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1話 癒しの店「ラ・ヴィ・アン・ローズ」
1話③
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「ご主人様は面白い冒険譚などはお持ちではありませんか? わたくし、ご主人様がご活躍を語ってくださるのを聞くのが大好きで」
世間話でそろそろ間が持たなくなった頃、オイルを塗りこめた腕を蒸した布巾で丁寧に拭いながらラビが声をかけた。この店には様々な冒険者が訪れると聞いているので、彼らの話を聞かされているのだろう。
「但し、わたくし作り話は好みませんの。ちゃんと、ご主人様の活躍を聞かせて下さいましね」
何処か拗ねたように、ラビは唇を尖らせる。大した功績も勲章も持ち合わせない落ちぶれた剣士ではあるが、嘘や他人の手柄を横取りするような作り話でなくとも若い娘の興味を引くくらいの旅路はあっただろう。それなら老人の思い出話で悪いが、と一言前置きを口にしてから思い出すように、どちらかというとこの街の移り変わりのような話をぽつりぽつりと口に出した。
自分がこの街出身ではなく一つ山を越えた向こうで暮らしていたこと。何やかやあって剣士になってこの街に来たこと。昔この街には冒険者ギルドが無く、離れた都市にあるギルドまで足を運ばなければならなかったこと。そもそもギルドで冒険者登録を済まさねば冒険者として認めては貰えないので、この街から冒険者を輩出する為に冒険者の候補生をギルドまで連れていくという依頼が発生していたことなど。話の端々に登場していたもののスクーダルの活躍の場は少ないものであったが、多少の尾鰭をつけて話してやると、ラビは穏やかな笑みを悪戯っぽいものに変えて「それでそれで?」と食い付いたり、時に目を丸めながら「あらまぁ!」と驚きの声を上げるのだった。
どれほどの時が経ったのだろう、反対側の腕もしっかりと手入れがされ、同じように蒸した布巾でオイルを拭い取られた。体を起こすよう促され、寝台の側面に足を投げ出し腰かけると、ラビはスクーダルの正面に中腰になり、スクーダルの節くれ立った両手を小さな手で包み込む。柔らかな肌は心地の良い温もりだったが、彼女は少々真面目な顔になっていた。
「基本の施術はこれにて終了なのですが、もう一点、追加の施術が御座います」
話には聞いていた。何をする店なのかは教えてもらえなかったのだが、「裏メニュー」というものが存在している、というざっくりとした説明だけは聞かされていた。特に冒険者、あと何故かギルド職員に好評らしいが、実のところスクーダルの目的は裏メニューにあった。しかつめらしい顔を作ってから、スクーダルはうむと低く頷く。既に両腕の施術は完了しており、凝り固まっていた腕はまるで羽のように軽い。使用したハーブのおかげで花畑のような芳香が逞しい腕から発せられること以外に特に気になることはない。
「実は、追加の施術というものは私も気になっていたのだ。話を聞かせて貰っても良いかな」
「畏まりました、準備が御座いますので暫くお待ちくださいませ」
ラビはすぐに笑みを浮かべ直すと、たくさん喋ったので喉が渇いたでしょうと一杯の紅茶を出してくれた。蜂蜜と生姜が使われていると説明された香り高い紅茶は初めてであったが、蜂蜜の仄かな甘みと生姜のピリリとした刺激で楽しめた。施術された腕や指先、更に足の方まで温かくなってくるような気分だ。
「お待たせ致しました」
カップの底に残った細かな生姜の欠片まで飲み干すかどうか逡巡しているところに、数枚の羊皮紙を抱えたラビが戻ってきた。スクーダルの座っている脇に羊皮紙をどさりと置くと、ラビはふぅと一つ息を吐いた。その羊皮紙には見覚えがあった。
紙というものは別段貴重なものではない。普通、市場に出回っているものは草や木を加工した、白い紙。先ほどここの受付であるアルファトが抱えていた帳面も、白い紙で出来ている。しかしながら、羊皮紙となると逆にそうでもない。動物の皮から作られるそれは、白い紙より上等なものとして扱われる。それを扱うのは王族や貴族が殆どではあるが、品質を落としたものは稀に街中でも目にすることがある。専らそれは冒険者ギルドで扱われている書類だ。貴族の扱う羊皮紙と区別するため、ギルドにはギルド用の刻印が予め印刷されており、赤黒い枠が羊皮紙の内側に引かれている。この枠の中には大抵、ギルドが発行する依頼の情報が記載されているが、ラビが持ってきた羊皮紙はギルドの刻印とその枠以外何も書かれていない。
彼女はいったい何者だろう。そう言えば、この屋敷を買い取る為に大量の金貨を抱えていたという。細腕の若い女性が、古いとはいえ貴族が建てた屋敷を一括で清算できるほど金貨を稼げるものなのか。ギルドの書類に使う羊皮紙がこんなにあるのだから、彼女はギルドの職員で、ここは冒険者用の慰安施設なのだろうか?
デスクからインク壺と羽根ペンを持ってきたラビは、長いスカートをくるりと翻しスクーダルに向き直る。
「一つ、確認をさせて頂きたいのですけれど」
「あぁ、何だ?」
ラビはやや上目遣い気味にスクーダルを窺い見る。まるで父親にものを強請る幼子のような仕草だ。
「ご主人様も、お背中に触れることを嫌がる方ですか?」
思いがけぬ質問に、スクーダルは返答に詰まった。
世間話でそろそろ間が持たなくなった頃、オイルを塗りこめた腕を蒸した布巾で丁寧に拭いながらラビが声をかけた。この店には様々な冒険者が訪れると聞いているので、彼らの話を聞かされているのだろう。
「但し、わたくし作り話は好みませんの。ちゃんと、ご主人様の活躍を聞かせて下さいましね」
何処か拗ねたように、ラビは唇を尖らせる。大した功績も勲章も持ち合わせない落ちぶれた剣士ではあるが、嘘や他人の手柄を横取りするような作り話でなくとも若い娘の興味を引くくらいの旅路はあっただろう。それなら老人の思い出話で悪いが、と一言前置きを口にしてから思い出すように、どちらかというとこの街の移り変わりのような話をぽつりぽつりと口に出した。
自分がこの街出身ではなく一つ山を越えた向こうで暮らしていたこと。何やかやあって剣士になってこの街に来たこと。昔この街には冒険者ギルドが無く、離れた都市にあるギルドまで足を運ばなければならなかったこと。そもそもギルドで冒険者登録を済まさねば冒険者として認めては貰えないので、この街から冒険者を輩出する為に冒険者の候補生をギルドまで連れていくという依頼が発生していたことなど。話の端々に登場していたもののスクーダルの活躍の場は少ないものであったが、多少の尾鰭をつけて話してやると、ラビは穏やかな笑みを悪戯っぽいものに変えて「それでそれで?」と食い付いたり、時に目を丸めながら「あらまぁ!」と驚きの声を上げるのだった。
どれほどの時が経ったのだろう、反対側の腕もしっかりと手入れがされ、同じように蒸した布巾でオイルを拭い取られた。体を起こすよう促され、寝台の側面に足を投げ出し腰かけると、ラビはスクーダルの正面に中腰になり、スクーダルの節くれ立った両手を小さな手で包み込む。柔らかな肌は心地の良い温もりだったが、彼女は少々真面目な顔になっていた。
「基本の施術はこれにて終了なのですが、もう一点、追加の施術が御座います」
話には聞いていた。何をする店なのかは教えてもらえなかったのだが、「裏メニュー」というものが存在している、というざっくりとした説明だけは聞かされていた。特に冒険者、あと何故かギルド職員に好評らしいが、実のところスクーダルの目的は裏メニューにあった。しかつめらしい顔を作ってから、スクーダルはうむと低く頷く。既に両腕の施術は完了しており、凝り固まっていた腕はまるで羽のように軽い。使用したハーブのおかげで花畑のような芳香が逞しい腕から発せられること以外に特に気になることはない。
「実は、追加の施術というものは私も気になっていたのだ。話を聞かせて貰っても良いかな」
「畏まりました、準備が御座いますので暫くお待ちくださいませ」
ラビはすぐに笑みを浮かべ直すと、たくさん喋ったので喉が渇いたでしょうと一杯の紅茶を出してくれた。蜂蜜と生姜が使われていると説明された香り高い紅茶は初めてであったが、蜂蜜の仄かな甘みと生姜のピリリとした刺激で楽しめた。施術された腕や指先、更に足の方まで温かくなってくるような気分だ。
「お待たせ致しました」
カップの底に残った細かな生姜の欠片まで飲み干すかどうか逡巡しているところに、数枚の羊皮紙を抱えたラビが戻ってきた。スクーダルの座っている脇に羊皮紙をどさりと置くと、ラビはふぅと一つ息を吐いた。その羊皮紙には見覚えがあった。
紙というものは別段貴重なものではない。普通、市場に出回っているものは草や木を加工した、白い紙。先ほどここの受付であるアルファトが抱えていた帳面も、白い紙で出来ている。しかしながら、羊皮紙となると逆にそうでもない。動物の皮から作られるそれは、白い紙より上等なものとして扱われる。それを扱うのは王族や貴族が殆どではあるが、品質を落としたものは稀に街中でも目にすることがある。専らそれは冒険者ギルドで扱われている書類だ。貴族の扱う羊皮紙と区別するため、ギルドにはギルド用の刻印が予め印刷されており、赤黒い枠が羊皮紙の内側に引かれている。この枠の中には大抵、ギルドが発行する依頼の情報が記載されているが、ラビが持ってきた羊皮紙はギルドの刻印とその枠以外何も書かれていない。
彼女はいったい何者だろう。そう言えば、この屋敷を買い取る為に大量の金貨を抱えていたという。細腕の若い女性が、古いとはいえ貴族が建てた屋敷を一括で清算できるほど金貨を稼げるものなのか。ギルドの書類に使う羊皮紙がこんなにあるのだから、彼女はギルドの職員で、ここは冒険者用の慰安施設なのだろうか?
デスクからインク壺と羽根ペンを持ってきたラビは、長いスカートをくるりと翻しスクーダルに向き直る。
「一つ、確認をさせて頂きたいのですけれど」
「あぁ、何だ?」
ラビはやや上目遣い気味にスクーダルを窺い見る。まるで父親にものを強請る幼子のような仕草だ。
「ご主人様も、お背中に触れることを嫌がる方ですか?」
思いがけぬ質問に、スクーダルは返答に詰まった。
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