星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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三年目

未成年の男女がやること 2

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 一部始終をスタジオから見ていた爽太と古橋は、ただただ戸惑うばかりだ。重苦しい嫌な空気を、会長のおちゃらけた声が一掃した。

「そうそう。ネットの反応おもしろかったね。ほしわだ、だってぇ?」

 圧の強い笑みをスタジオの中へ向ける。爽太はたじろぎ、頬を引きつらせた。

「えっ」

「決して、悪くはない評価だと思うよ」

 会長の視線が、純に移った。

「とりあえず、コーヒー分は、これでチャラだね」

「……貴重な助けを無駄にしてしまいました」

「そう思うんだったら月子のとこに急ぎなよ。待ってるよ、純のこと」

 純はほほ笑み、頭を下げる。会長の横を通りぬけ、階段へ向かった。



          †



 事務所のエントランスは見渡すほど広々としている。モダンなデザインのテーブルが並べられ、フリースペースとして開放されていた。

 来訪者が利用するのはもちろん、レッスン生が弁当を食べたり、現役タレントが動画を撮影したりとその用途は幅広い。

 純は遠目に、月子の後ろ姿を発見した。驚かせないよう音を立てずに近づき、となりに腰をおろす。リュックから参考書や課題をひととおり出した。

 問題集を見ながらせっせとノートに書きこむ月子は、ラベンダー色のシャープペンシルを使っている。純が以前、誕生日プレゼントとして渡したものだった。

 周囲に座るほかの利用者に気を遣いながら、声を抑えて話しかける。

「勉強したいなら、会議室でもよかったんじゃない?」

「私もそう思ったんだけどね」

 月子はノートに視線を落としたまま答えた。

「密室は避けなさいって、会長が。なにをしてるのか見えないぶん、好き勝手言ってくるやつが絶対いるからって」

「ああ、なるほど」

 先ほどから、純の肌にちくちくと刺さる視線。有名女優の渡辺月子とアイドルの星乃純が、二人でなにをしているのか気になるようだ。

 この状況ですら付き合っていると誤解されてもおかしくない。密室に入っていくところを見られればなんと言われるか。――先ほどの熊沢がいい例だ。

 二人とも、ただでさえ事務所内での印象がよくない今、気を付けるに越したことはない。

「純ちゃん、はいこれ」

 月子に渡されたのは、小さい紙切れ。――成績表だ。

 二年生最後の期末テストの成績が書かれている。各教科で点数の差が激しいものの、得意科目は満点に近い点数だ。

「すごいね、月子ちゃん。忙しいのに勉強頑張ってるんだ」

「当たり前でしょ。どう? 希望はある?」

「そうだなぁ。……少なくとも俺より早めに準備してるから、余裕はありそう」

「なにその煮え切らない回答は……」

 純は自分のときにどうだったかを思い出し、今後のスケジュールについて月子と話し合った。

 月子の立場上、どうしても他の受験生より時間の制約が出てくる。月子が滑り止めとして考えている志望校も、例年学科の人気が高く、倍率も高い。なんにせよ、本人の努力にかかっていた。

「今だったら……国語と英語、社会は今度の定期テストの対策をして……数学と理科を基礎から勉強しなおしたほうがいいかも」

「純ちゃん、得意?」

「俺も苦手。でもコツはわかるから教えてあげる」

 純は月子の参考書を開き、今の月子に合った問題に緑のふせんを貼っていく。解かせているあいだ、純は自身の課題に取り掛かった。

「わからないことがあったら聞いて。あ、イヤーマフつけてもいい? ちょっと、集中できなくて」

「そんなの私の許可いらないのに」

「……ありがと」

 リュックから緑色のイヤーマフを取り出し、装着する。

「これつけてても月子ちゃんの声はちゃんと聞こえるから、安心して」

「だとしたらそれつける意味ある?」

 イヤーマフをつければ、聴力はある程度制限される。雑音は緩和され、声と同時に入り込んでくる感情や思考に振り回されることもない。余計な情報を遮断する中、純は集中して課題に取り組んでいった。

 すぐに終わらせてとなりに顔を向ければ、月子が顔をしかめながら問題を解き進めている。頬を緩めて眺める純だったが、その表情は無に戻った。

 ひときわ強い視線が、自身の背中に刺さっている。ペンを置き、イヤーマフを外して振り返った。

 エントランスの奥。ここから離れた位置にある管理窓口の前。そこにたたずんでいる爽太と、目が合う。純が振り向いたことに驚き、目を丸くしていた。

「月子ちゃん、ちょっと待ってて」

 うなずいた月子を見て、腰を上げる。イヤーマフをノートの上に置き、爽太のもとへと向かった。

 近づいてくる純に、爽太はさらに驚いた。遠慮がちに眉尻を下げ、手を振る。

「わざわざ来なくてもよかったのに」

「なんか言いたいことがあるのかと思って」

「いや、そういうわけじゃ」

「自主練は終わった?」

「あー……うん。一回通して終わり。なんか、古橋マネと会長が話し込んでて、集中できなかったんだよな」

 爽太は苦笑しながら、遠くにいる月子に視線を移す。

「相変わらず、仲、いいんだ?」

 純は、その声にこもる不快げな感情を聞き取った。

「月子ちゃんのこと、苦手?」

「いや、そんなんじゃないよ。ただ、俺たちにしてみれば、先輩、だし。近づきにくい存在だから。純が仲良くできるのが不思議だなって」

 仕事に誇りを持ち、プロ意識も高い月子は孤高の存在だ。普段から、誰も寄せ付けない圧を放っている。純以外に同世代の誰かと仲良く話している姿を、純も見たことがない。

「もしかして、付き合ってる、とか?」

「ううん」

 平然と首を振る純に、爽太は半信半疑の目で続ける。

「まあ、なんにせよ、こんな目立つところでやらないほうがいいんじゃないの? 熊沢みたいなこと、言ってくるやつがほかにも出てくるだろうし」

 その言葉に、嫌味や嘲笑は含まれていなかった。同じメンバーとしての、率直な助言だ。

「心配?」

「そりゃそうだろ。自分からやいやい言われるようなこと、しなきゃいいのに。渡辺月子にかんしては、去年のこともあるんだし……」

「月子ちゃんはなにも悪くないよ?」

「いや、まあ、そうかもしれないけど……イメージ的に、さ」

「だとしたら、爽太だって俺のこと言えなくない? 俺みたいな劣等生にダンス教えてたら、スタッフからいろいろ言われちゃうよ? そんなことしても時間の無駄だ~、とか」

「いや、それは別に……」

「俺も一緒だよ。会長に頼まれたからっていうのもあるけど、俺が教えたいから教えてるんだ。時間もあるほうだし、教えてあげられるから」

 返事をせず視線を落とす爽太に、純はほほ笑む。

「心配してくれてありがとう。気にかけてくれるなんて優しいね、爽太は。……気を付けて帰ってね。お疲れ様」

 背を向けて遠ざかる純に、爽太はぽつりとつぶやく。

「優しいわけじゃ、ない」

 影が差す顔をそらし、出入口へ向かった。

 戻ってきた純を、月子が頬づえをついて見すえている。純がイスに座ると同時に、にやりと笑った。

「ほしわだだぁ」

「違う違う、やめてよ~」
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