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1話 癒しの店「ラ・ヴィ・アン・ローズ」
1話①
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「ようこそ、ラ・ヴィ・アン・ローズへ!」
屋敷の大きな入口扉を開くと、両脇に五人ずつ程度の召使が列を成して一斉に美しいお辞儀をして、軽装の皮鎧を身に纏った剣士を迎えた。毛足の長い真っ赤な絨毯に足を踏み入れると、列の先頭に居た初老の男が一歩、前に出る。
「お待ちしておりました、ご予約のスクーダル様で御座いますね」
黒の燕尾服に灰色のベストを着た執事然とした片眼鏡の老人が、白い手袋を履いた手で小脇に抱えていた帳面をペらりと捲る。その帳面は本日の予約リストであり、予約内容の確認書類なども挟まっているらしい。皮鎧の剣士──スクーダルは如何にも、と頷いて見せる。
「わたくし、受付のアルファトと申します。以後、お見知り置きを」
真っ白な髪を後ろに撫でつけた老執事──アルファトは胸に手を当て、美しく腰を折って見せた。恭しく頭を上げ、片眼鏡の角度を几帳面に正してから体を開き、正面に聳える階段に手を向けてこちらへ、と短く促してから歩き始めた。スクーダルが歩を進めると、両脇の召使たちが再度頭を下げ、今度はスクーダルが階段に差し掛かるまで頭を上げなかった。その列はアルファトの分が欠けていたがやはり美しかった。
(ここは……店、なんだよな……?)
スクーダルがその店を訪れるのは初めてだった。剣士の端くれである彼は、遠征の依頼を受けて二月ほど本拠地としている街から離れていた。小さな駐屯所と冒険者ギルドと武器防具屋、道具屋に鍛冶屋、酒場の付いた安い宿と一通りの施設は存在するが、大して栄えた場所でもない。街の周りも比較的安全で、野生の動物と大差ない程度の魔物しか出ない。そんな寂れた街に二月ぶりに帰ってみると、何やら新しい店が出来たという。
店の場所は街の外れ、その昔この街に貴族が住んでいた頃に建ったと言われる大きな屋敷。それなりの敷地はあったが件の貴族が不在になってからは長く誰も住もうとせず、建て替えるにも取り壊すにも金がかかるとそのまま放置されていた。この街に冒険者ギルドが出来る前から、ならず者の寄り付く場所になっては困ると駆け出しの冒険者に定期的に見回らせるだとか、田舎から出て来た木こりやら農民やらが手慰みに荒れた庭の手入れをするだとか何やかやで手は入っていたのだが、やはり人が住むことのない家というものは廃れてしまうものだ。元々が立派な、豪奢な建物だっただけに、それが朽ちていこうともよくわからない存在感、趣というものがあったように思えた。
ある意味街のシンボルにもなっていた朽ちた屋敷だったが、先月の頭に大量の金貨を詰め込んだ麻袋を抱えた入居希望者によって買い取られたという。いったいどこのお貴族様が現れたかと思えば、何とそれはたった一人の召使の女だったという。始めは貴族の使いだと思われていた彼女だが、改装する大工や調度品を運ぶ家具屋の手伝い以外誰一人その屋敷に立ち入る者はいなかったというので、召使の格好をしただけの女ということらしい。
そしてその彼女が、屋敷を改装して店を立ち上げた。それがこの「ラ・ヴィ・アン・ローズ」という訳だ。そんな経緯もあってか、この店、ラ・ヴィ・アン・ローズはたった一月の間に有名になり、あっという間に繁盛してしまって一人で切り盛りするのが大変だということで何人かを雇い入れたという。
久方ぶりに街に帰ってきたスクーダルもその噂を聞きつけて、早速予約を入れさせてもらった。冒険者や剣士の類は優先してもらえるという方針があるらしく、予約自体はだいぶ先の方まで埋まっているそうなのだが、冒険者たちは初回来店と人からの紹介があった場合に限り一日少数枠限りで受け付けできるというので遠慮なく捻じ込んでもらった。冒険者ギルドに屯する顔馴染みが来店済みで、簡単に紹介に与れたのが幸いした。
因みに、何を取り扱っている店なのかは「行ってみてからのお楽しみ」とか何とか言って教えてくれなかった。
「店長、新規のお客様です」
不意に、先行するアルファトが一つの扉の前で足を止め、その扉に向かって声をかけた。扉越しなので幾分かくぐもった声ではーい、という返事が聞こえ、すぐに扉が開かれると、中から例に洩れず召使の服を着た黒髪の女が出て来た。
「ありがとうアルファトさん、もういいですよ」
アルファトは手にした帳面から何枚かの書類を抜き取って黒髪の女に渡し、スクーダルと女に一度ずつ腰を折ると踵を返して来た道を戻って行った。きっと次の予約の準備があるのだろう、その足取りは穏やかなようでだいぶ早い。アルファトに会釈を返していた女は頭を上げると、スクーダルに柔らかな微笑を浮かべた顔を向け、艶やかな唇をゆっくりと開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ご、ご主人様ァ?」
スクーダルが呼ばれ慣れぬ敬称にたじろぐと、女はにこり、と笑みを深めて扉の中に引っ込んだ。軽く手を差し出して、どうぞと中に促してくるのでスクーダルはその展開についていけないまま渋々部屋の中に足を踏み入れた。更に女はデスクの前に座り、もう一脚の椅子を勧めてくるので取り敢えず腰掛ける。部屋には他に誰もいない。先ほどアルファトに呼ばれ返事をした、ということはこの女が店長なのだろう。
(いったい何の店だと言うんだ……? 店と言うには……)
屋敷の大きな入口扉を開くと、両脇に五人ずつ程度の召使が列を成して一斉に美しいお辞儀をして、軽装の皮鎧を身に纏った剣士を迎えた。毛足の長い真っ赤な絨毯に足を踏み入れると、列の先頭に居た初老の男が一歩、前に出る。
「お待ちしておりました、ご予約のスクーダル様で御座いますね」
黒の燕尾服に灰色のベストを着た執事然とした片眼鏡の老人が、白い手袋を履いた手で小脇に抱えていた帳面をペらりと捲る。その帳面は本日の予約リストであり、予約内容の確認書類なども挟まっているらしい。皮鎧の剣士──スクーダルは如何にも、と頷いて見せる。
「わたくし、受付のアルファトと申します。以後、お見知り置きを」
真っ白な髪を後ろに撫でつけた老執事──アルファトは胸に手を当て、美しく腰を折って見せた。恭しく頭を上げ、片眼鏡の角度を几帳面に正してから体を開き、正面に聳える階段に手を向けてこちらへ、と短く促してから歩き始めた。スクーダルが歩を進めると、両脇の召使たちが再度頭を下げ、今度はスクーダルが階段に差し掛かるまで頭を上げなかった。その列はアルファトの分が欠けていたがやはり美しかった。
(ここは……店、なんだよな……?)
スクーダルがその店を訪れるのは初めてだった。剣士の端くれである彼は、遠征の依頼を受けて二月ほど本拠地としている街から離れていた。小さな駐屯所と冒険者ギルドと武器防具屋、道具屋に鍛冶屋、酒場の付いた安い宿と一通りの施設は存在するが、大して栄えた場所でもない。街の周りも比較的安全で、野生の動物と大差ない程度の魔物しか出ない。そんな寂れた街に二月ぶりに帰ってみると、何やら新しい店が出来たという。
店の場所は街の外れ、その昔この街に貴族が住んでいた頃に建ったと言われる大きな屋敷。それなりの敷地はあったが件の貴族が不在になってからは長く誰も住もうとせず、建て替えるにも取り壊すにも金がかかるとそのまま放置されていた。この街に冒険者ギルドが出来る前から、ならず者の寄り付く場所になっては困ると駆け出しの冒険者に定期的に見回らせるだとか、田舎から出て来た木こりやら農民やらが手慰みに荒れた庭の手入れをするだとか何やかやで手は入っていたのだが、やはり人が住むことのない家というものは廃れてしまうものだ。元々が立派な、豪奢な建物だっただけに、それが朽ちていこうともよくわからない存在感、趣というものがあったように思えた。
ある意味街のシンボルにもなっていた朽ちた屋敷だったが、先月の頭に大量の金貨を詰め込んだ麻袋を抱えた入居希望者によって買い取られたという。いったいどこのお貴族様が現れたかと思えば、何とそれはたった一人の召使の女だったという。始めは貴族の使いだと思われていた彼女だが、改装する大工や調度品を運ぶ家具屋の手伝い以外誰一人その屋敷に立ち入る者はいなかったというので、召使の格好をしただけの女ということらしい。
そしてその彼女が、屋敷を改装して店を立ち上げた。それがこの「ラ・ヴィ・アン・ローズ」という訳だ。そんな経緯もあってか、この店、ラ・ヴィ・アン・ローズはたった一月の間に有名になり、あっという間に繁盛してしまって一人で切り盛りするのが大変だということで何人かを雇い入れたという。
久方ぶりに街に帰ってきたスクーダルもその噂を聞きつけて、早速予約を入れさせてもらった。冒険者や剣士の類は優先してもらえるという方針があるらしく、予約自体はだいぶ先の方まで埋まっているそうなのだが、冒険者たちは初回来店と人からの紹介があった場合に限り一日少数枠限りで受け付けできるというので遠慮なく捻じ込んでもらった。冒険者ギルドに屯する顔馴染みが来店済みで、簡単に紹介に与れたのが幸いした。
因みに、何を取り扱っている店なのかは「行ってみてからのお楽しみ」とか何とか言って教えてくれなかった。
「店長、新規のお客様です」
不意に、先行するアルファトが一つの扉の前で足を止め、その扉に向かって声をかけた。扉越しなので幾分かくぐもった声ではーい、という返事が聞こえ、すぐに扉が開かれると、中から例に洩れず召使の服を着た黒髪の女が出て来た。
「ありがとうアルファトさん、もういいですよ」
アルファトは手にした帳面から何枚かの書類を抜き取って黒髪の女に渡し、スクーダルと女に一度ずつ腰を折ると踵を返して来た道を戻って行った。きっと次の予約の準備があるのだろう、その足取りは穏やかなようでだいぶ早い。アルファトに会釈を返していた女は頭を上げると、スクーダルに柔らかな微笑を浮かべた顔を向け、艶やかな唇をゆっくりと開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ご、ご主人様ァ?」
スクーダルが呼ばれ慣れぬ敬称にたじろぐと、女はにこり、と笑みを深めて扉の中に引っ込んだ。軽く手を差し出して、どうぞと中に促してくるのでスクーダルはその展開についていけないまま渋々部屋の中に足を踏み入れた。更に女はデスクの前に座り、もう一脚の椅子を勧めてくるので取り敢えず腰掛ける。部屋には他に誰もいない。先ほどアルファトに呼ばれ返事をした、ということはこの女が店長なのだろう。
(いったい何の店だと言うんだ……? 店と言うには……)
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