【完結】【R18】女騎士はクールな団長のお役に立ちたい!

misa

文字の大きさ
3 / 81
本編

キスをかけた勝負! 2

しおりを挟む



「フリードリッヒ団長……」

 アレックスが団長二人を連れて帰ってきてくれた。第十一騎士団団長であるフリードリッヒ・バルツァーは、黒い髪、凛々しい眉と切れ長な目元を彩る青紫の瞳がどこか冷淡にも感じさせる。高い鼻梁は誇りの高さを、引き締まった薄い唇は意思の強さを感じさせ、まさに正しく騎士を表す凛とした顔立ちは白皙の美貌だった。
 壇の上がり口まで足早に進む。百九十センチを越える長身で足が長いため、あっという間にアマーリエとの距離が近くなり、心臓が驚いたように高鳴った。

「馬鹿騒ぎはいい加減にしろ。マティアス、お前が来たのなら何故止めない」
「そうはいうけどね、フリードリッヒ。若いの中心に盛り上がりすぎちゃってるんだから、このまま続けてしまったほうが治まりがいいだろう」

 マティアスの言い分に、フリードリッヒは不快そうに形のいい眉をしかめた。周囲ではひそかにうんうんと頷いている団員もいる。

「フリードリッヒ、お前がさあ!」

 第十騎士団団長であるホルストが、フリードリッヒの背後から、がばっとのし掛かるように肩を組んだ。

「残りを片してぇアマーリエ嬢に勝ってさ、お姫様二人にキスしてもらえればハッピーエンドだって。堅いこというなよ」

 気を解させようとしているような気安い口調だ。確かにここまできて途中で無理矢理やめさせて不満を持たせるより、一応の決着をつけたほうがいいのだろう。
 フリードリッヒは不服な表情のまま、ちらりとアマーリエをみて小さく息をついた。

「鍛練ならともかく、あ……か弱い女性を賭けの対象にしたあげく、不必要な試合もしたくない」

 気遣っての言葉だろうが、いつもより素っ気ない声にアマーリエは腹立ちを覚えた。拳を握ってフリードリッヒを見上げる。

「私では団長に勝てませんけど、私は騎士の端くれです。一方的に庇護される存在ではありません」

 強く言い切ると、フリードリッヒは目を眇めてアマーリエを見おろす。

「無理はしなくていい」
「私はカルーフ・ヴェッケンベルグの娘です。戦うことを諦めません」

 ヴェッケンベルグの家訓だ。「どんな時、どんなことがあっても戦う」というのがヴェッケンベルグの誇りでもある。

「賭けは続行していただいて結構です」
「アマーリエ……」

 いささか咎めるような口調で名を呼んだが、アマーリエはひるまずフリードリッヒを見あげ続ける。
 フリードリッヒはしばらくして「仕方ない」と諦めたように了承した。
 檀上で模擬剣を構えて向き合う。すらりと背の高いフリードリッヒが剣を構えると凛々しいおもてが一層凛々しく感じられる。
 ぴんと気配が緊張する中、アマーリエが仕掛ける。
 金属が軋む音が響く。フリードリッヒはアマーリエの剣戟からうけた斬撃を剣で受け流す。
 完全にあしらうような剣捌きだ。最小限の力で力の方向を変える。アマーリエの攻めを剣と体さばきで受けるか避けるだけで積極的には攻めてこない。
 攻撃を仕掛けているアマーリエの額に汗が滲んでいく。何度踏み込んでも勝てる道が見えない。手ごたえを感じないのだ。打ち込んでも全てをあしらうがごとく流している。
 二十以上打ちあえばさすがに疲労を覚える。普段ならともかく、緊張感を伴って剣を振るうと気持ちが消耗し、焦りにつながって最後には体力をも削る。

「っ……」

 剣戟を弾かれて腕にじんと痺れが走る。アマーリエの腕の痺れ感を察したかのように、フリードリッヒが初めて積極的に攻撃に転じた。
 フリードリッヒが一歩踏み出して剣を振るう。
 懐に入り込まれまいとバックステップで引き、構えなおした剣で振り払う。
 だがフリードリッヒは予測していたように冷静に受け、そればかりかアマーリエの剣を弾く。
 同時に、喉元に刃を潰してあるとはいえ剣の切っ先が裂ぱくの気合と共に静かに突き付けられている。足が縫い取られたように動かない。

(実戦ならもう終わりだ)

 気合に気おされして逃げることすら叶わないだろう。

「……っ……負けました」

 喉に突きつけられた模擬剣が離れると、アマーリエを縫い止めた圧も消えた。
 アマーリエと一戦しても涼しい顔も態度も崩さずにいる。

(地力が違う……やっぱり団長が一番強くて素敵)

 後で思い返して勉強しようと思う。団長に選ばれるには突き抜けた強さが必要だということは理解しているが、対峙したときに強さを実感させられる。

「さあ、馬鹿騒ぎはここまでだ。通常の訓練に戻るぞ」
「え? キスは?」

 フリードリッヒは引き締まった声で命じたが、誰かがぽつりと呟くと「そうだ。キスしてない」などとキスをしないことを責めるような声が小波のように上がり始めた。
 そうだ。ちょっと忘れていたが、キスを賭けた勝負だった。
 思いだすと途端に緊張に身を固くしてしまう。

(か、覚悟をきめたはずよ)

 納得して始めた勝負ではないが、勝負に負けた以上、アマーリエは毅然とせねばならない。
 溜まってもいない唾を飲み込んで宣言する。

「キスします。覚悟は、できています」

 フリードリッヒを見据えて、震えそうになる指先を知られないように拳を握りこむ。
 ヒューと冷やかす声に怯む心を叱咤しながら、フリードリッヒに歩み寄る。数歩の距離も足がもつれそうになりながらフリードリッヒの前まで来た。

「団長、少しだけ顔近づけてください」
「ああ」

 本当にするのか、と言いたげなフリードリッヒにわずか胸が痛む。それでもアマーリエが距離をさらに詰めると、少しだけ顔を近づける。アマーリエは女性にしたら背が高いが、フリードリッヒとは頭一つ分ほど背が違う。少し近づけた程度では届かないため、アマーリエはフリードリッヒのジャケットの胸の辺りを、指先でそっとつかんで踵を持ち上げた。

(団長……)

 さらに近づいた美貌に胸の鼓動を高ぶらせながら目を閉じ、そっと口づけた。
 一秒触れあったか否か程度の短い時間だった。小さく鳴ったリップ音が、フリードリッヒと本当にキスしたという事実をアマーリエに知らしめる。かっと全身がおこったように熱くなった。
 うっすら目を開くと、驚いたフリードリッヒと目があった。夕暮れに空がだんだんと深い青に覆われて、月光の黄金色と混ざり合ったような薄明の色が間近に見えた。
 見開いた目とわずかに朱に染まった頬が、フリードリッヒの驚きを物語っている。

「ぁ……マーリエ……」

 フリードリッヒがかすれた声で名前を呼んだ。名に続いて何か言いかけたところで、怒号のようなどよめきが空気を揺らした。

「あ、あのっ……汗をかいたので着替えてきます」

 どよめきに我に返って口元を押さえた。顔をみていられなくて、言うなり下を向いたまま出入り口へと駆け出した。
 宿舎の近くまで走って、適当な木陰にしゃがみこみそうになりながら木に手をついて息をつく。早鐘を打っていることに今さら気づいて、息を整えようと深呼吸を繰り返す。

(キスしちゃった……)

 初めてのキスだった。

(団長……)

 白皙の美貌を思い浮かべるときゅっと胸が疼いた。
 アマーリエは所属の団長であるフリードリッヒをひそかに恋慕っていた。
 だが、片思いだ。
 フリードリッヒのような地位も名誉もある大人が、アマーリエのような女らしくなくて、子供のような田舎娘を好きになるはずがない。
 フリードリッヒはバルツァー侯爵家の跡取りだが、結婚願望がないことで有名だった。侯爵婦人が嫁探しにやっきになっているということも、社交に疎いアマーリエでさえ知っている。跡取りゆえに結婚しないわけにはいかないだろうが、アマーリエが退団するまでは見ずに済みそうなのは幸いと言うべきか。

『二十歳になったら、退団して結婚させます。相手はこちらで選びます。嫌ならそれまでに相手を見つけなさい』

 入団前に、母がそのように言っていた。父や兄三人は、アマーリエの好きにさせようと言ってくれたが、母が父たちを叱りつける様を見るのが辛くて了承した。言質を取られた以上従う他はない。
(結婚したい相手なんて、団長以外いないもん)
 でも脈はない。婚約しても結婚までに半年から一年は引っ張れば、その分は長くいられるだろう。アマーリエはあと数年しかフリードリッヒといられない。
 ただ、フリードリッヒを煩わせてはいけない。だから、気持ちを告げることはしない。

(まあ、そんな勇気もないけど、仕事に一生懸命な団長が好きだもん。お役にたちたいよ)

 団長の役にたつということは、騎士団の役にたつということ。ひいては国の役にたつということだ。ヴェッケンベルグの娘としても正しいことだ。

(頑張ろう)

 自分に言い聞かせてから涙を拭ってから宿舎へと戻り、着替えてから訓練場へ戻った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

処理中です...