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本編
真珠 ●
しおりを挟むアレックスは不思議そうにフリードリッヒを見て首をかしげつつ眉根を寄せる。
「フリードリッヒはアマーリエ嬢のこと好きなんだろ? アマーリエ嬢のこと宝石に例えたりはしないの?」
「お前ほど夢見がちになれんよ。というか、お前はまずアンナに想いを知ってもらうことから始めろ。金云々はそれからだろう?」
借金を返すためにアンナは騎士になった。大体二十歳の年まで働けば領地からの収入とあわせて返せるらしいので、あと三年を切ったところだ。フリードリッヒからみて、アンナはアレックスを嫌ってはいない。むしろ好意的だが、それが男女の情かと言えば否定せざるを得ない。
そのうちアレックスが望むように男女の恋情へなればと思うが、まだ兆候の片鱗もない。アレックスが影の努力をしすぎるから、気づかれないのも無理はない。敏いとはいえまだ十八の娘だから、もう少しアピールしないと何も生まれないと自戒を込めて思う。
「何言ってんだよ。今、アンナは借金返すことに集中してるんだから、今好きだって言っても応えてくれるわけないじゃないか。あと二年かけて頼りがいを演出しつつ、アンナの一番近い場所を維持し続けて、借金が片付いたころにやっと俺との将来を考えてくれるかどうかなんだぞ。その時に金がなかったら、田舎屋敷の改修費用も町屋敷の購入費用も出せないし、エレナのデビューの援助もしてあげられない。今から金をためつつ準備しなくちゃ間に合わないんだよ、俺とアンナの幸せな未来のために」
(演出しつつというあたりはせせこましいと言ったら、アレックスは荒れるだろうか……)
ファーゼン子爵家では、借金を返すため田舎屋敷のゲストルームの家具などの調度品を売ってしまったそうだ。維持費のかかる町屋敷をはじめ、ドレスも貴金属も金に換えられるものは全て金に換えて、それでも残った借金の為に幼い妹たちと倒れた母親を置いて当主のアンナが働きに出た。……という事情があったとアレックスから聞いている。
そこまで貢つもりなのかと驚きつつも、もしアマーリエが同じ境遇だったら同じことをしそうだと思うので止めはしない。思う相手に尽くすのはアレックスの一族の特徴だ。
「というかアンナに今好きって言っても「アレクは友達だよ」と笑顔で言われるのは目に見えてるんだ。告白するか、叔母さまに一言いえば丸く収まるフリードリッヒとは違う」
身もふたもない言い方をするアレックスに、今度はフリードリッヒが眉根を寄せる。
「収まらんよ。お前はうちの事情は知っているだろう?」
「叔母さま侯爵夫人とお婆さまのことだろう? ……別にいいんじゃない? 俺の母親は「結婚相手は自分で探せ。成人してまで親に頼るな」って言うくらい息子の生活全般手を離してるけど、叔母さまはフリードリッヒ溺愛している熱心な方なだけじゃないか」
「私は手を離したが良かったんだがな……」
(ままならないものだ)
母親であるバルツァー侯爵夫人カサンドラは最愛の夫にそっくりな息子を溺愛している。フリードリッヒを深く愛しすぎて第二子ができるまで六年かかったといわれているほどだった。
フリードリッヒとしてはアマーリエの望むようにしてやりたい。
『何としても自分で見つけたいです。政略結婚は嫌ですから』
最初に母が動けば家同士の結婚になるだろう。祖母が動けば王命にまで発展する可能性もある。少なくともヴェッケンベルグはそう受け取りかねない。家同士の結婚はアマーリエの望むところではない。
「女性が自由にできる時間は少ないだろう? アマーリエは騎士になりたいと夢と希望を抱いて入団してきた。結婚するということは退団するということだ。アマーリエは今そうなることを望んではいないだろう。私は結婚を焦ってはいない。いっそ辺境伯夫人の期限まで待つのもいいと思っている」
ギュンターは穏やかにフリードリッヒを見ていた。穏やかな中に、フリードリッヒを見極めようとする強い意志を感じた。
「フリードリッヒ、アマーリエを宝石に例えたら何だと思う?」
「お前も聞くのか? 考えたことがないのだがな」
「アマーリエに沢山ドレスや宝石を贈ってくれているから、てっきりイメージがあるのだと思っていたよ。……じゃあ、今考えてみて」
答えるまでギュンターは引かないだろう。
アマーリエの姿を思い浮かべる。金色の綺麗な髪に青く澄んだ瞳はぱっちりとしていて、溌剌な印象を与える。白く、しっとりと吸い付くような柔らかな肌の感触も温もりも知っている。
「好意を抱かれても不愉快ではなく、寄ってこられても気が引けることもなく、むしろとても心地いい。アマーリエは可愛いと綺麗のバランスがちょうどいいんだろうな。私には心地よい奇跡のバランスで存在している。……そういう意味で例えるなら真珠……かな」
真珠は貝の体内で生成される宝石で、天然では産出が稀で「月のしずく」とも呼ばれるほどの美しい光沢に富む。
フリードリッヒを慕うだけでなく、程よい距離まで近づいて来れるのに恥じらって頬をうっすらと染める。でも懸命に話をしてくれるのが愛らしくもいじらしくもあり、美しくもある。懸命に話をするさますら愛らしく、美しい。少女らしい無邪気な愛らしさとひたむきな美しさを感じて見とれてしまう。
アマーリエを守ってやりたいし、好きにさせてやりたいと思っている。ただ行動を制限するとアマーリエらしい輝きが失せてしまいそうで怖いという思いもある。
「フリードリッヒ……君も心得ているようだね。安心したよ」
心底安心したように穏やかに告げた。
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