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本編
キスをかけた勝負! 2
しおりを挟む「フリードリッヒ団長……」
アレックスが団長二人を連れて帰ってきてくれた。第十一騎士団団長であるフリードリッヒ・バルツァーは、黒い髪、凛々しい眉と切れ長な目元を彩る青紫の瞳がどこか冷淡にも感じさせる。高い鼻梁は誇りの高さを、引き締まった薄い唇は意思の強さを感じさせ、まさに正しく騎士を表す凛とした顔立ちは白皙の美貌だった。
壇の上がり口まで足早に進む。百九十センチを越える長身で足が長いため、あっという間にアマーリエとの距離が近くなり、心臓が驚いたように高鳴った。
「馬鹿騒ぎはいい加減にしろ。マティアス、お前が来たのなら何故止めない」
「そうはいうけどね、フリードリッヒ。若いの中心に盛り上がりすぎちゃってるんだから、このまま続けてしまったほうが治まりがいいだろう」
マティアスの言い分に、フリードリッヒは不快そうに形のいい眉をしかめた。周囲ではひそかにうんうんと頷いている団員もいる。
「フリードリッヒ、お前がさあ!」
第十騎士団団長であるホルストが、フリードリッヒの背後から、がばっとのし掛かるように肩を組んだ。
「残りを片してぇアマーリエ嬢に勝ってさ、お姫様二人にキスしてもらえればハッピーエンドだって。堅いこというなよ」
気を解させようとしているような気安い口調だ。確かにここまできて途中で無理矢理やめさせて不満を持たせるより、一応の決着をつけたほうがいいのだろう。
フリードリッヒは不服な表情のまま、ちらりとアマーリエをみて小さく息をついた。
「鍛練ならともかく、あ……か弱い女性を賭けの対象にしたあげく、不必要な試合もしたくない」
気遣っての言葉だろうが、いつもより素っ気ない声にアマーリエは腹立ちを覚えた。拳を握ってフリードリッヒを見上げる。
「私では団長に勝てませんけど、私は騎士の端くれです。一方的に庇護される存在ではありません」
強く言い切ると、フリードリッヒは目を眇めてアマーリエを見おろす。
「無理はしなくていい」
「私はカルーフ・ヴェッケンベルグの娘です。戦うことを諦めません」
ヴェッケンベルグの家訓だ。「どんな時、どんなことがあっても戦う」というのがヴェッケンベルグの誇りでもある。
「賭けは続行していただいて結構です」
「アマーリエ……」
いささか咎めるような口調で名を呼んだが、アマーリエはひるまずフリードリッヒを見あげ続ける。
フリードリッヒはしばらくして「仕方ない」と諦めたように了承した。
檀上で模擬剣を構えて向き合う。すらりと背の高いフリードリッヒが剣を構えると凛々しい面が一層凛々しく感じられる。
ぴんと気配が緊張する中、アマーリエが仕掛ける。
金属が軋む音が響く。フリードリッヒはアマーリエの剣戟からうけた斬撃を剣で受け流す。
完全にあしらうような剣捌きだ。最小限の力で力の方向を変える。アマーリエの攻めを剣と体さばきで受けるか避けるだけで積極的には攻めてこない。
攻撃を仕掛けているアマーリエの額に汗が滲んでいく。何度踏み込んでも勝てる道が見えない。手ごたえを感じないのだ。打ち込んでも全てをあしらうがごとく流している。
二十以上打ちあえばさすがに疲労を覚える。普段ならともかく、緊張感を伴って剣を振るうと気持ちが消耗し、焦りにつながって最後には体力をも削る。
「っ……」
剣戟を弾かれて腕にじんと痺れが走る。アマーリエの腕の痺れ感を察したかのように、フリードリッヒが初めて積極的に攻撃に転じた。
フリードリッヒが一歩踏み出して剣を振るう。
懐に入り込まれまいとバックステップで引き、構えなおした剣で振り払う。
だがフリードリッヒは予測していたように冷静に受け、そればかりかアマーリエの剣を弾く。
同時に、喉元に刃を潰してあるとはいえ剣の切っ先が裂ぱくの気合と共に静かに突き付けられている。足が縫い取られたように動かない。
(実戦ならもう終わりだ)
気合に気おされして逃げることすら叶わないだろう。
「……っ……負けました」
喉に突きつけられた模擬剣が離れると、アマーリエを縫い止めた圧も消えた。
アマーリエと一戦しても涼しい顔も態度も崩さずにいる。
(地力が違う……やっぱり団長が一番強くて素敵)
後で思い返して勉強しようと思う。団長に選ばれるには突き抜けた強さが必要だということは理解しているが、対峙したときに強さを実感させられる。
「さあ、馬鹿騒ぎはここまでだ。通常の訓練に戻るぞ」
「え? キスは?」
フリードリッヒは引き締まった声で命じたが、誰かがぽつりと呟くと「そうだ。キスしてない」などとキスをしないことを責めるような声が小波のように上がり始めた。
そうだ。ちょっと忘れていたが、キスを賭けた勝負だった。
思いだすと途端に緊張に身を固くしてしまう。
(か、覚悟をきめたはずよ)
納得して始めた勝負ではないが、勝負に負けた以上、アマーリエは毅然とせねばならない。
溜まってもいない唾を飲み込んで宣言する。
「キスします。覚悟は、できています」
フリードリッヒを見据えて、震えそうになる指先を知られないように拳を握りこむ。
ヒューと冷やかす声に怯む心を叱咤しながら、フリードリッヒに歩み寄る。数歩の距離も足がもつれそうになりながらフリードリッヒの前まで来た。
「団長、少しだけ顔近づけてください」
「ああ」
本当にするのか、と言いたげなフリードリッヒにわずか胸が痛む。それでもアマーリエが距離をさらに詰めると、少しだけ顔を近づける。アマーリエは女性にしたら背が高いが、フリードリッヒとは頭一つ分ほど背が違う。少し近づけた程度では届かないため、アマーリエはフリードリッヒのジャケットの胸の辺りを、指先でそっとつかんで踵を持ち上げた。
(団長……)
さらに近づいた美貌に胸の鼓動を高ぶらせながら目を閉じ、そっと口づけた。
一秒触れあったか否か程度の短い時間だった。小さく鳴ったリップ音が、フリードリッヒと本当にキスしたという事実をアマーリエに知らしめる。かっと全身がおこったように熱くなった。
うっすら目を開くと、驚いたフリードリッヒと目があった。夕暮れに空がだんだんと深い青に覆われて、月光の黄金色と混ざり合ったような薄明の色が間近に見えた。
見開いた目とわずかに朱に染まった頬が、フリードリッヒの驚きを物語っている。
「ぁ……マーリエ……」
フリードリッヒがかすれた声で名前を呼んだ。名に続いて何か言いかけたところで、怒号のようなどよめきが空気を揺らした。
「あ、あのっ……汗をかいたので着替えてきます」
どよめきに我に返って口元を押さえた。顔をみていられなくて、言うなり下を向いたまま出入り口へと駆け出した。
宿舎の近くまで走って、適当な木陰にしゃがみこみそうになりながら木に手をついて息をつく。早鐘を打っていることに今さら気づいて、息を整えようと深呼吸を繰り返す。
(キスしちゃった……)
初めてのキスだった。
(団長……)
白皙の美貌を思い浮かべるときゅっと胸が疼いた。
アマーリエは所属の団長であるフリードリッヒをひそかに恋慕っていた。
だが、片思いだ。
フリードリッヒのような地位も名誉もある大人が、アマーリエのような女らしくなくて、子供のような田舎娘を好きになるはずがない。
フリードリッヒはバルツァー侯爵家の跡取りだが、結婚願望がないことで有名だった。侯爵婦人が嫁探しにやっきになっているということも、社交に疎いアマーリエでさえ知っている。跡取りゆえに結婚しないわけにはいかないだろうが、アマーリエが退団するまでは見ずに済みそうなのは幸いと言うべきか。
『二十歳になったら、退団して結婚させます。相手はこちらで選びます。嫌ならそれまでに相手を見つけなさい』
入団前に、母がそのように言っていた。父や兄三人は、アマーリエの好きにさせようと言ってくれたが、母が父たちを叱りつける様を見るのが辛くて了承した。言質を取られた以上従う他はない。
(結婚したい相手なんて、団長以外いないもん)
でも脈はない。婚約しても結婚までに半年から一年は引っ張れば、その分は長くいられるだろう。アマーリエはあと数年しかフリードリッヒといられない。
ただ、フリードリッヒを煩わせてはいけない。だから、気持ちを告げることはしない。
(まあ、そんな勇気もないけど、仕事に一生懸命な団長が好きだもん。お役にたちたいよ)
団長の役にたつということは、騎士団の役にたつということ。ひいては国の役にたつということだ。ヴェッケンベルグの娘としても正しいことだ。
(頑張ろう)
自分に言い聞かせてから涙を拭ってから宿舎へと戻り、着替えてから訓練場へ戻った。
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