あなたの愛したご令嬢は俺なんです

久野字

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 令嬢ハルミアへと変化した俺は、すぐに彼女の邸宅へと強制連行された。到着するなりメイドたちに服を剥がされ、ハルミアのクローゼットから選ばれた一流品のドレスを身に纏う。コルセットできつく締めあげられ、ここまできたら腹をくくるしかないのだと思い知らされた。
 ハルミアの両親も、この企みの首謀者であるらしい。その夜、夕餉の時間に顔を合わせた二人は、ハルミアに負けず劣らずの醜い、人の尊厳を踏みにじることに躊躇のない連中。使用人に平気で罵声を浴びせかける態度一つで、人間性は見て取れた。必死で冷めきった食事を喉に流し込む。金銭の援助を受けている身で反抗なんてできるはずもない。
 翌日から俺は机にかじりつき本を捲った。ご令嬢としての礼儀はなにひとつしらないのだ。加えて基礎的なハルミア周りの知識も身に付けなくてはならない。その中でもとりわけ、ハルミアのお目当てのご令息「トゥーリ」の詳細については満遍なく調べ尽くした。
 必死だった。ハルミアほどの美貌をもってしても、歯牙にもかけないらしい令息を、俺なんかが落とさなくてはいけないわけだ。もしも俺が日頃から女性と浮名を流す人生を歩んでいたら、今回のように成り代わったとしても、男の心を奪うなんて容易いことだと楽観的になれたのだろうか。もちろん俺はそんな男じゃない。幼い頃から家を憂い、一人生きてきた俺は、女性と親しい関係になったことなんて一度も無い。
 だからこそ、別の土壌で戦い抜くしかないのだ。

 件の令息と会う日がやってきた。
 令息トゥーリは、大々的に婚約者を探し求めている。そのためあらゆる家系の未婚のご令嬢と、数日おきに彼の屋敷で一時間ほど茶会を開いている。これが厳しい釣書の選考をくぐり抜けた令嬢がたどり着ける、対面の選考なのだそうだ。ハルミアの家はあくどい手段でチャンスをもぎ取ったらしい。
 馬車から降りた瞬間、目の前の光景に唖然とした。実家のボロい屋敷とも、成り代わっている令嬢の邸宅とも違う。桁違いのスケールだ。俺が無知な田舎者で、「ここが宮殿だ」と嘘をつかれても、本当に王族の住まいだと勘違いしてしまうだろう。
 ピンヒールにひいひい言いながら、執事に案内されるがままに中へ進み、たどり着いた中庭に、一人の令息が立っていた。散々姿絵で見つめたけれど、実際に目にすると、まるで彼自身が発光しているかと勘違いするかのような目も眩む美青年だ。同じ男からしても、嫉妬など微塵も抱かないほど、完膚なきまでに叩きのめされる美貌。この世のすべてなど簡単に手に入れてしまいそうな青年は、だが俺ことハルミアを一瞥しても、なんら表情を動かさなかった。

「ごきげんよう、トゥーリさま」

 精一杯愛らしい声を出し媚を売ってみても、ぴくりとも表情は動かない。トゥーリは黙ったまま、中庭をぐんぐん進んでいく。エスコートの意志など皆無だ。

(なんて失礼な奴だ)

 あくまで客人である自分がこんな扱いを受けるとは。見定める立場であるがゆえ、驕っているのだろうか。顔には出さないがむっとしながら必死に彼の背中を追っていると、通り過ぎるさなか、植えられた薔薇のひとつが目についた。

「あら、雪待ちの薔薇。初めて見ましたわ」

 白色の大輪の薔薇。花びらのひとつひとつが、銀で縁どられているという、まるで職人が作り出した装飾のような見事な花。
 俺の呟きに、ずんずんと進んでいたトゥーリの足が止まった。振り返り、少し驚いたのか目を見開いている。

「どうして君がそれを知っている」
「ええ? だって論文発表が……貴方も共同研究者として発表されていらっしゃったでしょう」
「……王都で事務的に発表されただけだ。君のような貴族が観賞用に入手するには年を跨ぐ」
「ええ。それも読みましたわ。そもそも観賞目的で開発したのではなく、特殊な花弁が、既存の魔法と組み合わせることで、難病の特効薬になる可能性の追求、でしょう? そちらのほうが重要で、どちらかといえばこの花の見た目自体おまけ、むしろ華美になったのは偶発的な出来事ですものね」

 新種の薔薇のことは貴族の間でも全く話題になっていない。もしも花の美しさを売り出すために発表されていたら、こんな特別豪華な薔薇、喉から手が出るほど欲しがる貴族は数多くいるだろう。
 けれど研究発表の目的は、新薬発展のためだ。効能は素晴らしく、医学界を震撼させたらしい。しかし作り出される予定の新薬による利権は、さして美味しくないのだとか。甘い蜜を啜れない、小さな研究結果に目を通す貴族などごくわずか。おまけのように記載された、この薔薇の美しさについて情報を仕入れている者はほとんどいないだろう。
 豪華な生活にだけ興味があるように見えるハルミアが、新種の薔薇の情報にたどり着いたことが、不思議だったのだろう。トゥーリは、疑うような目を向けている。

(構わない。俺は俺の仕事を全うするだけだ)

 裾を摘まみ、体に叩き込んだ令嬢のたしなみ、カーテンシーで膝を折る。

「あなたと婚姻を結ぶこととなれば、両家の繋がりは必須です。貴方がたの手掛けている事業について調べるのは当然かと思いますわ。もちろん、研究について詳細なことまでは不勉強なこと、お許しくださいませ」
「僕は次男だ。婿入りし、貴方の家に入る身分。だから」
「だとして? それでも、貴方の知識、経験は手放すものでもなく、貴方の功績は家に残り続けるでしょう。無碍にするものでもないのでは」

 こんな立ち話もなんですから座りませんこと? 俺は後ろに控えていたメイドから、本を受け取った。

「ね。貴方の書かれた本、お持ちしましたわ。今日は難しいこと考えず、ぜひわたくしに貴方の研究を通して、貴方のことを教えてくださらない?」

 ――女性らしい色仕掛けなんて俺にはわからない。わからないからこそ、無様に当たって砕けてもいいかと思った。
 けど、彼のことを調べ続け、どうやら彼が研究を通して市井に貢献し続けていることを知った。だとするならば、俺もこの頭で勝負しよう。貧しい家でずっと、ペンを握っていた。絶望ともいえる状況で、ぎりぎりのやりくりを続け、立て直しのために使っていたこの頭。もし俺だったら。自分が追究し続けたことを、話を聞いて関心を持ってもらえればそれだけで嬉しいはずだ。

 毎週毎週、俺は彼の話を聞き続けた。
 はじめはぶっきらぼうだったトゥーリも、次第に彼から話してくれるようになり、季節が移り替わるころには、会う回数も増えていった。研究の話だけでなく、ハルミアの一族の事業について調べてくれて、意見を述べてくれるようになり。仕事の話から発展して、互いに興味のある分野まで会話が弾むのに、そう時間はかからなかった。
 新緑が赤や黄色に色づくころには、会えない日には文を交わすまでになった。趣味の話、好きな食べ物の話、流行りの歌劇。互いの内面にまで踏み込めるようになった。いつのまにか、向かい合わせで座っていたのに、隣で腰かけ、肩を寄せ合い、耳元で笑い声が響くようになった。彼は笑うと、庭に咲く薔薇のごとく、ふわりと花弁がほどけるように柔らかく笑うのだ。尊い貴族の血ゆえではなく、それは元来彼が持つ本質によるものなのだろう。領民、国民のために責務を果たしたいと願う、彼のやさしさからくる、小春の笑顔。
 やがて雪が薄っすらと積もる頃には、共に過ごす未来を楽しみにするようなことを口に出した。それは、婚姻を前向きに考えてくれている証であった。

 俺は男だ。女性の体になっても、それは一度たりとも忘れたことは無い。自分と自分の家のため、半ば嵌められたような状況だが、トゥーリを利用している。そのつもりだったから、最初は彼をただの利用価値のある男、くらいにしか見ていなかったのに。

「ハルミア、聞いてくれ。新しい理論を思いついたんだ」
「この薔薇が、君という女性と引き合わせてくれたのだとしたら――いや、なんでもない」
「いつか変装して、街へ繰り出さないか。君の好きそうな菓子の話を聞いたんだよ」

 鈍い俺でも十分に分かる。彼は本当に心からハルミアを思っている。愛おしく、彼女を慈しみたいと願う彼の顔。手が触れあいそうになると、そっと避けてくれる。婚約者未満の立場で、手を伸ばさないと決めている彼の真摯さ。
 彼はハルミアを、好いている。その事実は、優越感と、達成感と――罪悪感を生んだ。

 心が痛めば痛むほど、俺は俺に生まれた気持ちを悔いた。
 いつからなんて分からない。けれどきっと恋とはそういうものなのだろう。
 気が付けば、俺も、トゥーリのことが好きになってしまったのだから。
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