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4話 薬師ロンロ
4話②
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(……二人分?)
微妙にハモらない声音が二つ。一つは兎海のもので、もう一つはこの生首のものだろう、男性の声。廊下から首を引っ込めてダイニングの入り口で縮こまった兎海は、先ほど見たものと聞こえた声を再度確かめようと扉枠に手を掛けた。
が。
先の二の舞は御免である。廊下に顔を出すのは止め、すぅ、と大きく息を吸った。少し埃っぽいが仕方あるまい。
「商業ギルドの紹介で参りました、ラビと申します!」
腹の底から、というほどでもないが、接客で鍛えたハイトーンボイスを張り上げる。ハイトーンとと言ってもほんの数オクターブ高いだけで、音域は地声と大差ない。所謂アニメボイスと呼ばれる猫撫で声ではなく、電話口に立ったときに自然と出るよそ行きの声、と言ったところだろうか。
「……ギルドから?」
驚愕に跳ねていた心臓が落ち着き出した頃、廊下から先ほどの男性の声が返ってきた。ついで、ギシ、ギシ、と一定の間隔で軋む音が聞こえる。古い床板の上を歩く音。普通に歩いてこちらに近づいているのであろう。兎海は扉枠から手を離し、部屋の奥へと移動し廊下側から距離をとった。薄暗い廊下に一つの影が落ち、そこからのっそりとした所作で人の足が生え、全身が見えてくる。
陽に当たらない不健康そうな真っ白い肌をした背の高い男性。長く伸びた黒髪が顔を隠し、薄いアメジスト色の瞳が簾状の前髪の隙間から兎海を見ている。この世界の白衣とでもいうのだろうか、所々不思議な色の染みの出来ている白い薄手のコートを羽織った男が、キッチンに侵入する。
「ええと、薬師のロンロ様、でお間違い無いでしょうか?」
「……ああ、僕がロンロだ」
「………………」
会話が続かない。ごく短い名乗りだけで自己紹介が済んでしまったので、取り敢えず兎海は肩に提げた紙袋から、商業ギルドから預かってきた封筒をロンロに手渡した。ロンロはそれを受け取ると、コートの内側から細いペーパーナイフを取り出してざくざくと気前良く封を開ける。二枚の用紙にざっと目を通すと、兎海の方へ紙面を突き付けた。
「私が見ても良いのでしょうか?」
「構わない」
兎海が封筒ごと受け取ると、ギルドの掲示板に貼り付けられていたものと同じ形式の「薬師の助手」という依頼書一枚と、ラビを商業ギルドから派遣するので便宜を図るように、新人だから苛めないように、などと書かれた便箋一枚に軽く目を通した。
「そういえば依頼書をしっかり拝見しておりませんでしたわ」
昨日とんとん拍子で依頼が決まったものの、キサラ副所長たちからは「調理技能があればいい」くらいにしか聞かされていなかったし、兎海もいろいろあってそこまで気が回らずに詳細を確認しそびれていたのを思い出した。
要項:薬師の助手
依頼人:ロンロ・デヴァリ
期間:3日 ~ 任意
内容:商業ギルドへの納品作業、薬品の調合、材料調達 他雑務
報酬:300m/日
成果報酬有 物品支給可 空室有 三食別
備考:調合、調理技能優遇
「3日に一度、ロンロ様の調合された薬品をギルドに納品するお使いが主な業務で宜しいですか?」
「ああ」
しかし返事が短い。気難しくて人付き合いに向かないと聞いていたが、確かにこれではコミュニケーションが不足すること請け合いだ。加えて、だらしないというか見窄らしい身なりは、サブカルチャーにはよくあるスレテオタイプの研究者ってこんな感じだったなぁなどと少し懐かしくも思えるが、決して褒められてたものでは無いと記憶している。言い方は悪いが「コミュ障なオタク」のようなものだろうか。
「空室というのは?」
「上に寝室が幾つかある」
「住み込みと聞いておりましたので、一室お借りできるということですね。案内をお願いできますか?」
ロンロは一つ頷くと、その場できびすをかえし、暗い廊下へと戻っていった。その後ろをついていくが、彼の歩調はひどくゆっくりとしていた。ぎし、ぎし、と歩くたびに床が悲鳴を上げる廊下を渡り、ロンロが暗闇に向かって方向転換すると、そのまま壁に吸い込まれていった。何事かと身構えたが、そこにはどうやら階段があるらしい。闇の中、ロンロの白衣だけがうすぼんやりと浮かび上がっている。これは夜に見てはいけないやつだ、などと勝手なことを考えてしまう。
そういえば先ほど廊下でみた生首、あれはこの階段からキッチンに向けて首だけを出したロンロだったのだろう。ロンロからも同じくキッチンから生首が生えたように見えたに違いない。真っ暗な廊下に差し込むキッチンと玄関からの光が、お互いを逆光にしたのだろう。
コの字に曲がった階段を上り切れば、一階部よりは比較的明るい廊下に辿り着く。正面に三つ、階段の両脇に二つ、部屋がある。一階と間取りは変わらないようだ。ロンロは階段から向かって右側の、玄関側にある部屋に向かい、扉を開いた。
中を覗かせてもらうと、机と椅子、何も詰まっていない背の高い本棚、小さめのクローゼット、木枠にマットレスだけが乗ったシングルベットが一つの、シンプルな部屋だった。
「シーツやクッションは一階にある」
「ありがとうございます、適当にお借りしますね。他の部屋も見せて頂いても?」
兎海はたった一つの荷物である紙袋を机の上に置いて、言葉数の少ない依頼主に建物の案内を頼んだ。
───
次回 11/4 12:00 4話③ 更新予定
微妙にハモらない声音が二つ。一つは兎海のもので、もう一つはこの生首のものだろう、男性の声。廊下から首を引っ込めてダイニングの入り口で縮こまった兎海は、先ほど見たものと聞こえた声を再度確かめようと扉枠に手を掛けた。
が。
先の二の舞は御免である。廊下に顔を出すのは止め、すぅ、と大きく息を吸った。少し埃っぽいが仕方あるまい。
「商業ギルドの紹介で参りました、ラビと申します!」
腹の底から、というほどでもないが、接客で鍛えたハイトーンボイスを張り上げる。ハイトーンとと言ってもほんの数オクターブ高いだけで、音域は地声と大差ない。所謂アニメボイスと呼ばれる猫撫で声ではなく、電話口に立ったときに自然と出るよそ行きの声、と言ったところだろうか。
「……ギルドから?」
驚愕に跳ねていた心臓が落ち着き出した頃、廊下から先ほどの男性の声が返ってきた。ついで、ギシ、ギシ、と一定の間隔で軋む音が聞こえる。古い床板の上を歩く音。普通に歩いてこちらに近づいているのであろう。兎海は扉枠から手を離し、部屋の奥へと移動し廊下側から距離をとった。薄暗い廊下に一つの影が落ち、そこからのっそりとした所作で人の足が生え、全身が見えてくる。
陽に当たらない不健康そうな真っ白い肌をした背の高い男性。長く伸びた黒髪が顔を隠し、薄いアメジスト色の瞳が簾状の前髪の隙間から兎海を見ている。この世界の白衣とでもいうのだろうか、所々不思議な色の染みの出来ている白い薄手のコートを羽織った男が、キッチンに侵入する。
「ええと、薬師のロンロ様、でお間違い無いでしょうか?」
「……ああ、僕がロンロだ」
「………………」
会話が続かない。ごく短い名乗りだけで自己紹介が済んでしまったので、取り敢えず兎海は肩に提げた紙袋から、商業ギルドから預かってきた封筒をロンロに手渡した。ロンロはそれを受け取ると、コートの内側から細いペーパーナイフを取り出してざくざくと気前良く封を開ける。二枚の用紙にざっと目を通すと、兎海の方へ紙面を突き付けた。
「私が見ても良いのでしょうか?」
「構わない」
兎海が封筒ごと受け取ると、ギルドの掲示板に貼り付けられていたものと同じ形式の「薬師の助手」という依頼書一枚と、ラビを商業ギルドから派遣するので便宜を図るように、新人だから苛めないように、などと書かれた便箋一枚に軽く目を通した。
「そういえば依頼書をしっかり拝見しておりませんでしたわ」
昨日とんとん拍子で依頼が決まったものの、キサラ副所長たちからは「調理技能があればいい」くらいにしか聞かされていなかったし、兎海もいろいろあってそこまで気が回らずに詳細を確認しそびれていたのを思い出した。
要項:薬師の助手
依頼人:ロンロ・デヴァリ
期間:3日 ~ 任意
内容:商業ギルドへの納品作業、薬品の調合、材料調達 他雑務
報酬:300m/日
成果報酬有 物品支給可 空室有 三食別
備考:調合、調理技能優遇
「3日に一度、ロンロ様の調合された薬品をギルドに納品するお使いが主な業務で宜しいですか?」
「ああ」
しかし返事が短い。気難しくて人付き合いに向かないと聞いていたが、確かにこれではコミュニケーションが不足すること請け合いだ。加えて、だらしないというか見窄らしい身なりは、サブカルチャーにはよくあるスレテオタイプの研究者ってこんな感じだったなぁなどと少し懐かしくも思えるが、決して褒められてたものでは無いと記憶している。言い方は悪いが「コミュ障なオタク」のようなものだろうか。
「空室というのは?」
「上に寝室が幾つかある」
「住み込みと聞いておりましたので、一室お借りできるということですね。案内をお願いできますか?」
ロンロは一つ頷くと、その場できびすをかえし、暗い廊下へと戻っていった。その後ろをついていくが、彼の歩調はひどくゆっくりとしていた。ぎし、ぎし、と歩くたびに床が悲鳴を上げる廊下を渡り、ロンロが暗闇に向かって方向転換すると、そのまま壁に吸い込まれていった。何事かと身構えたが、そこにはどうやら階段があるらしい。闇の中、ロンロの白衣だけがうすぼんやりと浮かび上がっている。これは夜に見てはいけないやつだ、などと勝手なことを考えてしまう。
そういえば先ほど廊下でみた生首、あれはこの階段からキッチンに向けて首だけを出したロンロだったのだろう。ロンロからも同じくキッチンから生首が生えたように見えたに違いない。真っ暗な廊下に差し込むキッチンと玄関からの光が、お互いを逆光にしたのだろう。
コの字に曲がった階段を上り切れば、一階部よりは比較的明るい廊下に辿り着く。正面に三つ、階段の両脇に二つ、部屋がある。一階と間取りは変わらないようだ。ロンロは階段から向かって右側の、玄関側にある部屋に向かい、扉を開いた。
中を覗かせてもらうと、机と椅子、何も詰まっていない背の高い本棚、小さめのクローゼット、木枠にマットレスだけが乗ったシングルベットが一つの、シンプルな部屋だった。
「シーツやクッションは一階にある」
「ありがとうございます、適当にお借りしますね。他の部屋も見せて頂いても?」
兎海はたった一つの荷物である紙袋を机の上に置いて、言葉数の少ない依頼主に建物の案内を頼んだ。
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