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4話 薬師ロンロ
4話③
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二階は三つ並んだ部屋のうち真ん中が空室で、その奥がロンロの自室になっている。階段側の少し広めの部屋は、一つが実験室、もう一つが機材の詰め込まれた準備室のような扱いだった。普段ロンロは実験室に篭りきりで、自室に戻ることもあまりないらしい。確かに、廊下に積もった埃は実験室の前に足跡を多く作っている。
準備室(仮名)を軽く拝見させてもらったが、確かに中学高校の理科準備室にこれでもかとばかりに実験器具を詰め込んだ様相だった。ギリギリ足の踏み場はあるが、積み重なった木箱の上にガラス器具や束ねられていない紙類が乗っていたりするので下手に動くと雪崩を起こしてしまうだろう。
取り敢えず現状維持ということにしておいて、二人は一階部へ降りていった。
階段を降りた先、正面の三つの下手は、玄関側から応接室、リネン室、洗面所。洗面所の中には更に二つ扉があって、それぞれトイレとシャワールームがある。浴槽はないようだ。残念。
洗面所の正面がダイニングキッチンで、玄関側の広い部屋は応接室。昔は商談にでも使われていたのだろうか、埃をかぶったソファのセットが置いてある。言葉通りの意味で全く使われていない、人の出入りがない部屋だ。
一通り部屋の案内が済んだところで、これからの話をするために兎海はロンロを伴いキッチンへ向かった。話をするなら応接間の方が良いのでは、と思うのだが、掃除が行き届いていないので却下である。
壁際に追いやられていた椅子の上の本を床に適当に積み、ごちゃごちゃとしたテーブルの上に先程ロンロに見せてもらった依頼書を広げる。
「改めて、ご依頼の確認をさせていただきますわね」
ロンロは肩身の狭そうな様子で椅子に座り、背中を丸めて首を落とし、依頼書と兎海の顔を見比べた。「確認はさっきもした」か「ここに書いてあることが全てだ」とでも言いたそうな目をしている。
「主な業務はギルドに薬品を納品すること、これは先程確認させていただきました」
トン、と細い指で依頼内容を指差す。そのままゆっくりと右側へスライドさせ、次の単語「薬品の調合」へ移る。
「わたくし錬金術の技能を所持しておりますので、お役に立てることがあるかもしれません」
「そうか」
「ですが、生まれてこの方錬金術を教わってきませんでしたので、技術をご教示いただけると助かりますわ」
「わかった」
相手の口数が少ないとわかっているのだから、あらかじめ此方からグイグイいく。それでなくとも技能の使い方なんて鑑定しか分からないのだから、いきなりやってみろなどと言われてはたまったものではない。なので「知らない」「やったことがない」をふんだんに織り混ぜ、提案や妥協案を逐一捻り出し、「都度やり方を教えろ」と口を酸っぱくして伝え、確認作業を進める。
材料調達。これは作る薬品によって変わってくるが、森の外で薬草を採取する方法、街の市場で仕入れる方法、庭の花壇で栽培する方法の三通りを勧められた。ロンロは家を出ないと聞いているので普段はどうしていたのかと聞くと、ギルド経由で必要なものを届けてもらっているらしい。これは市場で仕入れるだと思えば良いのだろうか。
他雑務については、本当に雑務だった。ロンロが実験屋から出たくないため、それ以外の業務を担ってほしいというもの。家の掃除、洗濯、料理……更に付け加えれば、玄関の蝶番の油差しや花壇の手入れ。助手というよりも家政婦、庭師に近い。
依頼書に這わせた兎海の指は神経質気味にトントンと「他雑務」と書かれた部分を叩き、逆の手ではこめかみを押さえている。
(雑務って書いときゃ許されると思ってんのか……?)
この手口は、過去によく見た。募集職種と業務内容が一致しないパターン。件のメイドリフレでも同じようなことはあった。兎海は立ち上げメンバー故に他のアルバイトスタッフよりもいろんな業務を押し付けられていたのに、ほんの少し給金に差があったとはいえ福利厚生的な面では彼女らと何ら変わらないものだった。若い頃はアルバイト稼業が楽しくてなんでもホイホイやっていたが、数年もすれば体良く扱われているに過ぎないことを悟った。
(こんなところまで来て、同じように扱われてたまるか)
過去に囚われた元ハイスペックメイドもどきは、自分が凶悪な顔付きになっていることにも、それを見た依頼主がちょっと怯えていることにも気付いていなかった。
「ロンロ様」
「はい」
兎海が依頼書から顔を上げロンロに向き直ると、彼はガバッと顔を上げ先程まで丸まっていた背筋をピンと伸ばしてそこに直った。顔付きも些か緊張しているように見えたが、兎海には原因がわからない。しかしながら、まるで叱られ待ちといったロンロの姿を見ると、先程まで険しかった兎海の表情も幾ばくか綻んだ。ため息混じりにふふっと笑いを零してから、それでもトゲを孕んだ険のある言葉でロンロに向かう。
「依頼料のご相談をさせて頂きたいのですけれど」
にっこりと微笑んでいるのに強い圧を感じる兎海の姿に、ロンロはこくこくと小刻みに首を縦に振るしかなかった。
───
次回 11/6 12:00 4話④ 更新予定
準備室(仮名)を軽く拝見させてもらったが、確かに中学高校の理科準備室にこれでもかとばかりに実験器具を詰め込んだ様相だった。ギリギリ足の踏み場はあるが、積み重なった木箱の上にガラス器具や束ねられていない紙類が乗っていたりするので下手に動くと雪崩を起こしてしまうだろう。
取り敢えず現状維持ということにしておいて、二人は一階部へ降りていった。
階段を降りた先、正面の三つの下手は、玄関側から応接室、リネン室、洗面所。洗面所の中には更に二つ扉があって、それぞれトイレとシャワールームがある。浴槽はないようだ。残念。
洗面所の正面がダイニングキッチンで、玄関側の広い部屋は応接室。昔は商談にでも使われていたのだろうか、埃をかぶったソファのセットが置いてある。言葉通りの意味で全く使われていない、人の出入りがない部屋だ。
一通り部屋の案内が済んだところで、これからの話をするために兎海はロンロを伴いキッチンへ向かった。話をするなら応接間の方が良いのでは、と思うのだが、掃除が行き届いていないので却下である。
壁際に追いやられていた椅子の上の本を床に適当に積み、ごちゃごちゃとしたテーブルの上に先程ロンロに見せてもらった依頼書を広げる。
「改めて、ご依頼の確認をさせていただきますわね」
ロンロは肩身の狭そうな様子で椅子に座り、背中を丸めて首を落とし、依頼書と兎海の顔を見比べた。「確認はさっきもした」か「ここに書いてあることが全てだ」とでも言いたそうな目をしている。
「主な業務はギルドに薬品を納品すること、これは先程確認させていただきました」
トン、と細い指で依頼内容を指差す。そのままゆっくりと右側へスライドさせ、次の単語「薬品の調合」へ移る。
「わたくし錬金術の技能を所持しておりますので、お役に立てることがあるかもしれません」
「そうか」
「ですが、生まれてこの方錬金術を教わってきませんでしたので、技術をご教示いただけると助かりますわ」
「わかった」
相手の口数が少ないとわかっているのだから、あらかじめ此方からグイグイいく。それでなくとも技能の使い方なんて鑑定しか分からないのだから、いきなりやってみろなどと言われてはたまったものではない。なので「知らない」「やったことがない」をふんだんに織り混ぜ、提案や妥協案を逐一捻り出し、「都度やり方を教えろ」と口を酸っぱくして伝え、確認作業を進める。
材料調達。これは作る薬品によって変わってくるが、森の外で薬草を採取する方法、街の市場で仕入れる方法、庭の花壇で栽培する方法の三通りを勧められた。ロンロは家を出ないと聞いているので普段はどうしていたのかと聞くと、ギルド経由で必要なものを届けてもらっているらしい。これは市場で仕入れるだと思えば良いのだろうか。
他雑務については、本当に雑務だった。ロンロが実験屋から出たくないため、それ以外の業務を担ってほしいというもの。家の掃除、洗濯、料理……更に付け加えれば、玄関の蝶番の油差しや花壇の手入れ。助手というよりも家政婦、庭師に近い。
依頼書に這わせた兎海の指は神経質気味にトントンと「他雑務」と書かれた部分を叩き、逆の手ではこめかみを押さえている。
(雑務って書いときゃ許されると思ってんのか……?)
この手口は、過去によく見た。募集職種と業務内容が一致しないパターン。件のメイドリフレでも同じようなことはあった。兎海は立ち上げメンバー故に他のアルバイトスタッフよりもいろんな業務を押し付けられていたのに、ほんの少し給金に差があったとはいえ福利厚生的な面では彼女らと何ら変わらないものだった。若い頃はアルバイト稼業が楽しくてなんでもホイホイやっていたが、数年もすれば体良く扱われているに過ぎないことを悟った。
(こんなところまで来て、同じように扱われてたまるか)
過去に囚われた元ハイスペックメイドもどきは、自分が凶悪な顔付きになっていることにも、それを見た依頼主がちょっと怯えていることにも気付いていなかった。
「ロンロ様」
「はい」
兎海が依頼書から顔を上げロンロに向き直ると、彼はガバッと顔を上げ先程まで丸まっていた背筋をピンと伸ばしてそこに直った。顔付きも些か緊張しているように見えたが、兎海には原因がわからない。しかしながら、まるで叱られ待ちといったロンロの姿を見ると、先程まで険しかった兎海の表情も幾ばくか綻んだ。ため息混じりにふふっと笑いを零してから、それでもトゲを孕んだ険のある言葉でロンロに向かう。
「依頼料のご相談をさせて頂きたいのですけれど」
にっこりと微笑んでいるのに強い圧を感じる兎海の姿に、ロンロはこくこくと小刻みに首を縦に振るしかなかった。
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