メイドさんは最強の鑑定師

からあげ定食

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1話 癒しの店「ラ・ヴィ・アン・ローズ」

1話②

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 部屋は簡素な寝室というか、診療所を少し豪華にしたような雰囲気だった。デスク一つに椅子二つ、クッションが張られているようだが毛布がない寝台、何色か色取り取りの薬品が乗ったチェスト、薄い板の仕切り、そしてスクーダルより背の高い姿見が一つ。

「それでは、簡単にこの店の規律と概念をご説明しますね。ここではお客様は皆、長く屋敷を空けていた主人、という体になります」

 成程、それでこの屋敷には召使姿の女と執事風の男しか居ないのか。スクーダルは先程主人と呼ばれたことも含めて納得する。どうやら主人と召使という役決めをすることで、初対面の緊張を取り除く趣旨があるらしい。確かに、自分がこの大きな屋敷の主人であり、相手が女の召使であると思えば、肩ひじを張ることもないだろう。

「特に緊張を解すというのが重要なんです。ここでは思い切り寛いでいってください。それから──」

 女はデスクの横に置いてある籐かごから、農民が着るような質素な布の服とサンダルを取り出してスクーダルに差し出した。

「大変申し訳ないのですが、鎧の方にはお着換えをお願いしています」
「ああ、それは予約の時に聞いている。本当は別な服に着替えてくるつもりだったんだが急用が入ってしまってな……手を煩わせる」
「いえいえ、とんでもないです。着替えはそちらの仕切りの奥でお願いしますね」

 言われるまま、スクーダルは仕切りの中に入り込み、手早く皮鎧を剥がしていく。固いヘッドギアを外せば白髪交じりの逆立った短髪が広めの額を疎らに隠す。鎧に隠してあった歴戦を思わせる大小の傷が付いた厚い胸板が露わになり、そして簡素な布に包まれていく。あっという間に剣士、貴族どころかちょっとゴツめの村人といった身なりになってしまったが、寛ぐことに重点を置かれた店なのだから構いはしないだろう。正直を言えば、この簡素な布服でさえスクーダルの私服よりも少し高価なもののように感じる。
 仕切りの奥に備え付けられていた棚に鎧一式を詰め込み、ふと、佩いていた片手剣をどうするか少し頭を悩ませた。流石に店の中と言えど、剣士が得物を手放すというのも如何なものか。仕切りからひょいと顔を出すと、黒髪の女は寝台の準備をしていた。やはり毛布は無かったが、どうやら薄い布を被せているらしい。スクーダルは女から視線を外し、再び敷居の奥に隠れてから改めて声を上げることにした。

「なぁ、剣も置いておいた方がいいのか?」
「どちらでも良いですよ。そこに鎧と一緒にしていかれても、この寝台の下に置かれても。馴染みの方はホールでお預けになったりされますね」

 ふむ、と一つ唸ってからスクーダルは片手剣を掴み、裸足にサンダルを履いて仕切りから出てくる。寝台に仰向けに寝転ぶように促され、大人しくそれに従う。仰向きでは手は届かないが床に片手剣を置いてから寝台に腰を下ろし、ゆっくりと横になる。簡素な寝台は、大きな体のスクーダルが横になっても特にはみ出すことはなかった。申し訳程度の高さの小さな枕は固めだ。

「それではわたくし、ラビがお相手仕ります」

 枕元で、黒髪の女──ラビがにこりと微笑むと、どこか懐かしい花の芳香が鼻孔を擽った。しかつめらしい表情でうむ、と短く返事をして高くなった天井に目を向けた。以前、誰も住んでいなかった頃は壁や天井が所々剥げ落ちていたものだが、今はすっかり豪奢なものに変わっている。暫く天井を眺めるのにも飽きて視線を彷徨わせると、視界の端でラビは何やら色の付いた液体の入った瓶の蓋を取り、その香りを嗅いでいた。こちらの視線に気づいて、ラビは液体の入った瓶を悪戯っぽく、軽く振って見せる。透明の瓶の中には、薄紫色の液体がゆったりと揺れている。ねっとりと垂れる粘着質な液体はまるで蜂蜜のようだ。

「お庭で取れたハーブを調合したオイルですよ、心を落ち着かせる効果があります。腕を失礼しますね」

 簡単に液体の解説をしてから、ラビはスクーダルの太い腕を手に取り、袖を軽く捲って太い腕を露出させた。白い手に先程のオイルを垂らし、スクーダルの樫の木のような腕にそっと這わせる。一瞬オイルの冷たさにピクリと眉根を寄せるも、その温度は掌と腕の体温ですぐに馴染み、気にならないものになった。

「流石は剣士で居らっしゃるご主人様、逞しい腕ですわ。惚れ惚れしてしまいます」

 過度でない世辞を口にしながらラビは腕にオイルを塗りたくっていく。ただ撫でるだけでなく、浮き上がる血管を避け、筋肉に沿って軽い指圧を加える。鍛錬によって肉体を虐めることはあっても、こうして優しく手入れをされるのは初めてだった。加えてスクーダルは剣士になって数十年、女性にこのように甲斐甲斐しく接される機会もなかった。ギルドの受付嬢や宿屋の女主人、女冒険者──彼女らとは態度が全く異なる。これが貴族と召使の在り方というものなのだろうか。自分の身体を解していく優しい手付きに若干の微睡を覚えたスクーダルは、眠って成るものかと自分を戒めるように口を開いた。

「えぇと、ラビ、だったか。ここは寛ぎを提供する店なのか?」
「はい、わたくしたちは、ご主人様に十分に寛いで頂くために奉仕しております。ご主人様は早い段階からわたくしに身を任せてくださっていますが、初めての方は触れることもお許しになってくださいませんもの。ご主人様は寛大で豪胆でいらっしゃいますね」
「まぁ確かに……寛げと言われてはいそうですか、と横になる者は居らんだろう。だが、お前のような細腕の女に警戒するほどでもなかろう」

 スクーダルが簡単に鎧を脱ぎ、剣も───すぐ手に取れる位置に置いたとはいえ───手放したのは、たった一人の華奢な女性が大木のような男相手にどうこうできるものかという自負があったからだ。もしこの女が己の剣を奪って切りかかってくるようなことがあったとしても、そんなものは腕力で捻じ伏せることができるだろう。

「例えばお前が凄腕の暗殺者で、私が慢心しているところをナイフで心臓を一突き、などというのであれば話は別だがな」
「あらあら、命を狙われる心当たりがおありなんですか?」
「いいや。若い頃ならともかく、いい加減薹が立った老いぼれを殺したって何の役にも立ちやしないさ。此処に来るために知り合いに頭下げて貸してもらってるくらいの薄給で金も無い」
「あらまぁ、ご苦労をおかけしますわね。これでも良心的な値段設定にしているつもりなのですけれど」

 コロコロと鈴を転がすような声でラビが笑う。年の頃はわからないが、スクーダルの半分にも満たない年齢だろう女は、実に楽しげに会話をする。娘が居ればこんな感じなのだろうか。そもそも女房すら居ないのだが。というか、先述通りスクーダルにはこのように穏やかに相手をしてくれる女性の知り合いが少ない。いや、居ない。だが流石にそれを公言する訳にも、遠慮や臆病を見せて接する訳にもいかなかった。長年剣士をやってきたという威厳がある。そして何より、ここはそういう趣向の店なのだ。血気盛んな頃ならどうだったか計り知れないが、自分に優しくしてくれるからなどという勘違いを起こすような年齢でもない。与えられた主人という役目を、召使役の娘相手に熟せばよいだけである。
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