メイドさんは最強の鑑定師

からあげ定食

文字の大きさ
23 / 27
4話 薬師ロンロ

4話②

しおりを挟む
(……二人分?)

 微妙にハモらない声音が二つ。一つは兎海のもので、もう一つはこの生首のものだろう、男性の声。廊下から首を引っ込めてダイニングの入り口で縮こまった兎海は、先ほど見たものと聞こえた声を再度確かめようと扉枠に手を掛けた。
 が。
 先の二の舞は御免である。廊下に顔を出すのは止め、すぅ、と大きく息を吸った。少し埃っぽいが仕方あるまい。

「商業ギルドの紹介で参りました、ラビと申します!」

 腹の底から、というほどでもないが、接客で鍛えたハイトーンボイスを張り上げる。ハイトーンとと言ってもほんの数オクターブ高いだけで、音域は地声と大差ない。所謂アニメボイスと呼ばれる猫撫で声ではなく、電話口に立ったときに自然と出るよそ行きの声、と言ったところだろうか。

「……ギルドから?」

 驚愕に跳ねていた心臓が落ち着き出した頃、廊下から先ほどの男性の声が返ってきた。ついで、ギシ、ギシ、と一定の間隔で軋む音が聞こえる。古い床板の上を歩く音。普通に歩いてこちらに近づいているのであろう。兎海は扉枠から手を離し、部屋の奥へと移動し廊下側から距離をとった。薄暗い廊下に一つの影が落ち、そこからのっそりとした所作で人の足が生え、全身が見えてくる。
 陽に当たらない不健康そうな真っ白い肌をした背の高い男性。長く伸びた黒髪が顔を隠し、薄いアメジスト色の瞳が簾状の前髪の隙間から兎海を見ている。この世界の白衣とでもいうのだろうか、所々不思議な色の染みの出来ている白い薄手のコートを羽織った男が、キッチンに侵入する。

「ええと、薬師のロンロ様、でお間違い無いでしょうか?」
「……ああ、僕がロンロだ」
「………………」

 会話が続かない。ごく短い名乗りだけで自己紹介が済んでしまったので、取り敢えず兎海は肩に提げた紙袋から、商業ギルドから預かってきた封筒をロンロに手渡した。ロンロはそれを受け取ると、コートの内側から細いペーパーナイフを取り出してざくざくと気前良く封を開ける。二枚の用紙にざっと目を通すと、兎海の方へ紙面を突き付けた。

「私が見ても良いのでしょうか?」
「構わない」

 兎海が封筒ごと受け取ると、ギルドの掲示板に貼り付けられていたものと同じ形式の「薬師の助手」という依頼書一枚と、ラビを商業ギルドから派遣するので便宜を図るように、新人だから苛めないように、などと書かれた便箋一枚に軽く目を通した。

「そういえば依頼書をしっかり拝見しておりませんでしたわ」

 昨日とんとん拍子で依頼が決まったものの、キサラ副所長たちからは「調理技能があればいい」くらいにしか聞かされていなかったし、兎海もいろいろあってそこまで気が回らずに詳細を確認しそびれていたのを思い出した。


 要項:薬師の助手
 依頼人:ロンロ・デヴァリ
 期間:3日 ~ 任意
 内容:商業ギルドへの納品作業、薬品の調合、材料調達 他雑務
 報酬:300m/日
    成果報酬有 物品支給可 空室有 三食別
 備考:調合、調理技能優遇


「3日に一度、ロンロ様の調合された薬品をギルドに納品するお使いが主な業務で宜しいですか?」
「ああ」

 しかし返事が短い。気難しくて人付き合いに向かないと聞いていたが、確かにこれではコミュニケーションが不足すること請け合いだ。加えて、だらしないというか見窄らしい身なりは、サブカルチャーにはよくあるスレテオタイプの研究者ってこんな感じだったなぁなどと少し懐かしくも思えるが、決して褒められてたものでは無いと記憶している。言い方は悪いが「コミュ障なオタク」のようなものだろうか。

「空室というのは?」
「上に寝室が幾つかある」
「住み込みと聞いておりましたので、一室お借りできるということですね。案内をお願いできますか?」

 ロンロは一つ頷くと、その場できびすをかえし、暗い廊下へと戻っていった。その後ろをついていくが、彼の歩調はひどくゆっくりとしていた。ぎし、ぎし、と歩くたびに床が悲鳴を上げる廊下を渡り、ロンロが暗闇に向かって方向転換すると、そのまま壁に吸い込まれていった。何事かと身構えたが、そこにはどうやら階段があるらしい。闇の中、ロンロの白衣だけがうすぼんやりと浮かび上がっている。これは夜に見てはいけないやつだ、などと勝手なことを考えてしまう。
 そういえば先ほど廊下でみた生首、あれはこの階段からキッチンに向けて首だけを出したロンロだったのだろう。ロンロからも同じくキッチンから生首が生えたように見えたに違いない。真っ暗な廊下に差し込むキッチンと玄関からの光が、お互いを逆光にしたのだろう。
 コの字に曲がった階段を上り切れば、一階部よりは比較的明るい廊下に辿り着く。正面に三つ、階段の両脇に二つ、部屋がある。一階と間取りは変わらないようだ。ロンロは階段から向かって右側の、玄関側にある部屋に向かい、扉を開いた。
 中を覗かせてもらうと、机と椅子、何も詰まっていない背の高い本棚、小さめのクローゼット、木枠にマットレスだけが乗ったシングルベットが一つの、シンプルな部屋だった。

「シーツやクッションは一階にある」
「ありがとうございます、適当にお借りしますね。他の部屋も見せて頂いても?」

 兎海はたった一つの荷物である紙袋を机の上に置いて、言葉数の少ない依頼主に建物の案内を頼んだ。


───
次回 11/4 12:00 4話③ 更新予定
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

処理中です...