メイドさんは最強の鑑定師

からあげ定食

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2話 異世界転移、始めました

2話②

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 辿ってきた轍は村に続いていなかったので、その先にはきっと大きな町でもあるのだろう。村は丸太で作った柵が張り巡らされていたが、門のようなものはなさそうだ。余所者でも泊めてくれる宿はあるだろうか、さっき採取した木の実類は買い取ってもらえるだろうか、などと様々な不安が胸を過ぎる。しかしこうどうしないわけにもいかず、ままよと村の正面らしき道から侵入を試みる。といっても普通に砂利道を進んでいるだけだが。
 小ぢんまりとした村ではあるが、柵の中に畑のようなものはなかった。所々に厩や飼育小屋のようなものがあるので、畜産や馬車馬の飼育で生計を立てているのだろうか。
 暫く歩いたところで、木を見上げて立っている十歳くらいの男の子と女の子の二人組と出会った。素朴なシャツとズボン姿の元気な赤毛の少年と、膝丈ほどのワンピースを着た亜麻色の髪の少女。あらあら可愛らしいなどとほっこりしていると、二人も兎海に気づいたようで、安堵したような、困ったような微妙な表情を浮かべた。

「お姉ちゃん、旅の人?」
「はい、あちらの丘から参りました」

 子供といえど異世界では先輩だ。召使いの様相も手伝って、あたかもどこぞの使用人がお使いで村を訪れたような体裁を取ることにした。あちら、と来た道を指し示してから振り返り、人見知りをしているであろう、少年の背に隠れた少女ににこりと微笑みかける。少女は慌てて少年の背に隠れ、その小さな肩から上目遣いでチラチラと此方の様子を伺ってくる。まるで小動物だ。

「あのね、チャタの髪飾りがね、飛んでっちゃって、木に引っかかっちゃったんだ。お姉ちゃん、届く?」

 少年が木の元に兎海を先導する。小さな手が伸ばした先には、茂った葉に絡まった水色のリボン。木は然程高くないが、枝の先でそよぐリボンは木に上ったところで届くまい。

「うーん、私でもちょっと足りないですね」

 試しに兎海がつま先立ちをして手を伸ばしても、指先にリボンがちょっと掠める程度。しっかり掴んで解いて下ろすには難しい。兎海の返答に、少年は一気に悲痛そうな面持ちになり、少女に至っては大きな青い瞳に涙を浮かべている。ここにいい感じの木の棒でもあれば……などと考えるが、それよりも確実な手がある。

「ねぇ坊や、私が担いであげるから、そうしたら届くのではないでしょうか」

 兎海が手を伸ばしてあと少しならば、その上に少年の座高が足されればしっかり届くだろう。見てわかるほどに落胆していた少年は、兎海の提案に呆気に取られたような顔をした。兎海は木の根元に紙袋を置くと、その場にしゃがみ込んで少年を手招きする。

「肩車、ってわかります?私の首を跨いで、しっかり腰を下ろして」
「うん、お父さんにやってもらったことある。で、でもお姉ちゃん……」
「ご安心を。坊やくらいなら私でも持ち上げられますよ」

 こともなげに言いながら、少年が足を通しやすいように首を下げる。少年は少し悩んでいたが、意を決して兎海の上に乗っかった。両肩に少年の重みを感じると、木の幹を支えに兎海はゆっくりと立ち上がる。

「大丈夫?」
「ええ、軽いものですわ。それじゃあ次は……お嬢ちゃん、髪飾りの下まで案内してくださる?」

 兎海が足を伸ばししっかり立ち上がると、おろおろしている少女ににこりと微笑みかける。心配そうに眉をへの字に垂らした少女だが、兎海の言葉を聞いてリボンが絡まっている枝の真下に移動してくれた。ありがとう、とお礼を言いながらその場所を譲ってもらうと、上の少年が手早くリボンを解いた。少年が下ろした手にリボンが握られたのを見ると、下ろしますから、また木の方にいきますね、と声をかけ、数歩の距離にある木の幹にまた手をかける。立ち上がったときと逆再生で木の根元にしゃがみ込み、少年を肩から下ろすと、少年は急ぎ足で少女の元へ向かった。スカートの裾を払いながら立ち上がった兎海の足元に、少年と少女が駆け寄ってくる。先のやり取りで警戒を解いてくれたらしく、少女は少年の背に隠れてはいなかった。

「お姉ちゃんありがと!」
「……ありがとう」

 可愛らしい少年少女のお辞儀を受け、破顔してしまいそうになるのをどうにか堪えながら、どう致しまして、と穏やかな笑顔で返す。刺激の多い繁華街で長年接客業をやってきた身としては、これしきの胸キュン展開でボロは出せない。

「お姉ちゃん、この村は初めてなんでしょ? オレたちでよかったら案内するよ!」

 取り戻したリボンを兎海が少女───チャタのハーフアップになった髪に結んでいると、少年───イルマが手を叩いて立ち上がった。先程のお礼も兼ねてということなのだろうが、その提案は兎海にもありがたかったので喜んでお願いすることにした。

「事情があってお金が無くて……途中で木の実を取ってきたのですが、これを買い取ってくれる方を知りませんか?」

 紙袋から先ほどの森で入手した果物を一つ取り出す。スモモのような大きさの、リンゴのような果物。すぐそこの森で採取したものなので、大した価値はないだろうが、換金できそうなものは他にない。イルマが「触っていい?」と聞くのでどうぞ、と果物を手渡す。イルマは大事そうに両の手で持ち上げて、上から下から様々な角度で眺めている。

「これ、お姉ちゃんが取ったの? どうやって?」
「どう、って……こう、木に成っているのをグイッと」

 引っ張るジェスチャーを加えつつ、森の中の出来事を話す。休んだ森の中に果物の成る木を見つけたので、自分で食べることも視野に入れて熟れているものを選んだ、ただそれだけだったが。

「お姉ちゃん凄いね! 食べれるツコの実を見分けられるんだ!」

 聞くところによるとその果物───ツコの実は熟すと自然と枝から落ちていくものらしい。熟していないものは苦味が強く食用には向かないので普通は木から直接捥いだりしない。また、落ちているものしか食べられないという認識なので、地面にぶつかったその皮は傷んでいることが多い。こんなキレイな実、見たことない!とイルマは楽しそうに笑う。奇跡とまではいかないが、まるで宝物を見つけたような表情で、イルマはチャタにもその実を見せてあげている。その様子を、兎海は微笑ましげに眺めている。

(あっっっっっっっぶな!)

 早速異世界との付き合い方を間違えたことに内心物凄く焦り倒しているが、接客業で培ってきた営業スマイルを保ちながら、昔から植物には詳しくて、とこともなげに答えて見せた。更に聞くところによると、ツコを栽培している農家では木全体を覆うようにして網をかけ、熟れたものが落ちても地面に落下しないように工夫がされているものも売りに出されているらしい。但しそれでもいくつか傷が付いてしまうので、傷が少ないほど高値で取引されると聞き、兎海は今度は胸の中でガッツポーズを決めた。

「ちょっとだけなら、市場じゃなくても、お母さんが買い取ってくれると思うよ」

 ツコの実は割と一般的に食べられているらしい。一般家庭では落ちていただかとか多少の傷だとかは気にしないため、子どものおやつにぴったりなのだとか。

「じゃあチャタの家に行こう!チャタのお母さんのお茶は美味しいんだよ」

 イルマの先導で村の中を進んでいく。然程広くない村ではあるが、いくつかの家の脇を通った先に二つの家が並んでいた。右側がチャタの家で、左側がイルマの家。互いの両親の仲がよく、二人も幼馴染みなのだそうだ。

「ただいま」
「こんにちはー」
「お邪魔します」

 三人が三様の挨拶をしてから玄関の扉をくぐる。なるほどRPGでよく見る民家のような、入った瞬間食卓テーブルが迎えてくれる間取りだ。チャタは小さな歩幅でパタパタとその奥へ去り、そしてエプロンをした女性の手を引いて戻ってくる。チャタの母親で、ダニアさんという。

「あらあら、お客様でしたか」
「お嬢さんにお茶に誘って頂きまして。初めまして、わたくし───ラビと申します」
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