メイドさんは最強の鑑定師

からあげ定食

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2話 異世界転移、始めました

2話③

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 「ラビ」というのは、兎海のウサギという字から連想される安易な渾名だった。ついでにメイドリフレをやっている時の源氏名も同じもの。兎海と名乗っても良かったのだが、ここ数年は本名よりラビと呼ばれることの方が多かった。それ故、呼ばれ慣れた名前の方が良いだろうと判断したのだ。
 イルマたちとテーブルを囲み、世間話に花を咲かせる。彼の言う通り、ダニアの淹れてくれるお茶はとても美味しかった。見た目は色の薄い紅茶のようだったが、ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。ハーブティーの一種だろうか、あとで茶葉名を聞いておかねば。

「お姉ちゃんはどこから来たの?」
「あの丘より、もっと遠いところです」
「一人で?」
「ええ、その……途中で路銀が尽きてしまって、馬車にも乗れず」

 お恥ずかしい、と苦笑しながら答える。素直に異世界から来たなどとは口が裂けても言えないので、「とあるお屋敷から暇を出された使用人」という体にしてある。イルマたちと同じくらいの年齢で奉公に出て、無休で下働きをしてきたのでこの辺りのことはよくわからない、遊びに行くこともなくよそ行きの服がないのでこの召使いの服を一式貰ってきた───そんな感じに繕った。子どもたちはともかく、ダニアも「それは大変だったでしょう」と頷いていたのでこの設定で行けると確信した。実は元の世界でTRPGなども少々嗜んでいたおかげで、この手のロールプレイは苦ではないのだ。但し本物の召使いではないので、実経験はほぼ無いのであるが、ここは小さな村の小さな民家なので、ボロが出ることもないだろう。無休で働いていたということもあり、今は解放感に満ち溢れているのだ、くらいに思ってもらえれば万々歳だ。

「あのね、お姉ちゃんね、ツコの実持ってきてくれたんだよ」
「とってもキレイなの」

 イルマとチャタのアシストで、ラビは思い出したように紙袋から木の実を四つ取り出す。

「お屋敷の傍に生えていたので、熟したものを見分けるのが得意になったのです」
「まぁ、本当に……市場で見るのと変わりないわ」

 ダニアは木の実を手に取って眺め、感心したように声を上げる。イルマが何故か自分のことのように胸を張っていたのをチェタに嗜められており、とても微笑ましい。
 ダニアがエプロンのポケットからカマボコ型のケース───どうやら小銭入れらしい───から銀貨を2枚取り出し、兎海に差し出した。木の実の買取料だろう。そういえば、この通貨の読み方は結局何だったのだろう。

「200モュよ、街でも小さな宿なら五日は泊めてくれると思うわ」


───モュ? めっちゃ発音しづらい。 ……というか、200?


「え、っと……四つで200……?」

 鑑定した時、この果物は確か30mと表示されていたように思う。状態の良いものなら高価に買い取ってくれるとは聞いていたが、流石に色がつきすぎなのではないか。

「この子たちがお世話になった方ですもの、このくらいは当然」

 自己紹介のあと、イルマとチェタがリボンを取った時の話をしていたのだ。イルマがふざけて髪を引っ張ったらリボンが解けてしまって、ちょうど吹いた突風で飛ばされ木に引っかかって黄昏ていた。それを救ってくれた恩人なのだと、矢張りイルマが武勇伝のように語っていた。悲劇の原因はイルマにあるのだが、そこは目を瞑ろうと思う。
 子どもたちと遊んでくれた手間賃だと暗に示されれば、兎海もその銀貨を有難く頂戴した。その上、他に通貨を持っていないのでお釣り頂戴と言われても対応できなかったのでその点でも助かった。

「そうだわ、良かったら今晩泊まってお行きなさいな」
「えっ!」

 突然の申し出に、兎海は口を付けた茶を吹き出しそうになった。カップにガチリと歯をぶつけこそしたものの押し止まり、周りを伺い見る。ダニアはとても嬉しそうにニコニコと微笑んでおり、チェタはほぼ無表情だったが大きな瞳は兎海を見つめキラキラと輝いている。イルマはチェタと兎海を交互に見やり、やれやれとばかりに首を横に振っていた。

「そ、それはとても有難いのですが、流石にご迷惑では……」

 仮初のではあるが身の上話をしたばかりの、何者かも知れぬ女を簡単に招き入れてしまって良いのか。兎海も犯罪者ではないので特に何か良からぬことをするつもりはないが。
 どうしたものかと兎海が唸っていると、チェタが椅子からぴょこんと飛び降り、トタトタと小走りに兎海の元へ近づいてきた。チェタの方に視線を下ろすと、兎海のスカートの裾をきゅっと摘み、こちらをじっと見上げてくる。口数少ない少女の大きな青い瞳は「泊まってくれなきゃ泣いちゃうぞ」と熱く雄弁に語っていた。

「チェタがそんなに懐いてるなんて珍しいの、この子ったら村の人にも人見知りしちゃって。だから、お願い」

 そこまで言われてしまっては仕方ない、と腹を括ることにした。実際、泊めてもらえるのは大変有難い。時間的には昼下がりで、この村を出て街に向かうには少々遅い時間だ。兎海がチェタに向き直り、柔らかな亜麻色の頭を優しく撫でる。

「ではお言葉に甘えて、一晩お邪魔させて頂きます」

 兎海がそう答えると、チェタが無言のまま思いきり飛びついてくる。まるで小型犬のようだ、などと思ってしまった。

 その晩仕事から帰宅したチェタの父が、客人にべったりくっついて甘えている娘の姿に大層悔し涙を流していたが、チェタが眠った後にダニアも交え三人で葡萄酒を酌み交わす頃には蟠りは溶けていた。
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