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運命の日
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つい三日前、アザロス王太子主催の茶会が学院内で開かれた。幼馴染みの学友やその婚約者のみならず、同じクラスの生徒たちが誘われていた、身内での簡単な茶会。無論、そこには同じクラスである件の特待生も招待されていたが、彼女は時間になっても姿を見せなかった。待てども待てども姿を見せぬ愛しい恋人を探し、アザロスは学院内を駆け回った。
「そして、階段の下で倒れている特待生を保護されたのだとか。 そのお茶会に参加していなかったわたくしが、彼女を突き落とした犯人なのだそうです」
犯人ではないならばなぜ茶会に来なかったのか、と後日、茶会に参加した全員───つまりクラス全員の観衆のもと、アザロスはリリアーシャを問い詰めたらしい。
尚、アザロスと同じクラスであったリリアーシャ宛の招待状は存在していない。アザロスはリリアーシャを意図的に茶会から排除していたことを棚に上げている。
「三日前の茶会の時間と言うと、私が君を含めた公爵家を呼び付けた日時と合致するな」
それ以前に、招待状があったところで王命により欠席が確定していたのだが。その日は一月前にとある領地で開催されたチェス大会でのリリアーシャの優勝を祝い、アウレリウスが王城でささやかな祝賀会を開いてくれていたのだ。アウレリウスはリリアーシャのこと抜きにアザロスに王城へ戻ることを伝えていたが、大事な用があると言って断っていた。
「それらの罪により、わたくしは卒業式で殿下に婚約破棄を言い渡されるのです」
「卒業式……もう十日もないではないか」
リリアーシャは頬に手を当て、ほう、と小さく息を吐いた。その表情は悲しみも怒りもなくただただ淡白で、紡がれる言葉もまるで他人事のように聞こえる。
アウレリウスが本日何度目かもわからぬ溜息を吐きながら、指折り数えて運命の日を確認する。数日後に迫った学院の卒業式。それが終われば晴れてアザロスとリリアーシャは結婚することになったはずなのに。
「ところで誘った私がいうのもなんだが、準備はよいのか?」
「ええ。 本来であれば婚約者より贈られるドレスの仕立ての最終調整などが御座いますが、わたくしは頂いておりませんので。 懇意にしております針子に仕立てさせておりました」
卒業式のドレスは、婚約者の男性が贈るものとされている。婚約者のいないパターンや、ドレスではなく宝石をあしらった装飾品のパターンもあるので絶対ではないが、少なくともリリアーシャには、そのどちらも贈られていなかった。勿論リリアーシャも、アザロスからは何も贈られてこないとわかっていたので、伯爵家から懇意にしていた針子にさっさと声をかけていた。
「何という……」
「ご安心くださいませ、金と紫は一切使用しておりません」
贈られるものは婚約者の髪か瞳の色をベースに、と考えられているので、リリアーシャのドレスはアザロスの色───金髪に紫の瞳───を徹底的に排除した配色になっている。もしその二つのどちらかでも使おうものなら、アザロスから寵愛を受けているつもりかなどと言いがかりをつけられてしまうことだろう。
「用意がいいな! ……ああ、いや。 であれば、宝石を贈らせてくれ。 私と、王妃から、せめてもの詫びだ」
「例えば陛下の髪の装飾に王妃の瞳の石、などでしょうか」
「……如何にも」
往生際が悪い。しかし、国王と王妃からの贈り物であるというのならば、致し方ない。
「それは……受け取らねば不敬というもの。 喜んで頂戴致しますわ」
アウレリウスは心底疲労困憊といった力のない声で、一言ありがとう、と呟くのが精一杯だった。
「そして、階段の下で倒れている特待生を保護されたのだとか。 そのお茶会に参加していなかったわたくしが、彼女を突き落とした犯人なのだそうです」
犯人ではないならばなぜ茶会に来なかったのか、と後日、茶会に参加した全員───つまりクラス全員の観衆のもと、アザロスはリリアーシャを問い詰めたらしい。
尚、アザロスと同じクラスであったリリアーシャ宛の招待状は存在していない。アザロスはリリアーシャを意図的に茶会から排除していたことを棚に上げている。
「三日前の茶会の時間と言うと、私が君を含めた公爵家を呼び付けた日時と合致するな」
それ以前に、招待状があったところで王命により欠席が確定していたのだが。その日は一月前にとある領地で開催されたチェス大会でのリリアーシャの優勝を祝い、アウレリウスが王城でささやかな祝賀会を開いてくれていたのだ。アウレリウスはリリアーシャのこと抜きにアザロスに王城へ戻ることを伝えていたが、大事な用があると言って断っていた。
「それらの罪により、わたくしは卒業式で殿下に婚約破棄を言い渡されるのです」
「卒業式……もう十日もないではないか」
リリアーシャは頬に手を当て、ほう、と小さく息を吐いた。その表情は悲しみも怒りもなくただただ淡白で、紡がれる言葉もまるで他人事のように聞こえる。
アウレリウスが本日何度目かもわからぬ溜息を吐きながら、指折り数えて運命の日を確認する。数日後に迫った学院の卒業式。それが終われば晴れてアザロスとリリアーシャは結婚することになったはずなのに。
「ところで誘った私がいうのもなんだが、準備はよいのか?」
「ええ。 本来であれば婚約者より贈られるドレスの仕立ての最終調整などが御座いますが、わたくしは頂いておりませんので。 懇意にしております針子に仕立てさせておりました」
卒業式のドレスは、婚約者の男性が贈るものとされている。婚約者のいないパターンや、ドレスではなく宝石をあしらった装飾品のパターンもあるので絶対ではないが、少なくともリリアーシャには、そのどちらも贈られていなかった。勿論リリアーシャも、アザロスからは何も贈られてこないとわかっていたので、伯爵家から懇意にしていた針子にさっさと声をかけていた。
「何という……」
「ご安心くださいませ、金と紫は一切使用しておりません」
贈られるものは婚約者の髪か瞳の色をベースに、と考えられているので、リリアーシャのドレスはアザロスの色───金髪に紫の瞳───を徹底的に排除した配色になっている。もしその二つのどちらかでも使おうものなら、アザロスから寵愛を受けているつもりかなどと言いがかりをつけられてしまうことだろう。
「用意がいいな! ……ああ、いや。 であれば、宝石を贈らせてくれ。 私と、王妃から、せめてもの詫びだ」
「例えば陛下の髪の装飾に王妃の瞳の石、などでしょうか」
「……如何にも」
往生際が悪い。しかし、国王と王妃からの贈り物であるというのならば、致し方ない。
「それは……受け取らねば不敬というもの。 喜んで頂戴致しますわ」
アウレリウスは心底疲労困憊といった力のない声で、一言ありがとう、と呟くのが精一杯だった。
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