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本編
恋人だったらよかったのに……
しおりを挟む「ぁ……」
目を覚ますと目の前にはフリードリッヒがいた。フリードリッヒと向かい合うようにベッドに身を横たえていた。
(近い……)
端正な寝顔が間近にあって鼓動が早鐘を打つのを感じつつ、目を離すことができなかった。
寝顔も端正で美しい。瞼を閉じているから眼差しの色は伺えなくとも、凛々しさと麗しさを感じさせる。さらには男の色艶も感じさせる寝顔に、アマーリエは悲鳴どころか掠れた声しか出せなかった。圧倒的な美しさは人から声すらも奪っていくらしい。
(フリードリッヒさま)
途中キスしてほしいとしか考えられなくなってしまって、非常に恥ずかしいお願いをしてしまった。最後は気絶してしまったのか記憶が曖昧だが、フリードリッヒのシャツを着せて整えて横たえてくれたらしい。
きちんとシャツをきせて、きちんとベッドに横たえて、ついでのように腕をまわしてフリードリッヒはアマーリエを抱き寄せて眠ってしまっている。
この間近に迫った距離に胸の奥がざわめいている一方で言い知れぬ心地よさに包まれる。
引き締まった腕で、普段剣を振るう腕でアマーリエを優しく抱きしめてくれている。フリードリッヒの優しい熱が伝わってきて、不思議と心地よさに包まれている。
もう一つ不思議だ。前の時も思ったが、アマーリエの体とフリードリッヒの体は全く違っているのに、ぴったりと合わさっていることが不思議だった。
アマーリエの胸の鼓動がいささか早鐘を打つ。合わせた胸から伝わってしまいそうだ。
フリードリッヒは大好きで、特別な人だ。父や兄たちも大好きで、アンナも大好きで、それらとはまた違う大好きを感じる人だ。
同じ大好きなのに、心の中の熱が違う。
両親や兄たちのは眠る前の心地よい熱で、アンナのは華やぐような熱で――
(フリードリッヒさまは……)
溶けそうなほど熱く心地よい熱だった。
女性として寄り添えなくとも、騎士としてはお役になって、お側にいたいと願ってやまない。
(大好き……大好きです、フリードリッヒさま)
完璧に整った寝顔に微笑んだ。微笑むと、フリードリッヒはゆっくりと目を開ける。
「目が覚めたか……どうだ? 気分は」
フリードリヒが寝そべったまま、何でもないように告げる。寝起きの少し掠れた低い音声は甘い声音のようで、耳に染みて体がじわっと熱を帯びる。
熱くなった頬を見たのだろう
「体が熱いか?」
「すみません」
「謝るのは禁止だと言っただろう?」
少し困ったように優しく微笑んで口付けた。
それから、陽が昇ったというのにフリードリッヒに抱かれた。
シャワーを浴びて出てくると、脱衣室に母親と同年代と思われる五十歳を少し超えた程度の女性がいた。赤みがかった黄色いセピア色の髪に薄い赤い眼をした優しげな婦人だ。
「初めまして、アマーリエさま。ザンドラ・ポーレと申します。ザンドラとお呼びください。アマーリエさまのお身の周りのお世話を申し付かっております」
「ポーレ……ああ、ローマンさんの……」
「はい、ローマンはわたくしの次男でございます。立ち話をしてお風邪を召してはいけませんわ。さあ、お召し替えなさいませ」
ザンドラがさし出してくれたのはコルセットをしないタイプの白いエンパイアドレスだ。胸元の繊細な刺繍とレースは母親イルムヒルデが好みそうな見事な手だった。アマーリエの体にぴったりのドレスをザンドラが手を貸してくれて着る。
ザンドラによると、昨日フリードリッヒが手配してくれたらしい。以前贈ったドレスと同じサイズのものをいくつか見繕って届けさせたのだという。
「髪型はいかがいたしましょう? 括ってもそのままでも問題ございません」
「では括らずに……いや、でも……」
(いや、括らなかったらし・た・ときにバサバサに……でも括ってもし・た・ら乱れて見苦しく……)
「ではハーフアップにいたしますか? 多少なりもまとまりますし、お楽に過ごせますわ」
「では、それでお願いします」
髪を完全に乾かして髪はハーフアップにして、愛らしい花のついたバレッタでとめる。さらにうっすらとお化粧までしてくれる。
「ありがとうございます。何だか見られる代物に……」
「まあ、うふふ……アマーリエさまったら、ご謙遜なさらないでくださいませ」
「いえ……私、お化粧ってあんまりしないんです。母からも、そろそろ少しは覚えなさいって言われてるんですけど」
夜会用に化粧をしてくれるのは実家で着替えようが、ヨハネスの伝手で着替えようが、侍女がやってくれる。だが団では自分のことは自分でやるしかない。イルムヒルデはいい機会なのでそろそろ化粧を覚えろと言ってきている。
「何もなさらなくても十分お美しいですけど、少しだけお粉をはたいておくと日焼け予防にもなりますし、紅を薄く引けば健康的な美しさも添えられますのよ」
ザンドラは不束なアマーリエに優しく言って、「さあ」と促して脱衣室から出る。
部屋から出るとフリードリッヒとローマンが話――おそらく打ち合わせをしていた。
フリードリッヒはアマーリエの姿に少し驚いたような表情を見せたが、目を細めるようにしてアマーリエを見つめて僅かに微笑む。
「良く似合っている。綺麗だ」
「……そんな。ドレスを準備してくださったフリードリッヒさまのおかげです」
頬を熱くしながら告げると、フリードリッヒは珍しくぽかんと呆気にとられたような表情をした。
アマーリエは戸惑いながらザンドラを振り返る。
(や、やっぱり変だったんだわ……どうしよう……)
ザンドラから、これから三日間はバルツァー家所有の別邸――フリードリッヒ曰く、物を置いているだけで帰っていない家らしい――で暮らすため、団の生活や序列は一旦置いておいてリラックスして過ごしたほうがいい。そのためにフリードリッヒを名前で呼んでみてはと言われた。
いささか戸惑ったが、アマーリエは思い切って呼んでみたところ、唖然とされてしまった。
助けてほしくてザンドラを見ると、いささか呆れた顔でフリードリッヒを見ている。
「い、いや……気に入ってくれたのならいい。……ザンドラ、ご苦労だった」
「勿体ないお言葉でございます」
ザンドラは丁寧に何事もなかったかのようにすまし顔でお辞儀をする。
アマーリエはフリードリッヒに手を引かれて馬車に乗り込み、バルツァー家別邸へ向かった。
フリードリッヒと馬車内で一緒だったが、抱かれたあとのためか体が熱を持つことはなかった。
いまだ、中に気持ちいい感覚が残っている。気だるさを感じてしまう。
フリードリッヒが薔薇の雫を飲まされたときに薬効を鎮めるために何度も抱かれた。その時にも中に気持ちいい感触の名残があるのが嬉しかった。
でも今回は嬉しさよりもむなしさを感じてしまう。
(愛し合う恋人同士だったらよかったのにな……)
そんなことを思いながら、そっとフリードリッヒを見つめていた。
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