メイドさんは最強の鑑定師

からあげ定食

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2話 異世界転移、始めました

2話⑥

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 その頃街の入り口、門では。

「……なぁ、さっきの女なんだけど」

 門番の一人が、体は街の外に向けたまま視線だけを横に流し、隣に立つ男に声をかけた。先ほどまで投げていた明るい調子ではなく、幾分か控えめな硬い声は辺りに響かない。隣に立つ門番も、うむ、と唸るような返事をしながら神妙な面持ちで頷いた。

「この近辺に貴族の屋敷なんざない」
「でもどう見ても召使いだったよなぁ」
「荷物も果物しかなかった」
「覗いたの?」
「上から丸見えだった」

 そういえば彼女の提げていた紙製の鞄は蓋がなく上が開いていて、何かを隠すには向いていない構造をしていた。

「別に、持ち物の改めとかしてないし」
「宿を取ると言っていた。今日明日にこの街を抜けることはないだろう、報告だけはしておけ」
「あいよ」

 二人はさっさと会話を切り上げ、平和そうな街の外を見張ることにした。


 ラビは門番から話を聞いた、なるべくお安く泊まれる宿の前に立っていた。中央の大通りに面した豪華なものではなく、脇道を二つほど逸れた場所にある寂れた路地に佇む、小汚い建物。中からは既に宴会が始まっているのだろう、ガチャガチャガヤガヤとした喧騒が聞こえる。女性一人の宿泊には心許ないが、先立つ物もないので仕方ない。兎海は窓から、ちらと店内を除いた。
 建物の中は、これもRPGでよく見る、酒場と宿が一体化した間取り。広間には幾つもテーブルが並び、酒を片手に食事をする人々がそれを囲んでいる。広間の奥の両角にはカウンターが二つ。左が酒の並ぶ棚のあるカウンターで、右には木製の書類棚のあるカウンターがあり、正面に大きな階段。書類棚がある方が宿の受付で、2Fより上が宿泊施設だろう。
 心を決めて古めかしいスウィングドアを内側に押し開くと、錆びた蝶番がギィイと鳴いた。それを合図に、フロアの客が会話を止め、一斉に入り口に、兎海に向かう。兎海はゴクリ、と喉を鳴らした。

(……この感覚は、知っている)

 全身を舐めるような、値踏みするような視線。荒くれ者の集う酒場に場違いな女が紛れ込んでいる。それはまるで。

(王道カップリングの島に逆カプ・マイナーカプのスペースで配置されたときのような疎外感!)

 などと考えている間に、酒場の中は兎海のことなど忘れてしまったかのように宴会が再開されている。入り口から大きな音がしたから見てみた。珍しい格好の女がいた。それだけのことだったのだろう。
 若干の懐かしさを全身で感じていると、客の合間を縫ってウェイトレスらしき女性が躍り出てきた。

「いらっしゃい、お姉さん! 酒場はご覧のとおり満席なんだけど」
「いえ、宿をお借りしたくて参りました。そちらも満室でしょうか?」

 金の髪をサイドテールに結えたウェイトレスはにこりと微笑み、兎海の手を取ってまた人の波の中に飲まれていった。手を引かれるまま兎海もその間を通り抜けると、あっという間に店の奥───二つのカウンターの間に辿り着いていた。
 ウェイトレスの案内するまま右のカウンター───兎海の想定通り宿屋のもの───で三日分の宿泊費を払い、更にその奥の階段を上って扉の並ぶ廊下までやってくる。

「下のお店は一日中やってるから、お腹空いたら降りてきてね! 出かける時は向こうの階段使うといいよ」

 廊下の先に細い階段があり、酒場が繁盛している時間帯はそちらを使って外に出るらしい。某祭典での経験から人混みをかき分けて進むのは然程苦ではないが、毎度それは億劫だとは思っていたので有難く使わせてもらうことに決めた。ウェイトレスにひとつ礼をすると、彼女はヒラヒラと手を振って階段を駆け下りていった。

(名前くらい聞いておけばよかったかな)

 当てがわれた部屋に入り、扉を閉めてから兎海はふぅと一つため息を吐いた。酒場が24時間営業だとしても、彼女が一日中、毎日働いているとは限らない。宿泊している三日の間に会えたらでいいか、とハードルを低く設定してから、小さなベッドの上に紙袋を放り投げた。

「あっヤベ、ツコの実入ってんじゃん」

 折角傷ひとつない状態で採取したのに、乱暴に扱って傷がついたのでは笑えない。慌てて紙袋の中を確認したが、幸いなことに全て無事だった。
 腰に手を当て、さて、と意気込んでみるも、特にやることはない。元の世界での旅と違って、荷物はこの紙袋ひとつ。大きな旅行バッグを広げてやれ着替えだ化粧品だと取り出さなくてもよいのだ。

「いや待て。化粧品ないじゃん!」

 チェタの家にいる間は、ダニアに無理を言って化粧品一式をお借りした。流石に素っぴんでは外に出られないし、夜寝る前に化粧を落とさないという選択肢もない。その前に洗顔料もない。慌ててポケットの硬貨を確認する。ダニアがいうより少し高くついた三日分の宿泊費が減って、残り50m。場合によっては食事すらも危うい。

「うわヤッバ、イージーモードどころかハードモードか……」

 日が暮れるまで散策などと生温いことは言っていられない。小銭をエプロンではなくスカートの小さなポケットに仕舞い込んでから、今し方入ってきたばかりの扉を開き、廊下の先の細い階段ではなく、酒場に続く広い階段を降りていった。
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