しくなった。

 現に今、試作した脚部はうまく動いていない。



「そうかな?ちゃんと歩かせることは出来ていると思うけど?」



 そう言う研究者。確かに平たんなところであれば問題ない。



 そこで、ちょっと荒れ地を模して乱雑に石をばらまいてみた。



「そんな事をしたら・・・・・・」



 そんな事をしたらという研究者。彼も分かってはいたらしい。



「ほら。足首だけではうまく歩かせる事が出来ない」



 問題となるのは、ロボットの脚だからと言ってまるで靴を履いた足を前提にして作ってしまう事だと思う。人間の脚はそんな構造じゃないんだから、それで歩けるのは平たん路に限られてしまう。



 と言っても、人間の骨格標本なんかないので簡単な事ではない。



「で、なんでそんなに僕の脚を見てるのかな?」



 リンに裸足になって貰い、歩いてもらった。



「人間の脚はかかと足先、指と接地点が三か所ある。そして、歩く時には水平に脚を上げるのではなく踵から揚げ、指で地面を蹴る様にしている。着地は踵からで衝撃を分散しながら足先、指と着地してる。これを再現しないとパンの木が生える山地では使えないと思うんだ」



 リンにゆっくり歩いてもらって研究者にも説明する。



「なるほどね。最低限、三つのパーツで足裏を構成しないといけないか」



 研究者が悩んでいる。



 ロボットの脚というとまっ平だったりするが、それでは悪路での歩行が難しいのではないだろうか?しかも、踏ん張りも利かないだろう。



 そう言う事を考えると人間の足を参考に分割構造とした方が良いと思う。



 そして、分割構造の足を研究者とともに作ったのだが、研究室では何の問題も無かったが、外で使うと支障が出た。



「確かに歩くことに関しては優れている。傾斜でも十分歩行出来てはいる・・・・・・」



 問題は関節構造が多いので土や岩場を歩かせると泥が詰まったり石で損傷したりすることだった。



 外での試験には山の人たちも参加している。彼らも将来のユーザー候補であることを考えれば気にもなるだろうし、製造するとなれば担当するのは鍛冶師たちだ。



「巧い事考えられているが、素足で歩く以上に問題が起こりそうだな。靴履かせた方が良いんじゃねぇか?」



 歩行試験をつぶさに見ていた一人がそう言う。



「靴?確かに人は靴を履いて坑道に入るだろうけど、革とか木で作ってもすぐにダメになると思うんだ。かと言って金属では意味が無い」



 そう言うと、鍛冶師のオッサンはニヤリとこちらを見る。



「鍛冶に使ってるこの靴見てみろ」



 それはまるで前世の様に鉄芯入りの革靴だった。ただ、それがどうしたのだろうか。



 よく意味が分からないという顔でそれを見ていると、ため息をつきながら答えてくれた。



「金属でも使い方さ。それにだ。木の靴底も柔軟性なんかないだろ?靴の中で指や踵の部分が動くように二重構造にしてやれば良いだけだ」



 なるほど、確かに此処の鍛冶師たちならば合金技術にも優れているから適材適所で金属を選んでそう言うモノだって創り出しそうだ。



 そう言う事で実物大の試作を請け負ってくれた言い出しっぺの鍛冶師がひと月試行錯誤して作り上げたモノは、確かに二重構造に出来上がっていた。



「脚部だけで人の背丈越えてるのは迫力が違うな」



 ソレを見上げながらそう感心していた。



「どうだ?指先と踵の衝撃吸収に苦労はしたが、これなら問題ないはずだ」



 そう言って足部の点検ハッチを開けて中を見せてくれた。



 それは確かに外観が靴状になっており、中に骨格が伸びている。キャタピラみたいに自在に動きはしないが、靴という面積を持つ部分と実際に支えとなる骨格を別構造としたことで荷重の分散も出来たらしい。

 なにより、外見に似合わない柔軟な動きが可能となった。



「指は主に力を掛ける親指部分が可動式だ。強度の問題で蹴ったりは出来ないが、歩く、駆ける程度の動きには十分対応している。踵部分は強度を上げている。ここから降ろしていくからな。だが、ここで衝撃吸収したんじゃあ、姿勢が保てない。足首から膝までである程度吸収できる構造と素材にしている」



 さすがに飛び跳ねたり飛び降りたりという行為には対応できていないらしい。



「股関節までの動きを利用すれば相応に衝撃は和らぐだろう。何なら、コイツに胴や腕を付けて剣や槍を振り回す事だって可能だ」



 最終目的はそこだ。そこを考慮して作っているらしい。


  そこから試行錯誤して脚は完成したのだが問題があった。



「これでは大きすぎる」



 そう、パンの実収穫に使うには大きすぎる。このまま胴や腕を付けたのでは全高8mなどという事になるだろうが、パンの実を収穫するにはその半分もあれば良い。



「なら、小さく作ろう」



 なんで鍛冶師の人等は嬉しそうなんだ?



「他にも作って欲しいものがある」



 そう言って果樹園用モノレールの概要を説明した。



「なるほど、ソイツは良いや。トロッコが引けない場所でもソイツなら上り下りできそうだ」



 車両やトロッコがすでにあるので製造自体は全く問題ない。あんな山地で食料生産がされている事が俺にはビックリだったが、モノレールがあれば輸送問題も解決可能だ。



 そんなわけで、パンの実収穫に適した機械の開発のために幾度か山地へ出向きながら考えた。



 パンの実は椰子の実のような繊維質の殻で出来ている。そのことでパンの糸が作られるわけだが、コレがこの世界の繊維として広く流通している素材な訳だ。木綿や麻、絹がないのに服が作れる理由もそう言う事なんだろう。



 収穫は木を揺らして落ちたモノを獲るのが一般的だが、果物の様に一つづつもぎ取る事もするらしく、本来ならばその方がより食べごろの実を収穫できるらしい。



「という事は台の上で人が作業した方が良いのか?」



「人が木を揺らすのは小粒の奴でして、一つづつ採るのは完熟した大粒です。大粒は粒とは言いますが、一抱えもある大きなものなので専門の木登りが行っています」



 それは職を失う事にならないか心配ではあったが、木登りが得意な若者が行い、結構事故も多いとの事なので、機械化出来るならそれに越したことは無いらしい。



 一般的に食べられている実は小粒と呼ばれる未成熟の物を収穫し、倉庫で完熟させる。大粒という完熟したモノは数が少なく高級な事もあってほぼ貴族向けなんだそうだ。



 新たな機械作業を導入するならば、より収益があり、危険性が高い方を優先するのも当然か。



「そうすると、実をもぎ取る手を持った機械が必要という事か。木を揺らすのは人でも出来ているし、腕を持つ機械なら容易だ」



 という事で方向性が纏まったが、これまでよりさらに器用な手を持った機械の制作が必要になりそうだ。



「そいつは腕がなる!」



 困るかと思ったが鍛冶師たちは喜んでいた。



 そうか、剣や槍を持たせたりバリスタを撃たせるならば器用さは当然の事だったか。



 そうした熱気の中でパンの木畑用のサイズで制作した脚部が完成し現地で試験を行ってみることになった。



 そうすると問題が浮き彫りになってきた。一番の問題はパンの木の間隔がそのような機械の通行を想定していない事だった。単に傾斜地を歩かせるなら出来るようになっても、木と木の間隔が狭いのではそもそも進入出来ない。

 そして、人間が歩く前提の傾斜地なので、幅のある機械では足の踏み場が無い斜面すらあった。



 こればかりはすぐにどうこう出来ない問題だ。機械化に合わせて木の間隔を拡げたり機械の進入が出来る道の整備もしていく必要があるだろう。



「コイツは万能な機械が必要だな。土を掘って、木を切り倒して、更には実をもぎ取る。やりがいがあるぜ!」



 詳細な検討が進むごとに難度が上がる要求仕様に鍛冶師たちは喜々としている。



 そうそう、すでに車やトロッコで経験のあるモノレール軌道車は気が付いた時には完成していた。



 そして、やはりと言うかオッサンたちは暴走しだした。



「こいつは良いな。鉱石運ぶには向かないが人なら運べる。ちょっと作るか」



 などと言いながら収穫機械の合間でモノレールを造り、パンの実畑に設置するに留まらず、なぜか鉱山間を結んでしまっていた。当然、トロッコにもラックピニオン式が出現したのは言うまでもない。そのうち改良されてアプト式になるのかな。



 そんな暴走もありながら、とうとう全体試作が完成した。



 最も問題だったのは操縦者の位置だった。トロッコ用作業機であればトロッコ後方に座席を設ければ良かったのだが、コイツは脚が付き腕も生えていることからその場所に困った。



 一番初めに出たのは、「人は目で見るんだから、乗るのは頭の部分だろ」という至極真っ当な意見だった。

 が、それには大きな問題があった。



 頭は付いていないが、肩車の様に乗るのは腕を振り回す場合に邪魔でもあるし操縦者に当たると危険だ。



 ならばと、背負われるような形で乗れば良いという意見も出た。



 が、これはこれで歩行中に前方視界が悪いので傾斜地で使うには向いていなかった。



 当然、前世のロボと言えば胴に乗るものだから俺はそう提案したのだが、それはそれで後方視界が無いという問題があった。



「そうは言っても、人間だって真後ろはほとんど見えないじゃないか」



 どうもこれは意外な盲点だったらしい。



「そういやそうだよな。機械を動かす時は後ろを見られる位置に座るからあんまり意識してなかったな」



 などと言い出すほどだ。



 ただし、人間は後ろが全く見えない訳ではない。



 そんなわけで、機械の顔に当たる部分にちょうど顔を出して周囲が見渡せる配置へと落ち着くことになった。



 枝避けや転倒時の乗員保護用にフレームこそついているが、屋根はない。そう言えばマンガで見た土木作業ロボにこんなのあったなとちょっと笑ってしまうシルエットになっている。



「大きな騎士が出来るのかと思ったけど、イメージと違う」



 リンがそんな事を言い、オッサンたちもどこか不満そうではあるが仕方が無いではないか。
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