砂浜を歩く彼女

神崎翼

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砂浜を歩く彼女

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 夕陽が海面にまぶしい反射光を全面に散らして目も開けられないぐらい眩しい。というのに、知ったこっちゃないと言わんばかりに彼女は半端に足に掛かるさざ波を踏みつぶしながら砂浜を歩いていく。じゃりじゃりとした砂浜の上は不安定で、白くて細い足では真っ直ぐ歩くのですら大変そうだ。こちらは彼女の足元に波が来るたび攫われるのではないかとひやひやしている。だけれど彼女はそれもこれも知ったことかと、肩を怒らせて、よろめこうが躓こうが、ただひたすら歩いていく。それを、こちらも追いかけて行く。
「どこまでいくの、ねえ」
「うるさい!!」
 俺の歩幅換算で五歩以上先を進む彼女に大きな声で聞くと、それ以上の大音声で叩き返される。距離と進む方向の都合で届きにくいはずの彼女の声は大いに砂浜に響いて俺の鼓膜を揺らした。俺はそれ以上言葉を重ねず、ただ黙々と彼女の後ろを追いかけて行くことに集中した。

 別に、こうなることは今に始まったことではない。これは、彼女なりの発散方法だ。怒りや悲しみに囚われたとき、彼女はこの長い砂浜を踏みしめて歩き出す。俺たちの生まれ育った町の中でも、この砂浜は中々人が来ないし、砂浜の上、それも波打ち際を歩くというのは海育ちでない人間には理解できないだろうが、相当に消費する。都会人だとジムに行ってパンチングマシンをぶん殴るのかもしれないが、この町にそんな洒落たものはない。
 人の距離がちょっと近くて、海鳥の鳴き声と波打つ音をゆりかごの中で聞きながら育つ町の中で、彼女がようやく見つけた発散方法だ。
「うるさい、うるさいうるさいうるさい! なんなのよ!!」
 今日は何で怒ってるんだろうなあ、とぼんやり考える。進路のことでおじさんと喧嘩したのだろうか。おばさんにたしなめられて苛ついたんだろうか。学校は普通だった気がする。いや、三者面談だったから、先生に何か言われたのかも。全部かな。
「やりたいことやりたいって、女だからなんなのよ!! うるさい、そんなことで!!」
 海風が燃えているようだと思った。怒りの声に呼応したようなタイミングで、日暮れに真っ赤になった海から風を叩きつけられる。不意に立ち止まった彼女が勢いよく振り返り、俺を見据える。
「おまえも、おまえも女だからってばかにするの!? ねえ!!」
「しないよ」
 距離を詰めたらまずいような気がする、というふわふわした予感で、彼女と同じタイミングで立ち止まる。この距離喉が疲れるなあと思った。
「じゃあなんでここにいるのよ!!」
「好きだからだよ」
 じゃなかったら修羅のような顔で砂浜に向かう女の後ろを付いて行くまい。一人にしてやるべきかもしれないが、彼女は内側にため込むタイプなので、八つ当たりでもされないと内心がうかがい知れないのだ。高潔で苛烈。矜持が高く、不器用なせいで孤独に陥りやすい。俺の彼女。
 友人たちには「大丈夫なのか? 逆DVとかされてないか?」と覚えたての言葉で心配されたが、いつも泣くのは彼女だけだし、ときどき啼かせるのは俺だった。言葉が強烈で誤解されるけど、彼女は手が出るタイプではない。発散するのに、一人で歩くことしか思いつかないような女に負けるような繊細な精神で育っていない。

 彼女は怯んだようだった。その場で言葉もなく立ち尽くす。怒らせた肩が別の意味で震えるのに、少し笑ってしまった。ここで何も仕返せない可愛い女の子が自分の恋人という事実が、本当にたまらなく可笑しかった。
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