メイドさんは最強の鑑定師

からあげ定食

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4.5話 寺田兎海はメイド服を手放せない

4.5話

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 さて、どうして兎海がメイド服を着ているかというと。

「だって家政婦でしょ?これ以上の制服は無いじゃない!」

 先日の鑑定結果からは良い品だということが分かっていたし、大掃除という重労働にはもってこいの装備なのである。街を出るときにしか着ないと心に決めた3日前の自分は華麗な掌返しを見せ、心の中でサムズアップまでしてメイド服に着替えることに賛同した。とはいえレア(?)装備なのだし、出し惜しみはしてもいいのだが。

───やっぱりメイド服、好きだもんな!

 言い聞かせるように意気込み、よく晴れた青空を仰ぎ見る。そしてゆっくりと息を吐き、荷車を引く腕に、踏み込む足に力を込めた。錆び付いた玄関の扉とは異なり、商品として手入れの行き届いた車輪は軋みもせずからからとよく回り、土の道に細く浅い轍を刻んでいく。


「ラビさぁん、おはようございますぅ~」

 商業ギルドの裏手側に回り、搬入口で納品の手続きを行なっていると、建物の中から間延びした女性の声が聞こえた。彼女は、先日ロンロの元へ派遣を決めるときに世話になった、ブロンドの髪と豊満な体を持つギルドの受付嬢で、名をアーニャという。
 アーニャはニコニコと満面の笑みを浮かべて兎海のそばへ駆け寄ると、検品をしている職員に後は任せたと言い残し、兎海の腕を引っ張って建物の中へと引き摺り込んだ。通された部屋は、やはり先日と同じ応接室だった。
 例に漏れず兎海を一人残してアーニャは出ていくので、兎海も取り敢えずソファに腰を下ろしておく。晴れやかな空を窓から眺めていると、アーニャが副所長のキサラと共に戻ってきた。二人の手には、形の違うトレイが掲げられている。
 アーニャの持つ銀のトレイには三人分のティーセットが乗っており、それらは手慣れた所作でローテーブルに広げられる。大きなポットから香り高い紅茶が一つのカップに注がれている間に、キサラがベロアのような素材で布張りされている白いトレイを兎海に差し出してきた。それを受け取ると、上には金貨と銀貨が積まれていた。金貨は2枚で、銀貨は3枚と8枚の、合計三つの山がある。

「こちらの銀貨3枚が、ラビさんの報酬ですわ」

 残りは買取料になります───キサラの解説を受け、兎海は銀貨3枚を掴んでそのままポケットに突っ込み、報酬の金貨と銀貨はロンロから預かっていた巾着に詰め、同じくポケットに仕舞った。いつも同じ額で取り引きしていると聞いているので、中抜きしても簡単にバレてしまうだろう。まぁそんなことはしないが。

「それでぇ、ロンロ様のところはぁ、如何ですかぁ?」

 カップ三つを紅茶で満たしたアーニャが、視界に入る男すべてを魅了してしまいそうな笑みを浮かべながら兎海の向かいのソファに腰を下ろした。キサラも好奇心を隠そうともしない笑顔でその隣に座る。

 そう、この二人とは、ロンロ邸での経過を報告をする約束をしているのだ。兎海の特殊な技能や、初めての依頼、そして依頼主が一癖ある男といった要因もあり、相談ができるにこしたことはない。兎海はこの3日間ロンロ邸で勤めた業務について、興味津々なギルド職員に報告をするのだった。


「……掃除に洗濯に料理、……ですか?」
「錬金術はぁ、されてないんですねぇ」

 兎海の報告を聞いた二人のリアクションは取り敢えず驚愕に満ちていた。兎海はこの3日間、ロンロ邸の大掃除しかしていない。初日は兎海に当てがわれた部屋、廊下、シャワー室の清掃を。二日目にはダイニングの清掃と、玄関の扉の修復と、庭の花壇の手入れと、シーツ類の洗濯を。三日目───今日は、現在進行形でギルドの納品。因みに食事は兎海が作らず、屋台や先日世話になった宿屋などから料理を買ってきて食べていた。ダイニングは片付いたとはいえ、まだキッチンの清掃が完了していないのだ。一応、今日帰ったらキッチンを片付けるつもりでいる。

「……ラビさんが錬金術の技能をお持ちであること、彼は知っておりますよね……?」
「はいぃ、紹介状にもぉ、記載しましたぁ」

 兎海の口からも伝えてあるし、教えてもらえれば手伝うこともできるかもしれない、とも言ってある。しかし。

「……、……それどころではないくらい、酷いのでしょうか?」
「はい、人が住んでるのに幽霊屋敷みたいになっています」

 やっぱり───アーニャとキサラは悩ましげにため息を吐く。キサラはこめかみを指で押さえながら立ち上がり、壁際に置かれている調度品のデスクから羊皮紙と羽ペン、インク壺を取り、ソファへ戻ってくる。そして白魚のようにか細い指先からは想像がつかないほど速く、そして荒々しく羊皮紙に文面を書き記して行った。内容は要約すると「ラビに錬金術を使わせろ」というもの。

「ラビさんにもぉ、薬液の納品の依頼をぉ、受けて頂きたいんですよぉ」

 アーニャが苦笑しながらカップにお代わりの紅茶を注ぐ。どうやらこの街に薬師は少ないらしく、ロンロのような3日ごとの納品でも回りきらないようだ。そういうことなら、ちょっと掃除の手を休めて錬金術に師事してもいいのかもしれない。また料理する機会が遅れてしまうが、そこはキッチンが片付くまで我慢してもらうことにしようと心に決めた。決して宿屋の料理が美味しいからリピートしたいとか、食事代はロンロの財布から二人分出るとかいう下心からではない。ないったらない。


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