[完結]悪役令嬢はすべてのフラグを把握した上で婚約破棄と国外追放を受け入れる

からあげ定食

文字の大きさ
7 / 8

少女の読みは、外れない

しおりを挟む
 時折庭園に風が吹き抜けて、葉の擦れる音が耳を掠める。世界に取り残されたようにゆっくりと時間の進むその空間では、チェス盤に駒が走るカツカツという無機質な音が、異様に大きく感じられた。

「リリアーシャ、他に欲しいものはないか?」

 一手、また一手と順が回るたびに白と黒の駒の数が変動する。駒がチェス盤や他の駒にぶつかる音に聞き入りながら、やっと精神力を取り戻したアウレリウスは、目の前の少女に声をかけた。どうしても過保護になってしまうというか、馬鹿な息子から現在進行系で受けている悪評被害を、軽くしてやりたい、いや、せねばならぬと意気込んでいる。彼女を縛り付けているのは他でもなく、アウレリウスなのだから。

 少女は意外そうにアウレリウスの瞳を見返してから、ふむ、と長考するように顎に手を当てた。

「でしたら紹介状を一筆いただけますと幸いです」
「紹介状?」

 コツ、と黒い駒が白い駒を倒す。倒れた駒を拾い、リリアーシャに渡してやる。

「ことが済みましたら王室と繋がりのある宝石商に、陛下から頂いた宝石を換金に参りますので」
「う、売るのか!? 私と王妃の贈り物を!?」

 本日三度目の驚愕、アウレリウスはテーブルにバンと手をついて勢いよく立ち上がった。先ほどとは違って打ち所が悪かったのか、じんじんと手のひらが痺れている。

 それもそうだろう、どうにかして繋ぎ止めたいと思い贈ろうとしている宝石が、用が済んだら即金に換えられるなどと、誰が予測したことか。しかも、売ってもいいよと自分で紹介状を書く羽目になろうなどとは。悪い冗談などでは済まされない。

「ええ、婚約破棄されたのち、我が公爵家はこの国を離れますので」
「それはいかん!」
「いかんと仰られましても、わたくしは国外追放されるのです」

 追撃による追撃。目の前の少女は一体何を言っているのだろう。会話が成り立っていないような気がする。目の前がぐるぐると回り、不安定になってくる。この時ばかりはアウレリウスも、試合の最中だが熱い紅茶を飲みたくなった。テーブルに突いた手をぎゅうと握り、一刻も早く打開策を見つけねばと頭を回転させる。これなら隣国と戦争を起こす方がまだ簡単にさえ思えてくる。

「……し、しかし、それは全て、君の、想像だろう……?」

 そう、長々と話を聞いてきたが、これはまだ起こっていない事件なのだ。寧ろ今までの話を踏まえ、対策が取れるのではないか。今から警備の騎士たちに声をかけ、アザロスの取り巻きたちを言い伏せて、卒業式にアザロスと特待生を隔離させていれば、或いは。

「無駄ですわ」
「な、なぜ言い切れる」


───だって。


 ふわり、と風が頬を撫でた。赤い髪が風に流され、線の細い輪郭があらわになる。仄かに色づいたリリアーシャの唇は、緩い弧を描いているように見えた。


「わたくしの読みが外れたこと、未だかつて御座いまして?」


 ゴトリ。

 白の王が、黒の兵に蹴倒された。

 これは詰みなのだと、アウレリウスは悟るしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました

碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる? そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

処理中です...