死にたがり予言者と迷える子羊たち

冷泉 伽夜

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THE DEVIL ~星空の出会い~

女難の相と役立たず 2

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「なるほど」

 星空せいらは深刻な顔で何度もうなずく。

「かなり凶悪だね、きみが持つ女難の相は。……それこそ、悪魔にとりつかれでもしたような……。あ、実際にそうだって言ってるわけじゃないし、本当にそうだったら僕は専門外なんだけど」

 表情も声もいたって真剣だが、コリスのような顔の形が合ってない。俺を鑑定しているあいだ、実はずっと食べていた。せめて占い中くらい食べるのやめろよ。

 星空せいらは口元に手をあてる。

「確かに、女性のもとを転々とすれば衣食住も確保できるだろうけど……。そうやって女性を利用するような生き方はおすすめしない」

 ……こっちは金までとられてんだぞ。女にめちゃくちゃにされるのは、終わりにしたい。どうせ女を避けることができねえなら、うまく利用して生きていたいんだ。

「その気持ちはわかる。でも結局、きみのメンタルは削られ続けると思うよ」

 女にかかわっただけで病むって? だったらなおさら利用しなきゃだろ。女に対する罪悪感なんて、もう俺にはないし。

「それはウソだよ」

「……ウソ?」

「心の中でまでウソつかなくていいよ。僕には通じないし」

「ウソなんか……」

「きみの性格上無理なんだ。さっきも言ったけどきみは、本能に忠実で自由奔放。でも正義感が強くて、曲がったことが嫌いなタイプなんだから」

 雑誌やネットで適当に出てくるような言葉だったが、俺の中にすんなり入ってくる。

 曲がったことが嫌い、ね。そんなこと、初めて言われた。

 女をもてあそび男を下に見て、結果的に人を馬鹿にしている。それが、俺に対する人々の評価だ。俺のことろくに知りもしないくせに、見た目だけで決めつけてくるのがほとんどだった。

「きみは、人を傷つけるようなことはできない。女の子を利用するにしても、風俗に売り飛ばしたり、内臓を売らせたりまではしないだろ?」

「ああ? さすがにそこまで落ちぶれちゃいねえよ」

「ほらね」

 星空せいらの声が、低くなる。

「本当に女性を利用する悪人は、女性からとことん搾り取ろうとするもんだよ。きみは、そんな悪人にはなれない。利用するよりされる側だよ」

「……あっそ」

 星空せいらの言葉は新鮮だ。俺よりも小さくて非力そうなのに、俺のことを救い出してくれるような気がした。

 ……その期待はすぐ、打ち砕かれる。

「正直なところ、僕にもどうすればいいのかわからないんだ。これほどの人は、初めてだから」

 星空せいらは、考え込むように顔を伏せる。

「女性と関わることはきみにとって害でしかない。だからって女性を完全に遮断することはできない」

「じゃあどうしろってんだよ」

「少なくとも、今みたいに女性を利用するのは絶対にやめたほうがいい。ただでさえ害がある存在に、自分から近づいて撃たれるようなものなんだから」

 なんだよ、それ。

 そんなの、なんの解決にもなってねえじゃねえか。俺だけが、行動を自重しなきゃいけねえのかよ?

 ってか、近づいてくるのはいつも女のほうからだっつの。

「この世界、愛情も金も、需要と供給で成り立ってるんだ。もらってばかりじゃバランスが崩れる。だから自然と、調節が入る」

 星空せいらは目の前に置いたドリアをかきこんでいく。すでに冷え切っており、口にため込むのは苦じゃないらしい。膨らんだ頬をそのままに、真剣な声を出す。

「きみがあとで根こそぎ奪われるのは、そういうことなんだ。先にもらいすぎたぶん、徴収されている。このままじゃ同じことの繰り返し。もっとなにか」

 なんだ。結局、俺が悪いって話かよ?

「え? ……あ! 違うよ、僕はきみの行動を批判してるんじゃなくて、この調節の部分が」

 なるほどな。しょせんこいつも、よくいる占い師と一緒か。俺の努力次第だとか、考え方を変えろとか、それしか言うことないんだあいつら。

「違う! それは絶対に違う!」

 不思議な力で問題を消して、いい方向に導いてくれるんじゃねえのかよ。

「それ、は……」

 星空せいらは口をつぐむ。

 眉尻を下げてしばらく黙っているかと思えば、なにかを決意した顔に変わった。

「確かに、きみの誠実性のなさも問題かもね」

 さっきよりも堂々とした声だ。

「つまり女性たちの恨みやら怨念やらを、身にまとうくらいのことはしてるってことだよ。きみはもっと、もらった好意に誠意を返すべきだった。もっと謙虚に、奉仕精神をもって……」

 たまらず、テーブルをぶっ叩いた。のせられた皿たちが一瞬浮き上がり、音を立てる。

「ふざっけんなよ! 人の心読んどいて出てきた言葉がそれかよ!」

 周囲のテーブルに座るやつらが、ビビったツラしてこっちを見る。

 知るか。関係ねえ。

「勝手に近づいてくるのは女なんだよ! 俺が望んだわけじゃねえ! ねだってもいねえんだ! なんでそんなやつらに俺が何かしら返さなきゃいけねえんだよ!」

 別にこいつが悪いわけじゃない。わかってる。

 でもさっきの言葉は、俺に降りかかる不幸は全部俺のせいって言ってるようなもんじゃねぇか。そんなの認められるか。こっちは必死に、生きてきたんだ……!

「なんで俺が責められなきゃいけねえんだよ! 被害者はこっちだろ! 女どもが勝手に被害者ヅラして、こっちは損してきてんだっ!」

 星空せいらは口の中のものを噛んで、飲み込んでいく。だんだん小さくなっていく頬。

 俺は感情的になってるのに、ひょうひょうとしているその態度がまたしゃくに障った。

「必死になって女に合わせて、喜ばせようとしたことだってあったんだよ! でも結果はなんも変わらなかったんだ! 女のせいで俺の人生めちゃくちゃになってんだ。女からもらえるもんもらって何が悪い!」

 もし、ほんとにこいつの言うとおり、需要と供給でバランスをとっているのだとしても。それでも。俺は女たちに奪われてばかりだ! 友達も金も仕事も親も全部!

 なにがバランスだ、ふざけんな! 割に合わねえんだよ!

「俺のせいだなんて言葉はもう聞き飽きてんだ! 誰もかれも全部俺のせいにしやがって!」

「あ……」

 スプーンが、テーブルに落ちた。すぐに握り取る星空せいらをよく見れば、かすかに震えている。口にかきこむのも、咀嚼そしゃくするのも、止まっていた。

 ……ああ、もういい。なんか萎えた。

 どうせ最低なのは俺なんだろ。

 怒鳴り散らした俺のほうが頭おかしいって、この場にいるやつら全員そう思ってる。

 俺がもっと、女に優しくすべきなんだって。女のこと下に見てるモラハラ野郎なんだって。

「ちっ。食えよ。……どうせ全部てめぇのなんだから」

 ……わかってる。俺は最低野郎だよ。弱い相手に八つ当たりして泣かせたいだけじゃん。コンビニ店員に怒鳴り散らしてストレス発散するおっさんと何が違うってんだ。

 なんか、もういいや。考えれば考えるほどむなしくなってくる。

「悪かったよ。あんたに当たってもしょうがねえよな」

 そこから先は、お互いなにも話さなかった。あいつにとっちゃお役御免ってとこなんだろ。ただ静かに、飯を口に詰め込んでいく。

 ……もしかしたら仲良くなれるかもって思ってたのにな。男と、こうやってファミレスにくんのも初めてだったし。

「ごちそうさまでした」

 礼儀正しく手を合わせた星空せいらはふらふらと立ち上がり、この場を去っていく。テーブルにある皿は、食べ残し一つ残っちゃいない。

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