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2.5話 寺田兎海の華々しきギルドデビュー
2.5話
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兎海はその日、日付が変わるまで厨房で雑用をこなした。厨房のコンロはやゴミ捨て場の焼却炉は家庭魔法が施されており誰でも簡単に使えること、食器乾燥機も温風の出る生活魔法で、大量の濡れた食器が3分ほどであっという間に乾くことなど、ちょっとした小ネタを身につけた兎海は宿の暗い部屋で初日給の150mを握りしめた。
「明日の予定、かぁ」
明日も厨房の雑用を手伝うと提案したのだが、陽の高いうちは仕事を探したほうがいいと一蹴されてしまった。一生雑用をするわけにもいかないことは理解していたので、一先ず今日は休むことにした。
兎海はメイド服を脱ぎ、下着姿になると硬いベッドに潜り込んだ。手荒れクリームを塗った手からは微かに柑橘系の香りがする。ひんやりと感じる手の甲に頬を当て、寝返りを打つ。
(ギルドの場所を聞いて、ラキシオンの詳細を聞いて、今日張った罠を見に行って……)
ラキシオンとやらが罠にかかっていますように、凶暴なモンスターじゃありませんように……途中からお祈りに似た願望を抱き、ゆっくりと眠りに落ちていった。
翌朝、メイド服に着替えツコの実を朝食代わりにしてから、宿屋で聞いたギルドへと足を運んだ。大通りに出てしばらく歩いた先に、正方形に近い造りの建物を見つける。雰囲気は郵便局のようだが、出入りする人影は軽装でも鎧をつけた冒険者のようである。
開け放たれた扉のない入り口を潜ると、奥に二つのカウンターが並んでいる。ひとつの前には鎧の冒険者が短い列を成しており、もう一つは大量の書類をカウンターの上に山積みにしている。恐らく後者が兎海の求めているものであろうとあたりをつけ、カウンターで書類と睨めっこしている受付嬢に声をかけた。
「商業ギルドの受付はこちらでよろしかったでしょうか?」
兎海が声をかけると、その存在に気付いていなかったのか受付嬢はパッと顔を上げ、横にのけていた丸眼鏡をかけ直した。ボブカットの赤毛が真っ白な頬を隠し、こちらを見つめるエメラルドのような瞳はまんまるで可愛らしい。
「いらっしゃいませ、商業ギルドにご用ですね」
椅子に座っていた受付嬢はよいしょと声をかけながら椅子から飛び降り、カウンターをぐるりと回ってこちら側にとてとてと走ってくる。彼女の背の高さはカウンターほどしかなかった。
「……小人?」
「はいっ! ハーフリングのパープと申します、以後お見知り置きを!」
(なるほど、亜人というものも存在するのか、それは盲点だった)
兎海は人種について、人間しかいないと思い込んでいたことを後悔した。魔物のいるファンタジー世界なのだから、人間以外にエルフやドワーフ、ハーフリングや獣人などが居てもおかしくはなかったのだ。
軽率にも小人などと呼んでしまったが、彼女───パープは気にした様子もなくニコニコと明るい笑みを浮かべている。
「し、失礼しました。ええと、商業ギルドに登録をしたいのですが、お願いできますか?」
「かしこまりました! すぐにご用意しますね、こちらのお部屋へ!」
パープはくるりと方向を変え、再度てとてとと走り、カウンターの横にある通路へ消えていった。慌ててその後ろを追うと、パープは一つの扉を開けて待っていた。
部屋の中は応接室で、豪奢なソファが置いてある。ここでお待ちください、とパープは部屋に入る前に姿を消してしまったが、用意をすると言っていたのできっと登録用の書類だのなんだのの準備をするのだろう。ソファに腰を下ろし、ぼんやりと応接室の中を眺めていると、廊下から短い歩幅の足音が聞こえた。パープが戻ってきたのだろう。
「お待たせしました! 済みませんが扉を開けてもらえませんか!」
言われるまま扉を開けると、パープはシルバーのトレイに紅茶を乗せて立っていた。
出された紅茶を飲みつつ、パープのテキパキとした説明を聞いてく。書類や資料に書かれている文字や、時折パープが書類に書き込む文字も、やはり日本語だった。自動翻訳なのか何なのかわからないが言語の壁がなくて良かったと内心で胸を撫で下ろしながら、書類に必要事項を埋めていく。名前、性別、年齢───そして住所。
「す、すみません……その、私、特定の住居がなくて」
「ああ、大丈夫ですよ!そういう某県者さんも多くいらっしゃいますので!一旦、この街の教会預かりという形にさせて頂きますね!」
あっさりと通ってしまった。これで登録完了です!とパープが小さなカードを手渡してくる。
「とはいえ、発行したてではただの紙切れですので、近日中に何か納品などしていただくのがよいかと思います!」
納品や採取を続け、経験値を積むとギルドガードが成長し、ランクが上がれば身分証や通行手形の代わりになるというマジックアイテムらしい。一度発行すれば一生使えるものなので、登録時が大胆で雑なものでも大丈夫なのだそうだ。
「どのくらいの納品があればよいか、という目安の確認はできますか?」
「大丈夫ですよ! 他にも質問があったら何でも仰ってください!」
ソファの上にふんぞり返ってドンと胸を叩くパープに、兎海は底意地の悪い炎を揺らめかせた視線を送った。
───
次回 10/13 12:00 3話① 更新予定
「明日の予定、かぁ」
明日も厨房の雑用を手伝うと提案したのだが、陽の高いうちは仕事を探したほうがいいと一蹴されてしまった。一生雑用をするわけにもいかないことは理解していたので、一先ず今日は休むことにした。
兎海はメイド服を脱ぎ、下着姿になると硬いベッドに潜り込んだ。手荒れクリームを塗った手からは微かに柑橘系の香りがする。ひんやりと感じる手の甲に頬を当て、寝返りを打つ。
(ギルドの場所を聞いて、ラキシオンの詳細を聞いて、今日張った罠を見に行って……)
ラキシオンとやらが罠にかかっていますように、凶暴なモンスターじゃありませんように……途中からお祈りに似た願望を抱き、ゆっくりと眠りに落ちていった。
翌朝、メイド服に着替えツコの実を朝食代わりにしてから、宿屋で聞いたギルドへと足を運んだ。大通りに出てしばらく歩いた先に、正方形に近い造りの建物を見つける。雰囲気は郵便局のようだが、出入りする人影は軽装でも鎧をつけた冒険者のようである。
開け放たれた扉のない入り口を潜ると、奥に二つのカウンターが並んでいる。ひとつの前には鎧の冒険者が短い列を成しており、もう一つは大量の書類をカウンターの上に山積みにしている。恐らく後者が兎海の求めているものであろうとあたりをつけ、カウンターで書類と睨めっこしている受付嬢に声をかけた。
「商業ギルドの受付はこちらでよろしかったでしょうか?」
兎海が声をかけると、その存在に気付いていなかったのか受付嬢はパッと顔を上げ、横にのけていた丸眼鏡をかけ直した。ボブカットの赤毛が真っ白な頬を隠し、こちらを見つめるエメラルドのような瞳はまんまるで可愛らしい。
「いらっしゃいませ、商業ギルドにご用ですね」
椅子に座っていた受付嬢はよいしょと声をかけながら椅子から飛び降り、カウンターをぐるりと回ってこちら側にとてとてと走ってくる。彼女の背の高さはカウンターほどしかなかった。
「……小人?」
「はいっ! ハーフリングのパープと申します、以後お見知り置きを!」
(なるほど、亜人というものも存在するのか、それは盲点だった)
兎海は人種について、人間しかいないと思い込んでいたことを後悔した。魔物のいるファンタジー世界なのだから、人間以外にエルフやドワーフ、ハーフリングや獣人などが居てもおかしくはなかったのだ。
軽率にも小人などと呼んでしまったが、彼女───パープは気にした様子もなくニコニコと明るい笑みを浮かべている。
「し、失礼しました。ええと、商業ギルドに登録をしたいのですが、お願いできますか?」
「かしこまりました! すぐにご用意しますね、こちらのお部屋へ!」
パープはくるりと方向を変え、再度てとてとと走り、カウンターの横にある通路へ消えていった。慌ててその後ろを追うと、パープは一つの扉を開けて待っていた。
部屋の中は応接室で、豪奢なソファが置いてある。ここでお待ちください、とパープは部屋に入る前に姿を消してしまったが、用意をすると言っていたのできっと登録用の書類だのなんだのの準備をするのだろう。ソファに腰を下ろし、ぼんやりと応接室の中を眺めていると、廊下から短い歩幅の足音が聞こえた。パープが戻ってきたのだろう。
「お待たせしました! 済みませんが扉を開けてもらえませんか!」
言われるまま扉を開けると、パープはシルバーのトレイに紅茶を乗せて立っていた。
出された紅茶を飲みつつ、パープのテキパキとした説明を聞いてく。書類や資料に書かれている文字や、時折パープが書類に書き込む文字も、やはり日本語だった。自動翻訳なのか何なのかわからないが言語の壁がなくて良かったと内心で胸を撫で下ろしながら、書類に必要事項を埋めていく。名前、性別、年齢───そして住所。
「す、すみません……その、私、特定の住居がなくて」
「ああ、大丈夫ですよ!そういう某県者さんも多くいらっしゃいますので!一旦、この街の教会預かりという形にさせて頂きますね!」
あっさりと通ってしまった。これで登録完了です!とパープが小さなカードを手渡してくる。
「とはいえ、発行したてではただの紙切れですので、近日中に何か納品などしていただくのがよいかと思います!」
納品や採取を続け、経験値を積むとギルドガードが成長し、ランクが上がれば身分証や通行手形の代わりになるというマジックアイテムらしい。一度発行すれば一生使えるものなので、登録時が大胆で雑なものでも大丈夫なのだそうだ。
「どのくらいの納品があればよいか、という目安の確認はできますか?」
「大丈夫ですよ! 他にも質問があったら何でも仰ってください!」
ソファの上にふんぞり返ってドンと胸を叩くパープに、兎海は底意地の悪い炎を揺らめかせた視線を送った。
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