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4話 薬師ロンロ

4話④

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 兎海はロンロにペンとインクを借り、依頼書に付属していた手紙の裏側を使って簡単なリストを作った。「納品作業」「薬品の調合」「材料調達」と主だった三つの項目を作り、日当の300mを走り書きする。

「まずは最低日当300mとございますが、これは1納品毎に払われるのでしょうか?」

 納品を300と線で繋ぐ。兎海の手元を見ていたロンロは多少恐る恐るといった風ではあったが顔を上げて口を開いた。

「ああ」
「では例えば残りの2日のうちに調合であったり、材料調達を行えば別途支払われる認識で宜しいですか?」
「そうだ」

 がり、と白い紙をペン先で引っ掻き線を足していく。
 曰く、ギルドに一定の量の薬品を納品するノルマがロンロにはあり、その作成を助手として手伝うわけであるが、ロンロのノルマを超えて作った分や、採取して余った薬草類をギルドに持ち込んで換金しても構わないというもの。故に、「成功報酬」なのである。
 薬師は魔力で調合を行うため、ロンロの魔力量から3日で作ることができる個数が確立されており、その8割がギルドの納品ノルマに設定されているという。残り2割はロンロが自身で売るか使うかだが、商才もなく使う予定もないので全て納品し換金しては、その差額で人を雇って納品したり、材料を手配したりするのだそうだ。

「調合と材料調達はどれだけ作るかによって変わってきそうですね。一納品あたり、どれほどなのでしょう?」
「木箱、二つ分」

 ここでもビールケースを運んだ思い出が蘇るが、店の裏から持ってくるのとは訳が違う。台車があれば楽なのだろうが、そういったものはなさそうに見える。そういえばここに来る途中に厩があったな、何か貸してもらえるといいのだが───などと考えながら、「納品」のそばに「木箱x2」と書き加える。

「では続いて、雑務の方なのですけれど」

 寧ろここからが本番なのである。兎海に何が出来るか、ロンロが何を求めているかを明確にし、さらにそれぞれでどの程度工数が嵩むかはっきりさせないといけない。
 兎海は「材料調達」の下に、項目を追加していく。掃除、洗濯、料理、買い出し、修繕───ここまで書いて、手を止めてロンロを見る。彼は始め三つには特に何も感じなかったようだが、後ろ二つを書き足した時に首を少し傾けて不思議そうな反応をみせた。恐らくは、特筆する意味がわからなかったのだろう。

「順に説明しますわね。まず、掃除ですけれど」

トン、とペン先を掃除の項目に当て、その下に二重線を引く。ロンロは首の動きと一緒にペン先を視線で追いかけている。

「一階部分の掃除を基本として、1日150mほど頂きたく思います」
「わかった」
「先に申しておきますけれど、1日で全て賄う訳ではございませんので悪しからず」
「ああ」

慣れれば1日で全ての部屋を回れるだろうが、今は家全体を通して物置状態なので、多少の融通は利かせておきたかった。相場はわからなかったが、皿洗い数時間で150m貰っていたのでそんなものだろうと当たりをつけた。ロンロも特に難色を示すこともないのでそこまで外した額では無いのだろう、掃除に矢印を伸ばし、150/日と書き足す。

「次に洗濯ですが、毎日少量ずつ、わたくしの分と合わせてやらせて頂きますので一回30mで如何でしょう」
「わかった」

 洗濯に30/回、と書き足し、次の項目料理に差し掛かる。ギルドではロンロは寝食を疎かにしがちと聞いていたので、どの程度融通が効くものかを探らねばならない。

「ギルドから伺ったところによりますと、ロンロ様は食事にあまり関心がないご様子」
「……、……ああ」

 少し、間があった。そこまで人の機微に敏い訳ではない兎海も、ワンテンポ遅れて返ってきた声に思わず顔を上げてロンロを見やった。ロンロの長い前髪すだれからアメジストの瞳がチラつく。次の言葉を探しているのか、右へ左へ上へ下へと忙しなく泳いでいる。暫く待ってみると、ロンロは何かを言おうと口を開いた。おっ、とやや前のめりに言葉を待ったが、そこからは何も発せられずぱたりと一文字に閉じる。それを、数回繰り返す。

「ロンロ様はお料理が出来ますか?」

 何度目かの口が開いたタイミングで、兎海は痺れを切らして質問を投げることにした。ロンロは大きく口を開いたまま固まったが、そのままゆっくりと首を横に振った。成る程、と兎海が小さく頷くと同時に、ロンロは開けていた口を閉じた。

「お仕事に集中するあまりお食事に気が回らない、というのは理解出来ますわ。フォークやスプーンを使うのも面倒な時ってございますものね」
「あ、ああ」
「お仕事中なら外に食べに行くこともしたくないでしょうしねぇ」

 ロンロは兎海が理解を示していることに驚愕して目を丸くしながらこくこくと何度も頷いている。この人の場合、食事以外に睡眠と身嗜みも完全に捨てている雰囲気だ。理解者など一人もいなかったことだろう。
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