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2話 異世界転移、始めました

2話④

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 翌朝、四人分の朝食作りをするダニアを手伝い、村の中心にある井戸では子どもたちの日課らしい水汲みをチェタ、イルマと共にこなし、村の外れで作業するチェタの父に昼食を届け、同じものを弁当にしてもらい、更に昨日飲ませてもらった茶葉を少しだけ分けてもらってから、天気も良いので昼前に村を出ることにした。別れる際にチェタに大泣きされたが、落ち着いたらまた顔を出すと約束し、大きな街に向かう道に通じる門から村を後にする。

「いやー初日はイージーモードだったなぁ……この先も楽だったらいいんだけど」

 パステルピンクの紙袋を振り回しながら、晴れた陽気にふんふんと鼻歌まじりに進んでいく。一晩泊めてもらえたことに関してもそうだが、世間知らずな使用人を装ったおかげで様々な情報が手に入った。隣町や周辺の土地、国柄などもそうだが、矢張り大きいのはモンスターのことだろう。この辺りは獣系は居らず、虫系のモンスターばかりなので暮らしやすいのだそうだ。その虫も大きいものでは1メートルはあるらしいので、見た目だけでも十分に恐ろしいと思うのだが。ハチやムカデ、クモなんかは有毒であったりするので注意した方が良いだろう。幸い昨日は遭遇しなかったが、村の前の小さな森には大きなハチの巣があったらしい。奥に踏み入らなくて正解だった。
 更にもう一つ重要な話題として、魔法。異世界と聞いたらやはり一度は夢見てしまうものだ。しかしながら魔法は、生まれながらに魔力を持っていることと、その魔力を糧に各属性の精霊と契約を結ばないといけない。その上、魔法をコントロールするための訓練が必要になるらしい。
 また、魔法と同じような効果を齎す魔石というものが存在しており、種火、電灯、水を流す、などといった「生活魔法」が安価で数多く流通しているという。どうやら訓練の際の副産物で、火の魔法の特訓をしたら火の魔石が獲れる、という塩梅らしい。
 そこで兎海が疑問に思ったのは、鑑定である。兎海が指を振ればポンと出てくるそれは魔法ではないのかと。先に訓練が必要で、という話だったのでもしかすると使えるというのは伏せた方が良いのかもしれない。鑑定と相性の良い精霊というのも思い浮かばないし、召使が覚えていて良いものではないと思われる。サブカルチャーにどっぷり浸かった脳故に、どちらかといえば熟練度を積み重ねたスキルのようなものだろう、と判断した。
「村じゃウィンドウ出してる人いなかったもんなー。冒険者とかいればわかるかな」
 適当に予想を立てながらフリルのついたエプロンを翻すと、チャリ、と微かな金属音がした。ポケットに無造作に突っ込んだ銀貨二枚である。兎海はポケットから銀貨を取り出すと、キョロキョロと辺りを見回す。一本道で誰かに見られることもないと判断して、兎海は二本の指を振った。リン、と軽やかな音を立てて、鏡文字のウィンドウがひょこりと出てくる。どうやら人の横顔が彫られているほうが表のようである。

「えーと、なになに、100モュ硬貨……」


 100モュ硬貨
 アウスディクス王国の通過。単位はm。
 入手方法:簡単


「まぁそれしか言うことないわな」

 相変わらず発音しづらい単位ではあるが、気にしないことにした。200mはダニア曰く小さな宿なら五日は泊めてくれる額。恐らく宿泊費のみで食事は別途用意することになるだろう。ということは、マックス五日は泊まれない。早急に仕稼ぎ口を見つける必要があるが、この召使然とした女に何ができるというのだろうか。昨日のように森に入り、ツコの実を採取するか。少なくとも食事の代わりにはなるだろう。
 アウスディクス王国というのは今居るこの国の名前で、アウスディクス何世サマだとかが統治する由緒ある国だと聞いた。国境は険しい山脈で取り囲われているため、侵略に縁はない、比較的平和な国。それでも広い国土の中、いくつかの地域には国営の騎士団が設けられ、街では自警団なども存在しているとか。元居た世界も平和な国ではあったが、自衛隊や警察に加え、地域の見回りに町内会の人が駆り出されるなどあったので、治安が良いとはいえ警備は充実しているほうがよいのだろう。これから向かおうとしている町にも、自警団があるという。兎海自体、盗賊や罪人という訳ではないが、悪い意味で世話になるようなことがないよう気をつけようとは思っている。といっても、改めて何かしようという訳ではない。ただ、面倒ごとを起こさず平々凡々に暮らしていければ、それでよい。

「なんて言うと思うかッ! 異世界だぞ、異世界!」

 そう、異世界。例えイージーモードだろうがスタートダッシュが緩かろうが、ここはファンタジー溢れる世界なのだ。それを、今までと同じく大人しく生きていてどうする。怪我をするのは嫌なので冒険者になりたいなどとは言わないまでも、魔法だのモンスターだのと面白そうな単語が転がっているのだ、楽しまねば損だろう。

「そのためにはまず、情報だな」

 今しがた出てきた村での時間は有意義なものではあったが情報がまだ足りない。この世界での一般常識というものが未だ掴めずにいる。しかし、どう見ても成人済みの女性が一般常識を持ち合わせていないというのもおかしな話なので、誰彼構わず聞いて回るというのもよろしくない。差し障りなく、それとなく情報を引き出すためにはどうすれば良いか───一先ず、街に着くまでに策を立てることにした。


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次回 10/1 12:00 2話⑤ 更新予定
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