メイドさんは最強の鑑定師

からあげ定食

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2話 異世界転移、始めました

2話⑦_完

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「皿洗いがしたいって?」

 酒の並ぶカウンターに佇むバーテンダー風の男に、手を合わせて頼み込む。

「皿洗いでも、窓ふきでも、何でもよいのです! 今すぐにではないのですが、お金が必要で!」

 バーテンダーはふぅん、と鼻を鳴らすような返事をして、視線を宿のカウンターの方に向ける。宿の受付はそれを受けて首を縦に振る。宿泊費を前払いしてあったおかげか、どうやら印象は悪くなかったようだ。

「雑用ならいっぱいあるからね、少しくらいいいでしょう」
「よかった……!」

 バーテンダーに厨房に案内され、皿洗いとゴミ捨ての任を仰せつかった。ついでに調理場用のエプロンも貸してもらう。大きな流し場に山のように積まれた木の食器に若干ひきつつ、陶器やガラスでない分割る心配がなくていい、とポジティブに考えることにした。
 流し場は厨房の奥にあり、酒場からは離れている。使用済みの食器と調理器具が配膳台の足元に並べられていくのを小走りで回収し、洗い場でしっかり洗浄して乾燥機へ持っていく。流し場から配膳台まで、流し場から乾燥機までを皿を抱えて往復するのは大変だったが、数人の若い衆が時折声をかけてくれた。
 広い厨房には料理人と料理人見習いがいる。酒場が盛り上がっていると見習いも雑用に回されてしまい料理をする機会が減ってしまう。それで洗い場やゴミ捨てに料理人以外の人手が入るのが有り難いらしく、若い見習いが激励してくれるのだ。よそ者である兎海が食材に触るわけには行かないので、兎海は皿洗いとゴミ捨てしかしない。それ故、雑用が減って感謝されるのである。

「お嬢さん、ありがとうね! 手荒れの薬、ここにあるから後で使って」
「ありがとうございます!」

 見習いの一人が保冷庫からひと抱えするほどの薬壺を取り出して、兎海の前で蓋を開けた。中には柑橘系の香りのするねっとりとしたクリームが入っている。冷やして使うのが一般的で、普段は保冷庫に入っているものを仕事終わりに塗って帰る習慣があるらしい。水仕事は手荒れと切ってもきれない関係にあるので、これは大変ありがたい。僅かに鼻腔をくすぐった爽やかな香りを楽しみながら、兎海はるんるんと鼻歌混じりに皿洗いを再開した。

「嬢ちゃん、召使いさんかい?」
「今は違いますけれどね。厨房にも居りませんでした」

 楽しそうに雑用をこなす兎海を見て、大きな鍋を掻き混ぜて煮詰めたり、食材を洗ったりと比較的目を離しても良さそうな作業をしている料理人や見習いたちは手を休めない程度に声をかけてくる。ここでもあの設定が通用するのだろうかと不安もあったが、金もなく単身で宿に泊まる召使いの女というのは多少数奇な運命を辿っていてもおかしくあるまい。兎海はまた、仮初の身の上話を語り始めた。


「嬢ちゃんも大変だなぁ」
「仕事見つからなかったら、ここに戻っておいで」
「賄いでよければご飯もあるからね」

 びっくりするくらい通用した。それもそのはず、森を抜けてこの街に来るまでの間に設定を練り直しておいたのだ。いくら何でも長年勤めたのに路銀があっさり尽きるのはおかしいとか、そもそもあっさりと解雇を言い渡す貴族が居るのかとか、設定が甘い箇所なら幾らでもあった。それをひとつひとつ解消するための設定を入念に練る必要があったのだ。
 しかしながら、この世界の常識を持ち合わせてない兎海は、仮初の設定をゼロから用意する気にはなれなかった。失業した召使いの話を盛ることは可能だったが、どこでぼろが出るかわからない。この世界で貴族がどの程度の権力を持つのかわからないため、勝手に名前を借りるわけにはいかないのだ。そこで兎海は───元の世界で起きた話をすることにした。
 まず、先述の理由から適当な貴族の名前を用意できない兎海は、「雇用先が貴族の屋敷ではない」という条件を満たさなければならない。しかし、召使いを使役する人間が貴族ではないというのもおかしい。よって、兎海は「召使いの格好をした召使いではない職業の者」を説明する必要があった。
 つまり、メイド喫茶である。といっても伝わらないので、「召使いのように見える制服」を身に纏った店員のいる、喫茶店。ある地方の限られた店では「会員制」で「召使いの格好をした女」に「給仕させるサービス」をする喫茶店があったのだと、兎海は語る。何も間違ったことは言っていない。但し、世界は異なるかもしれないが。
 その店が改装をする際に解雇され、要らなくなった制服───今、兎海が着ているもの───を退職金代わりに一着譲り受けた。この制服がとても好きで大事にしていたが、旅の途中で他の服をダメにしてしまい、路銀も尽きてこれしか着るものがない、ということにした。
 実際は喫茶店ではなかったのだが、リフレが通じるとは思わなかったし、貴族が没落したから召使が着の身着のまま解雇されたよりは辻褄が合う。その上、前の店は改装して名前も制服も変わってしまったから、そんな喫茶店が見つからなくても不思議ではない。

(この話はフィクションです。実在の人物や企業などには関係ありません……!)

 お決まりの文句を脳内テロップで表示させ、語り部かくやという口調で兎海は語り尽くしたのだった。


───
次回 10/9 12:00 2.5話 更新予定
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