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4話 薬師ロンロ
4話①
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商業ギルドで転機を迎えたのち、二日後の朝。予め三日分の宿泊代しか出していなかったので、そのまま宿を引き払った。すっかり仲良くなったウェイトレスや厨房の面々は別れをたいそう惜しんでくれたが、同じ街の中で住み込みで働く場所が決まったのだと告げると、彼らは自分のことのように喜んでくれた。
「追い出されたらまた戻っておいで」
「いつでもご飯食べに来てね!」
「弁当だって作ってやるよ」
「ありがとうございます、ではまた!」
宿のスウィングドアを抜け、大通りにやってきた兎海は、残りの一日で入手した基礎化粧品と簡素なワンピースを身につけている。いつまでもメイド姿のままでいるわけにはいかなかったし、手持ちも少ないので町娘程度の格好にしかならないのだが。因みにメイド服を鑑定すると、なぜかそこそこ良い防具だということが判明したので、今後は街を出るときにのみ着用することにした。まさかこれが戦闘服になるなどとは、どこのクライムガンアクション漫画かと頭も痛くなったが、別に重火器を持つだとか剣を振り回す予定はないので許されたい。
(ええと、もらった地図によると……)
化粧品や衣類の買い出しに行った日に、商業ギルドで紹介状と地図を受け取っていた。大通りを突っ切って、街の中心に立つ大きな像───建国した初代の王らしい───から放射状に伸びる街道の一つを、目印を頼りに進んでいく。
暫く大きな通りを歩いたのち、目印の一つである厩にたどり着く。大きな小屋に、二頭の馬が繋がれていた。その奥には幌のついた大きな馬車があった。動物に慣れ親しんでこなかった兎海だが別に嫌いというわけでもないので、馬借と馬たちにおはようございますと軽快に挨拶をしながら、小屋をぐるっと回って先の道を進んでいく。更にそこから二つほど路上に入ったところで、街端の高い壁側にぽつんと建つ、日当たりの悪い煉瓦造りの家を見つけた。二階建ての家の周りは庭なのだろうか、大きめの花壇というか、小さな畑があった。日の差し込まない畝にはぽつぽつと何かが生えていて、枯れたり腐ったりはしていないもののひどく寂れていた。
残念な畑を横切り、木製の扉に取り付けられたドアノッカーで4回扉を叩いた。が、暫く経っても返事はない。キサラからは、ロンロ氏はほとんど家の外に出ることがないと聞いている。だが、家の中にいるからといって客人を迎えるかといえばそうではない。意図して居留守を使う、或いは玄関に辿り着く前に力尽きるというのである。返事がなくてもノックをしたら入っていい、そう言われている。
「商業ギルドより派遣してまいりました、ラビと申します。開けますね」
一応、念のため名乗ってから玄関の扉を外側に開いた。ギ、と軋んだ音を立てる扉は重い。何かが押さえているというわけではなく、単純に蝶番が錆びているのだ。ここまで使われていないのか。ほんの少し開いた隙間から中を覗いてみるが、室内は朝だというのに薄暗い。家の中にも外にも、近くに誰もいないことを確認してから、兎海は全身に力を込め、壁と扉の間に手を滑り込ませ全力で扉をこじ開けた。閉じるときのことは考えない。
ようやっと人一人通れるほどの隙間が空いた扉にスルッと滑り込むようにして侵入する。じめじめした空気と、埃っぽい匂いがしたが、元居た世界の雨季に比べればどうということはない。
玄関を抜けると一本道の廊下で、右に三つ、左に一つ扉の締まった部屋がある。左奥には扉のない部屋があって、そこからうすぼんやりと日の光が差し込んでいる。歩くとギシギシと不穏な音を立てて軋み、うっすら足跡の残る埃の溜まった板張りの廊下を抜け、その先の扉のない部屋に向かった。うっすらほの明るい部屋を覗き込んでみると、そこはやや広めのダイニングキッチンだった。シンクにはおそらく調理ではないことに使用された、ビーカーやフラスコなどのガラス器具が不思議な色の液体を少量孕んだまま絶妙なバランスで山積みにされていた。本来ならば食卓であろう広めのテーブルにも、様々な機材がごちゃごちゃと置かれている。座るつもりがないのか、壁際に追いやられている四脚の椅子の上には、分厚い本が背凭れより高く積まれていた。
(まさかこの片付けもあたしがやるのか)
この液体が何かもわからないまま手を出すのは危ういが、それだけではない心労が兎海を襲い、額に手を当てて重苦しい溜息を吐いた。
その時。
ギシ、と廊下側から床板の軋む物音がした。何かが倒れでもしたかとダイニングから薄暗い廊下に首を出すと、黒い壁から人の頭が生えていた。
「「うわあああああ!?」」
響く、二人分の絶叫。
───
次回 11/2 12:00 4話② 更新予定
「追い出されたらまた戻っておいで」
「いつでもご飯食べに来てね!」
「弁当だって作ってやるよ」
「ありがとうございます、ではまた!」
宿のスウィングドアを抜け、大通りにやってきた兎海は、残りの一日で入手した基礎化粧品と簡素なワンピースを身につけている。いつまでもメイド姿のままでいるわけにはいかなかったし、手持ちも少ないので町娘程度の格好にしかならないのだが。因みにメイド服を鑑定すると、なぜかそこそこ良い防具だということが判明したので、今後は街を出るときにのみ着用することにした。まさかこれが戦闘服になるなどとは、どこのクライムガンアクション漫画かと頭も痛くなったが、別に重火器を持つだとか剣を振り回す予定はないので許されたい。
(ええと、もらった地図によると……)
化粧品や衣類の買い出しに行った日に、商業ギルドで紹介状と地図を受け取っていた。大通りを突っ切って、街の中心に立つ大きな像───建国した初代の王らしい───から放射状に伸びる街道の一つを、目印を頼りに進んでいく。
暫く大きな通りを歩いたのち、目印の一つである厩にたどり着く。大きな小屋に、二頭の馬が繋がれていた。その奥には幌のついた大きな馬車があった。動物に慣れ親しんでこなかった兎海だが別に嫌いというわけでもないので、馬借と馬たちにおはようございますと軽快に挨拶をしながら、小屋をぐるっと回って先の道を進んでいく。更にそこから二つほど路上に入ったところで、街端の高い壁側にぽつんと建つ、日当たりの悪い煉瓦造りの家を見つけた。二階建ての家の周りは庭なのだろうか、大きめの花壇というか、小さな畑があった。日の差し込まない畝にはぽつぽつと何かが生えていて、枯れたり腐ったりはしていないもののひどく寂れていた。
残念な畑を横切り、木製の扉に取り付けられたドアノッカーで4回扉を叩いた。が、暫く経っても返事はない。キサラからは、ロンロ氏はほとんど家の外に出ることがないと聞いている。だが、家の中にいるからといって客人を迎えるかといえばそうではない。意図して居留守を使う、或いは玄関に辿り着く前に力尽きるというのである。返事がなくてもノックをしたら入っていい、そう言われている。
「商業ギルドより派遣してまいりました、ラビと申します。開けますね」
一応、念のため名乗ってから玄関の扉を外側に開いた。ギ、と軋んだ音を立てる扉は重い。何かが押さえているというわけではなく、単純に蝶番が錆びているのだ。ここまで使われていないのか。ほんの少し開いた隙間から中を覗いてみるが、室内は朝だというのに薄暗い。家の中にも外にも、近くに誰もいないことを確認してから、兎海は全身に力を込め、壁と扉の間に手を滑り込ませ全力で扉をこじ開けた。閉じるときのことは考えない。
ようやっと人一人通れるほどの隙間が空いた扉にスルッと滑り込むようにして侵入する。じめじめした空気と、埃っぽい匂いがしたが、元居た世界の雨季に比べればどうということはない。
玄関を抜けると一本道の廊下で、右に三つ、左に一つ扉の締まった部屋がある。左奥には扉のない部屋があって、そこからうすぼんやりと日の光が差し込んでいる。歩くとギシギシと不穏な音を立てて軋み、うっすら足跡の残る埃の溜まった板張りの廊下を抜け、その先の扉のない部屋に向かった。うっすらほの明るい部屋を覗き込んでみると、そこはやや広めのダイニングキッチンだった。シンクにはおそらく調理ではないことに使用された、ビーカーやフラスコなどのガラス器具が不思議な色の液体を少量孕んだまま絶妙なバランスで山積みにされていた。本来ならば食卓であろう広めのテーブルにも、様々な機材がごちゃごちゃと置かれている。座るつもりがないのか、壁際に追いやられている四脚の椅子の上には、分厚い本が背凭れより高く積まれていた。
(まさかこの片付けもあたしがやるのか)
この液体が何かもわからないまま手を出すのは危ういが、それだけではない心労が兎海を襲い、額に手を当てて重苦しい溜息を吐いた。
その時。
ギシ、と廊下側から床板の軋む物音がした。何かが倒れでもしたかとダイニングから薄暗い廊下に首を出すと、黒い壁から人の頭が生えていた。
「「うわあああああ!?」」
響く、二人分の絶叫。
───
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