4 / 81
本編
護衛デビューに向けてアンナとお茶会 1
しおりを挟むラーヴェルシュタイン国はパンが主食であり、並々ならぬこだわりはすでに文化である。小麦を始めとする七種の穀物をそれぞれ使い、シンプルな味のパンやバターをつけて食べるためのパン、胡桃などを練り込んで焼いたものなど多様にあり、実に千二百種類を超える。
また、現国王の第二妃は北東の隣国から迎えられており、婚姻により食文化が豊かになったと言われている。また現王太子も妃を西の隣国から迎えたため、さらに華やかさを増している。
ラーヴェルシュタイン国では家で作るのは大変だからとパンは買うという家と、パンは作って副食を買うという家があった。
そういう事情もあり、パン屋やレストラン、屋台など食に関する店が多かった。アマーリエは基本的に団の食堂で食べるが、王都は店が多くて、団在籍二年経ってもいまだに発見も多い。
「このパンのほうが私の好み。チーズ美味しいし、外カリカリなのに中はふわふわ」
アマーリエはアンナの部屋のベッドに腰かけて、アンナと共にサイドテーブルに並んだパンをつまんでいた。ホルストの恋人がパン屋を営んでおり、たまに試作品をもらうので、アンナと一緒にいただいている。
団の宿舎はどこも三階建てで、中央階段を登って左手奥の北が女性騎士の部屋だ。部屋にはサイドテーブル、クローゼットにバス・トイレ付きで、簡素な鏡台があるため、部屋の中で身支度が整えられる。
基本的な設えは同じだが持ち込みは自由だった。アマーリエはクッションとストレッチ用のマットくらいで特に珍しいものは置いていないが、裁縫が得意なアンナの部屋には立派な裁縫道具が置いてある。プライベートを彩る品はある程度認められていた。
「それはね、ゴーダチーズとかチーズ四種類いれてるんだって」
アンナはメモを見て説明してくれる。試作品のパンは、評判が良ければ定期的に焼いてくれるので楽しみにしておく。
紅茶を飲むと心地よい渋みとやや薄い香味が広がってとても美味しい。流石アンナが用意してくれた茶だ。
今日は来る護衛デビューの日に備えてアンナから――多分に雑談混じりではあるが――仕事内容を詳しく聞いていた。
アンナとは生まれも境遇も違うが面接日に意気投合して、入団してからというもの月に何度も互いの部屋でお茶をしている。
今回は仕事の説明を聞きながらであるため、髪型もプライベート向けではなく仕事仕様にしていた。アンナはいつものお茶会の延長と考えてくれたようで、仕事仕様ではなく、茶色いストレートの髪を括らず後ろに流している。きっとデビューということで気負っているアマーリエの気持ちをほぐそうとしてくれたのだと思う。
きらりとしたアンナの菫色の瞳をじっと見つめる。身長は平均よりも拳一つは低く、平均よりも拳一つ大きなアマーリエと比べるとずいぶん小さいものの、理性的で活動的で力強い。
(何より優しいのよね、アンナは)
「何? 説明分かりにくいところあった?」
「ううん。大好きだなぁって思ったの」
目を瞬かせたアンナに、アマーリエは微笑んでぎゅっと抱き締めた。
「もう、何よそれ」
呆れたように言いつつも口元は緩んでいて、アンナも嬉しいのだと感じられた。田舎でのんびり暮らしてきただけのアマーリエが、郷愁にかられることもなく過ごしてこれたのは、しっかりもののアンナのお陰だった。
「……それでね、アマーリエは予定通り第六王女カタリーナ殿下につくことに決まったよ」
アンナは一昨年から王女付きの護衛としてデビューしていた。今シーズンも始まって半月が経とうという今になって、やっとアマーリエは二週間後の夜会――第四王女殿下の誕生日パーティーで護衛デビューとなる。
ラーヴェルシュタイン国の社交シーズンは、一月の新年を寿ぐパーティーから始まり、八月半ばにある第一王妃陛下の誕生日パーティーまで続く長丁場である。
女騎士は基本的に社交界デビューの年でもある十七歳の年に護衛デビューさせる。どのタイミングでデビューさせるかは、基本的に所属の団長の判断だ。
「カタリーナ殿下はパーティー慣れしてないそうだけど、私がお支えできるよう頑張るよ。ヨハンたちも護衛デビューだから、緊張しているみたい。団長たちも指導に熱が入っていたよ」
「デビュー一人の第十騎士団ですら、団長も副長も普段と違って真面目にやっているのに、アマーリエ入れて四人いたら、それはもう大変でしょうよ」
団は基本的に十五歳の年に男は入団試験――ほぼ落ちないらしい――を受け、女は師団長たちの面接で配属先をきめる。十六歳で入団し、男性騎士は訓練と巡視を繰り返して二年間の見習い期間を経て一人前とされ、王族主宰のパーティーをはじめとした警護の任務にもつけるようになる。
今年はアマーリエと同期の男性騎士たちが警護デビューする。毎年のことであるが新人が配置される第七から十二までの団長副長は大変らしい。デビューも一度にさせるのではなく、団ごとに分けてデビューさせる。すでに新年の夜会で同期の半分はデビューしており、次の夜会で第十から十二の騎士がデビューすることになっていた。
同期のヨハネスたちは必死で城の構造を覚えて、当日の警備に備える。広い城中と周辺を騎士団員で警備する。
王族付きの近衛も元々は騎士団員がなっているので、近衛とはいわゆる縄張り意識がなく衝突することもない。警備警護が円滑にできているのは、統括しているのが騎士団の師団長であるからだろう。
「アンナはもう慣れたの?」
「まあね。いくら跡継ぎのためとはいえ、しがない子爵家にしては、親は教育に力入れてくれたからね。礼儀作法とか必要以上に叩き込まれたし、夜会デビューはしてないけどお茶会は何度も行かされたからね。何事も気合いと根性と慣れよ」
アンナは実家を継いでファーゼン子爵を襲爵していた。女でも爵位を継げるこの国では、女しかいない場合は手続きの必要なく、姉妹の誰かが継ぐことが許されている。
ファーゼン子爵家には女しか産まれなかったため、アンナは小さいころから家を継ぐための勉強や礼儀作法を叩き込まれた。教育の結果、アンナはアマーリエよりよっぽどしっかりしていて礼儀作法も完璧だった。お茶会にもたくさん出席してきたため、社交慣れもしている。
礼儀作法がしっかりしており、なお且つ稼ぎたい――女騎士は王家主宰の夜会一回につき銀貨十枚が月給とは別にもらえる――というアンナの希望もあり、前々シーズンから第五王女か第六王女の護衛についていた。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる